認知症と児童虐待、気になる2つのテーマを内包『かくしごと』関根光才監督インタビュー

事故によって記憶を失った少年を助けた絵本作家が彼の身体に虐待の痕を見つけ、自分の子どもと嘘をつき、育てることを決意。次第に心を通わせていくが…。『かくしごと』は北國浩二の「噓」(PHP文芸文庫)を原作としたヒューマン・ミステリー作品である。メガホンを取ったのは『生きてるだけで、愛。』(18)で鮮烈な長編監督デビューを飾った映像クリエイター、関根光才監督。待望の長編第二作目になぜこの作品を選んだのか、原作とタイトルを変えたのはなぜか、キャストに対してどのような演出をしたのか、話を聞いた。(取材・文/ほりきみき)

東日本大震災をきっかけに仕事への向き合い方が変わった

──原作は北國浩二さんの「噓」という小説ですが、プロデューサーの河野美里さんから映画化の候補作として提案があった中から、この作品を選ばれたとうかがっています。どんなところに魅かれたのでしょうか。

河野さんからこれまでもいろいろなプロジェクトを提案してもらってきましたが、北國浩二さんの「噓」は自分のパーソナルな部分に結びつく部分が多く、やってみたいと思ったのです。

例えば、原作には認知症にまつわる話がいろいろ書かれています。亡くなった祖父が認知症だったのですが、当時は社会的にあまり情報が出ていませんでした。この本を読んでいれば、祖父に対してもっと優しい対応ができたのではないかと思ったのです。また、原作は児童虐待についても描いていますが、とても気になっていたテーマで、個人的に周りの人の話を聞いたり、勉強会を開いたりしていました。

そういった2つのテーマが1つの作品に内包され、千紗子という女性の視点が進んでいくことに興味を覚えたのです。いい作品にできるのではないかと感じ、この作品をやらせてもらうことにしました。2016年くらいのことでした。

──監督は娯楽性よりも社会性のあるテーマに対する思いの方が強いのでしょうか。

自分が好んで見る映画もそういう作品が多く、撮りたいというより、そういう風になってしまうといった感じです。

きっかけは東日本大震災でした。震災直後、TVでは普通のCMではなく、ACジャパンのCMがたくさん流れました。それって「たくさんの人が亡くなったときにモノを買えというのは不適切だから流せません」ということですよね。

僕はそれまで広告やミュージックビデオといった商業性のある映像の世界で働いていました。しかし、自分が携わってきた産業は震災というモーメントにはある種のゴミと化していくモノだったんだとACジャパンのCMを見ながら思ったのです。

それから社会活動に関わるようになっていきました。この作品を選んだのは、自然の流れだったような気がします。

──脚本を監督ご自身で書いていらっしゃいます。脚本を書く上で大事にされたことはどんなことでしょうか。

日本的なものにきちんと向き合いたいと思いました。自分の中でやりたいけれどやれていなかったという意識があるのです。原作が持っている気配といいますか、「噓」というタイトルに対して秘め事なようなイメージを持っていて、隠れたところで自分を隠しながら生きているという話は舞台になった情景だけでなく、精神的にも日本的だと思ったのです。そういう湿度感を大事にしました。

──自然の風景、特に木々の緑を美しく感じましたが、そういうことを意識されていたのですね。

意識し過ぎて、いかにも自然風景を撮っていますといった感じになってしまうのは嫌でしたが、物語に必要なショットだけれど、その中に自然の風景も映っているといいなと思いながら撮っていました。

──冒頭で、孝蔵の家に向かう千紗子の車が走っているところを引きで撮っていますが、カットが変わるたびに人里離れた感が強まっていき、どんなところに向かっているのか、映像だけで伝わってきます。またエンドロールの初めはドローンで撮った映像で作品の余韻を残しつつ、自然にフェードアウトしていく感じがしました。映像作品だからこそできる表現ですね。

この作品は千紗子のパーソナルな話が描かれていますが、頭と終わりだけワイドショットと言いますか、ある種のバードビューで作品を閉じ込めようと作為的にやっていたわけではありません。風景に対する自然な行いとしてやっていました。

冒頭シーンはむしろ、もっと寄りもありかなと思っていましたが、撮っているうちにカメラを引ききった中にぽつんとある車がこれから起きることに繋がっていくと感じたのです。

僕はロケーションが好きなので、場所から物語を書くことも多いのですが、この作品では撮影の場所を探していく中で場所が持っている、何か、磁力みたいなものを感じて撮っていたような気がします。

