『かくしごと』関根光才監督 企画・脚本に対してのベストアプローチを採る【Director’s Interview Vol.410】

卓越した映像センスで、数々のCMやミュージックビデオを生み出してきた映像作家、関根光才。長編デビュー作『生きてるだけで、愛。』(18)に続く待望の第二作目は、子を守る母親の強烈な愛と嘘の物語。杏、奥田瑛二を中心に、少年役の中須翔真、佐津川愛美、酒向芳、安藤政信ら実力派俳優が紡ぐ人間ドラマを、安定感のあるカメラで真正面から冷静に捉えている。

介護や児童虐待といった問題に、映画という媒体で対峙する覚悟。本作からは関根監督のそんな気概がひしひしと伝わってくる。関根監督はいかにして映画『かくしごと』を作り上げたのか。話を伺った。

『かくしごと』あらすじ

絵本作家の千紗子(杏)は、長年絶縁状態にあった父・孝蔵(奥田瑛二)が認知症を発症したため、渋々田舎に戻る。他人のような父親との同居に辟易する日々を送っていたある日、事故で記憶を失ってしまった少年(中須翔真)を助けた千紗子は彼の身体に虐待の痕を見つける。少年を守るため、千紗子は自分が母親だと嘘をつき、一緒に暮らし始めるのだった。 次第に心を通わせ、新しい家族のかたちを育んでいく三人。しかし、その幸せな生活は長くは続かなかった─。

脚本に追記した映像表現


Q:原作小説の「」(著:北國浩二 PHP文芸文庫)を、脚本に落とし込む作業はいかがでしたか。

関根:児童虐待に関心があったことや、自分の祖父が認知症だったことから、そういう話が千紗子の目線で語られていることにすごく共感しました。それでぜひ映画化してみたいなと。原作は、どういうプロセスを辿って何が起きたかが細かく丁寧に書いてあり、とても情報量の多い作品でした。脚本化の際にはそれらをミニマムにしつつも、観た人が理解できるものにしなければならない。どこを抽出するかに苦心しましたね。

今回は特定のシネフィルの方に向けて作るのではなく、誰にでも観てもらえるものにしたかったので、あまり難しく考えないでおこうかなと。エンターテインメント作品ですが、観てもらった方に面白さだけではない違う効能もあればと思っていました。

Q:介護や児童虐待を取り上げることについてはいかがでしたか。

関根:児童虐待についてはテーマ自体すごく難しかったです。もともと、世の中に数ある社会問題の中でも児童虐待の報道を見ると、なぜか受ける衝撃が大きくて体が震えてしまうほどでした。それで過去には、社会心理学の先生に話を伺ったり、勉強会を開いたこともありました。そういった中で意見を聞いていくうちに、虐待をする側にも理由や背景があることが分かってきたんです。

原作は10年以上前に作られたこともあり、問題に対する理解も今とは少し違います。その辺は原作者の方とお話をさせてもらい、脚本時に改訂した部分もありました。時代が変わると問題に対する向き合い方もすごく変わってくる。そこは難しいところですが、原作者の方とちゃんと会話をして積み上げられたのは良かったですね。

『かくしごと』©2024「かくしごと」製作委員会

Q:脚本は、映像を想像しながら書かれたのでしょうか。それとも物語を作ることに集中されたのでしょうか。

関根:両方考えている部分はありますが、ある程度映像のことを考えながら書かないと、自分が脚本を書く意味がなくなってしまうかなと。ト書きに加えて映像的な表現のことも脚本に詳しく書いたのですが、それは珍しいみたいですね。他の方の脚本とは少し違うところがあるのかもしれません。

世の中にはト書きが全くない脚本もあるので、セリフだけを俳優に預けて、そこから膨らましてもらう作り方もあると思います。ただ、こちらの意図や思いをある程度書いた方が、膨らまし方のヒントになって、俳優の人たちも翼を伸ばしやすいのかなと。基本的に、俳優の皆さんには自由にやってもらいたいので、書いた部分はあくまでもミニマムです。

役の中に自分を見つける


Q:キャストの皆さんには「ご自身としてやってくださって大丈夫です」と伝えたそうですが、その言葉に込めた意図を教えてください。

関根:“役を生きる”という言葉がありますが、“その人が存在する”ように演技をするためには、とどのつまり自分自身でなければいけないのかなと。役の中に自分を見つけるというか、自分の経験でも何でも無理やりにでも引っ張り出して、それを拠り所にして自分として演じなければならないのだろうなと。そういう意味で「自分として演じていただくことが良いかと思っています」とお伝えしました。今回のキャストの皆さんは経験豊富な方ばかりなので、僕が言うのはとてもおこがましいのですが、演出の指針としてあえてお話しました。

杏さんは「今の自分だったら、千紗子を演じられるかもしれない」と言ってくれました。それは彼女が自身の人生と少し重なり合う部分を感じているからこそ言えることだなと。これはもう、千紗子を預けていけるなと、確信がありました。奥田瑛二さんからは撮影後に「最初にああ言ったからこの監督は信用できるなと思った」と言っていただきました。それを聞いてホッとしました。もし間違ったこと言っていたら、逆に信用を失っていたかもしれませんから(笑)。

Q:杏さんや奥田瑛二さん、そして安藤政信さんと、皆さん意外な配役だった感じもありました。キャスティングはどういった視点で選ばれたのでしょうか?

関根:経たプロセスは人によって違いますが、脚本に出てくる人物のような経験値や、その人と少し重なっていそうな感じで選んでいます。『生きてるだけで、愛。』の趣里さんをキャスティングしたときも同じでした。その役を生きていただけるだろうという感覚に基づいています。例えば安藤さんは、もちろん虐待をする人ではありませんが、「虐待をするようになってしまう理由があり、ひとには誰しも加害性を持ってしまう可能性がある」というところを理解していただけそうだなと。

Q:奥田瑛二さんは実際にグループホームに行かれてリサーチされていたようですが、監督や制作サイドからの希望だったのでしょうか。

関根:こちらから特に希望は出していません。陶芸などのシーンがあるので、自分の知り合いの陶芸家を紹介して、一緒に土を触ったりしながら話はしましたが、奥田さんご自身がグループホームに行かれたということは後から知りました。そうやって情熱を傾けてもらっていることはすごく嬉しかったですね。

Q:現場での奥田さんはいかがでしたか。

関根:とにかく最初の印象がすごかった。千紗子が工房に入ってくると孝蔵がいるという冒頭のシーンで、奥田さんの「孝蔵さ」が凄まじくて。スタッフ全員「これはすごい…」と感動しながら撮っていました。奥田さんに対しても杏さんに対しても、ある種の確信を持って撮れていたところがあったので、お二人には細かいことはほとんど話しませんでした。

脚本の中の瞬間瞬間を生きようとしたら、感情がずっと出てしまうことになるので、自分で自分をちゃんと見ることが出来るかどうかは、すごく大事なポイントです。奥田さんは監督もやられているのでその目線を持っているし、杏さんも俯瞰で見る感覚がある方でした。その意味でも、僕が演出するところはほとんどなかったですね。

『かくしごと』©2024「かくしごと」製作委員会

Q:拓未役の中須翔真くんには事前に脚本を渡さず、撮影当日その場でセリフを伝えたそうですが、実際にやってみていかがでしたか。

関根:彼は幼くてもプロとしての意識を持っている子でした。ただ、子役としてのベースがあるので、「お芝居とはこういうものです」といったサンプルを既にいっぱい見てしまっている。そういったものを知っていればいるほど、誰しもテンプレートに落としがちになる。

それで彼には、「脚本を渡さないので不安だろうけど、君は君のまま来てもらえれば大丈夫だよ」と伝えました。現場ではその日撮るシーンの設定や内容を伝え、本人がカメラ前にポンと立ったときに無理がないよう、二人で会話を重ねて積み上げていく方法を採りました。最初は戸惑いもあったと思いますが、そのやり方にハマってくると彼はどんどん解放されていくようでした。自分が自分のまま、極めて嘘がない状態で生き生きしてきたんです。生き生きしすぎて、最後は現場が離れがたくて泣いてくれていたので、僕もそれを見て泣いていました(笑)。

Q:中須くんには、この物語の概要も伝えなかったのでしょうか。

関根:オーディションをやっているので、ある程度伝わってしまっている部分はありました。すでに知ってしまった部分を「忘れてもらう」プロセスには悩ましいものがありました。

Q:中須くん以外の大人の俳優に対しては、演出や演技はリハーサルの時点で詰められたのでしょうか。

関根:あえて詰めないようにしました。本読みもほとんどしていません。脚本に全て込めたつもりなので、俳優のみなさんがそれを読み解いて持ちよるものを信頼していますし、それが映画撮影の楽しいところでもあります。でもこれは作品によります。常にこういうやり方でやるわけではなく、その企画や脚本に対してのベストアプローチを考えた上で、どう準備するかを判断しています。

熱量の設定をどこに置くか


Q:今回の撮影は、目を引く構図やカメラワークは抑えめに、ドラマに集中しているような印象がありました。何か意図したものはあったのでしょうか。

関根:これまでの自分の作品と比べると今回は静謐な感じが多いので、何故変えたのかと、よく聞かれます。これも先ほどのリハーサルの話と近いのですが、原作や脚本が持っているものに合わせようという感覚なので、これまでの作品とは、たまたま対極になっただけ。カメラマンの上野千蔵くんとも、「今回はカメラを動かす必要はないね」と自然とまとまりました。撮影プランとして全て手持ちでやることも考えましたが、今回は日本家屋で撮るシーンも多く、素直にカメラを置いて撮った方が合っていましたね。