──場所から物語を書くということは先にロケハンをされるのでしょうか。

頭の中に持っているイメージで脚本を書いて、ロケハンをしていく中で変えていくのです。

“虐待する親=絶対悪”というわけではないことも描きたい

──主人公の千紗子を杏さんが演じています。杏さんとは事前にどのような話をされましたか。

千紗子のような主人公は自分にそういうエッセンスがまったくない人に演じてもらうのは難しい。もちろん千紗子は演じる人自身ではなく、その人に自分以外の何者かを演じてもらうわけですが、自分自身を掘り下げていったら、自分の中の何かとキャラクターが持っている何かがシンクロしたりすると、そのキャラクターを自分としてわかるというか、自分に嘘をつかずに表現できるというのがお芝居ではないかと思っています。

千紗子というキャラクターについて、どう感じたのかを杏さんにうかがったところ、「今の自分だったらできると思います」といっていただきました。それは僕が求めていた言葉でしたし、そういう風に感じてくださっているのなら、すごく深いレベルで千紗子という主人公のことを理解してくださっているのだろうと思いました。

──現場での杏さんはいかがでしたか。

杏さんに関してはほとんどお芝居について言うことがなく、素晴らしいと思いながら見ていました。こちらからお伝えするのは、小さなトーン調整くらい。むしろ、シーンごとに千紗子がどう思っていると思うか、千紗子の行動が杏さんにとって自然かどうか、といったことをうかがって、杏さんからの返事を反映して変えていった感じでした。

──杏さんは「千紗子は箱庭を作っていくかのように、社会から隔絶された自分の空間を作り上げた」と表現されています。監督としてはこの言葉をどう感じられますか。

この作品はおとぎ話性もあると思います。現実にそういうことが起こるか、千紗子のような行動が取れるかということも含めて、現実的と言えるかどうかわからない。冷静に考えると千紗子がやっていることは絶対にしないという人は多いけれど、千紗子の視点で見ているとその行動は当然に感じられる。それが箱庭というか、おとぎ話性というか、その中に入ってしまえば、自然な佇まいになっているのかもしれないと僕も思います。

──他のキャストの方とはいかがでしたか。

佐津川さんとはわりと話をしたかなと思います。佐津川さんが演じた千紗子の友人役は矛盾した行動を取るので難しいのです。しかもこの作品のキャラクターはみんな深刻な状況ですが、彼女だけがそうではないところからぽ〜んと入ってきて、まさに交通事故を起こして去っていくみたいなところがある。そこのトーンの調整はかなり話しました。

奥田さんには初めてお目にかかったとき、亡くなった祖父との経験を踏まえて、自分がなぜこの作品を映画にしたいのかをお話ししたところ、奥田さんもご自身のご家族のお話をしてくださって、心を開いてくださったのを感じました。

経験豊富なキャストのみなさんに僕がいうのはおこがましいのですが、本読みを始める前に「この作品はご自身としてやってくださって構いません」と伝えたのです。後から奥田さんに「あの言葉はよかった。役者をずっとやってきて、結局、そこかなと自分も思っているから、あんたを信頼できると思った」と言ってくださいました。そういうこともあって、お互いに考えていることがわかり合っていたと思っています。

──奥田さんはダンディなイメージがあったので、この作品で演じた認知症を患う父親には驚きました。

奥田さんの気合いの入り方はすごかったですよね。僕自身もそれに感動し、楽しみながら、一緒に粘土をこねたりして、ゆっくり撮っていきました。

──拓未を演じた中須翔真さんには脚本を渡さず、現場で演出されたと聞いていますが、いかがでしたか。

脚本を渡さないのにはもちろん理由もあり、その場その場で、シーンの内容や役としての動きやセリフ、そういったものが本人にとって自然に感じられるか、を確認しながらひとつひとつ積み上げていくような撮り方をしていました。

とはいえ、自分だけ脚本を渡されていないのは不満だろうし、不安だったと思います。僕からは「そのままで大丈夫だよ」と話し、何回かやっているうちに“自分は自分でいていいんだ”と理解してくれていきました。

すると自信もあいまって、より役者としての入り込み方も凄みを増していって…素晴らしい演技が撮れたと思います。

──奥田さん、杏さんと3人でオブジェを作るシーンは本心から楽しんでいるようでした。

撮影の中盤くらいでしたが、あそこは撮り方を変えて、「今日はここからフリースタイルです」という感じで撮りました。中須くんもすっかり寛いで、楽しそうでした。

奥田さんには「お任せします」と伝えたら、「よっしゃ!」と言って、思いっきり自分を解放してくれました。それまで夏の暑い中、工房という狭い空間に閉じ込められていたので、フラストレーションが溜まっていたのかもしれません。窓に絵の具で装飾したのは奥田さんのアドリブです。

──カメラも基本的にはFIXが多いのですが、あのシーンはそれぞれに寄って撮っていますね。

オブジェを作るところと事件が起きるところだけ手持ちで撮っています。

──その事件ですが、原作では工房のトタン屋根を激しく打ち鳴らすほどの激しい夕立が降っていましたが、映画では雨を強く感じませんでした。

実際に撮影現場でも雨が降ってくるところで。ただ濡れてしまうと撮れないような状況でもあったのでスリリングな撮影状況でした。

しかも、あそこはいちばん難しいシーンです。突然、起こることをどういうテンションでやるか。キャストやカメラマンみんなで悩みながら、激論を交わしながら撮ったのですが、それまでの日常がこれからも続いていくかと思っていたところに闖入してくるとした方が自然かなと思ったのです。