Q:CMやMVで数々の作品を共にしてきた上野千蔵さんとは、芝居モノの映画としては初タッグです。今回はなぜ上野さんだったのでしょうか。

関根:脚本を書いているときから、この作品は上野くん向きだなと思っていました。彼が持っている日本的な情緒や自然に対する向き合い方などが特に向いているなと。彼とは長い間、CMやミュージックビデオ、短編映画など色々なものを作ってきましたが、それらと比べると長編映画は全然違ってくる。その辺はどうなるか見えない部分もあったのも正直なところです。

『かくしごと』©2024「かくしごと」製作委員会

Q:実際に長編を一緒にやってみていかがでしたか。

関根:とても自然でひっそりとした佇まいの撮影が素晴らしかった。普通に呼吸するような感覚でこれまで一緒にやってきましたが、映画や長編となるとお互いの美学みたいなものがズレることもある。当然そういったこともゼロではありませんが、全体を通してみると極めてナチュラルに撮影できて、やっと一緒に映画を撮れてとても嬉しかったです。

Q:取り扱うテーマも相まってキャストの皆さんの熱を感じつつも、カメラは冷静に見つめているような感覚がありました。

関根:熱量の設定をどこに置くかということと、カメラの存在をどれだけ感じさせるかについては、結構議論しました。元々僕は、俳優がいい芝居をしていれば、カメラで煽る必要はないと思っている。千蔵くんは更にその感覚が強かったので、今回はより客観的になったところがあるのかもしれません。それぞれのシーンに対するショットも少ないので、もしかしたら他のスタッフは「これで終わり?」と思っていたかもしれませんね(笑)。

“エンタメ”という言葉の難しさ


Q:編集は本田吉孝さんです。本田さんとの映画のお仕事はどうでしたか?

関根:いろんな映像作品で本田さんと仕事をし始めたのは、映画の編集をしてもらいたく僕から近づいたからなんです(笑)。彼が映画をどういうふうに見ているのか、どういう風に編集しているのかを、横でじっと見ていました。以前、ドキュメンタリー映画の編集をやってもらったことがありましたが、長編映画は今回が初めて。やっと映画を一緒に出来る感じもあり、すごく嬉しかったですね。

本田さんはすごく柔軟なところがあって、自身の意見だけではなくプロデューサーのような視点も持っている。ある種エディティング・ディレクターのような仕事ぶりで、すごく良かったです。僕が繋ぐと長くなりがちなのですが、彼はサクサク切ってくれた。もちろん、ただドライに切るというのではなく、各ショットの持つストーリーを最大限大切にして切ってくれる。彼は幅広くたくさん映画を観ていることもあり、観客に向けた編集スキルがすごく高いと思います。

『かくしごと』©2024「かくしごと」製作委員会

Q:児童虐待や介護問題のようなテーマを、エンターテイメントとして映画化する意義をどのように感じていますか。

関根:もし自分が中高生ぐらいのときにこの原作を読んでいたら、認知症の祖父への接し方も変わっていたと思うんです。祖父がどういう状態で何を求めていたか、もう少し分かってあげられたかもしれない。中高生が認知症について書かれた本を読む機会は少ないと思いますが、映画であれば手を伸ばしやすい場合もある。そういうところに、映画を作る意義があるのかなと。ミステリー映画だと思って観ていたら、認知症のこともちょっと知れた。なんてこともありますよね。色んな人の人生や目線を知ることが出来るのは、映画の大事なところだと思います。`

ただ一方で、エンタメという言葉って結構難しい部分もあるなと。この仕事をしていると、エンタメという言葉に当てはめると何でも正当化できちゃうところがある。それはすごく危険なことだと思っていますし、気をつけていたいなと思っています。

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監督/脚本:関根光才

映画監督・映像作家。2005年に初監督の短編映画『RIGHT PLACE』を発表、ニューヨーク短編映画祭の最優秀外国映画賞などを受賞。翌年、英レインダンス映画祭のために監督したトレイラー作品と共に、カンヌ広告祭のヤング・ディレクターズ・アワードにてグランプリを含む3部門で最高賞を受賞する。2018年に初の長編映画監督・脚本作品『生きてるだけで、愛。』が新藤兼人賞・銀賞、フランス、キノタヨ映画祭・審査員賞などを受賞。同年、ドキュメンタリー映画『太陽の塔』も公開。国連UNHCR協会と難民問題についての作品を発表し、2024年に公開となるドキュメンタリー映画『燃えるドレスを紡いで』では衣服とゴミの問題に焦点をあてるなど、社会的なテーマ性を持つ作品も多く発表している。

取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:青木一成

『かくしごと』

6月7日(金)TOHOシネマズ 日比谷、テアトル新宿ほか全国ロードショー

配給:ハピネットファントム・スタジオ

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