──そのシーンで、拓未の義理の父を演じた安藤政信さんが「お前はいいよな」といいますが、そのセリフは原作にはありません。

あのセリフは悩みまくって書きました。

以前から児童虐待に関心があり、凄惨な事件がニュースで報じられるたびに、恐ろしくて震えますし、僕自身も怒りが湧いてしまい、虐待していた親を「ひどい親」として捉えていました。しかし、虐待をしてしまう側のことを学ぶと、実はその人自身も虐待を受けていたりする。社会的に研究もされてきて、単純に親が悪いというだけではないという意識も世間的に醸成されてきました。

原作が書かれたのは2011年。当時は“虐待する親=絶対悪”という捉え方が強かったと思いますが、今、映画化するなら単純に親が悪いというだけではないということにも触れたい。しかし彼の人生を映画内で掘り下げている時間はありません。でもとても重要なことで何かするべきと思っていたところ、あのセリフを思いつき、原作者の方に相談したところ、「その方がいいと思います」と言っていただいて、変えました。

──ラストも原作から変更されています。

原作はあの2人がどうなったのかを後日談として丁寧に描いていますが、僕としては映画の中では結論を出さないほうが、観客の方々に考えを膨らませて頂けると思いました。千紗子がやったことが犯罪なのかどうかということもありますし、それが拓未にどういう影響を与えたのか、千紗子の人生はこれからどうなっていくのかを映画としては描かないことで、ご覧になったみなさんが自分のこととして考えてくださるのではないかと思ったのです。これは原作を読んでいるときから自分の中では決めていました。

──タイトルを「噓」から『かくしごと』に変えたのも、そこに繋がってくるのでしょうか。

それもありますね。「噓」というタイトルで映画を見ると、ずっと嘘探しをしてしまうかもしれない。本として読んでいる時間軸と映画として見ている時間軸はかなり違うので、嘘探しをしながら見ていると見逃してしまうところが出てくる可能性があります。ラストとタイトルの変更は映画化の大きな条件でした。原作者の方に快諾していただき、ほっとしました。

──本作は監督にとってどんな位置付けになりそうですか。

まだそんなにたくさん映画を撮っていませんが、映画は子どものようなもの。世に出た瞬間から様々な人の解釈や意見によって育って、変わっていきます。それが映画のよさでもあるし、面白さでもある。この作品も公開してみないとどうなっていくのかわからないし、それが映画として大切なことだと思っています。

<PROFILE>  
関根光才  
映画監督・映像作家。2005年に初監督の短編映画『RIGHT PLACE』を発表、ニューヨーク短編映画祭の最優秀外国映画賞などを受賞。翌年、英レインダンス映画祭のために監督したトレイラー作品と共に、カンヌ広告祭のヤング・ディレクターズ・アワードにてグランプリを含む3部門で最高賞を受賞する。2018年に初の長編映画監督・脚本作品『生きてるだけで、愛。』が新藤兼人賞・銀賞、フランス、キノタヨ映画祭・審査員賞などを受賞。同年、ドキュメンタリー映画『太陽の塔』も公開。国連UNHCR協会と難民問題についての作品を発表し、2024年に公開となるドキュメンタリー映画『燃えるドレスを紡いで』では衣服とゴミの問題に焦点をあてるなど、社会的なテーマ性を持つ作品も多く発表している。

『かくしごと』2024年6月7日(金)公開

<STORY> 
絵本作家の千紗子(杏)は、長年絶縁状態にあった父・孝蔵(奥田瑛二)が認知症を発症したため、渋々田舎に戻る。他人のような父親との同居に辟易する日々を送っていたある日、事故で記憶を失ってしまった少年(中須翔真)を助けた千紗子は彼の身体に虐待の痕を見つける。少年を守るため、千紗子は自分が母親だと嘘をつき、一緒に暮らし始めるのだった。 次第に心を通わせ、新しい家族のかたちを育んでいく三人。しかし、その幸せな生活は長くは続かなかった─。

<STAFF&CAST> 
脚本・監督:関根光才 
原作:北國浩二「噓」(PHP文芸文庫刊) 
出演:杏、中須翔真、佐津川愛美、酒向芳、木竜麻生、和田聰宏、丸山智己、河井青葉、安藤政信、奥田瑛二 
音楽:Aska Matsumiya 
主題歌:羊文学「tears」F.C.L.S.(Sony Music Labels Inc.) 
配給:ハピネットファントム・スタジオ 
©2024「かくしごと」製作委員会

映画『かくしごと』公式サイト|6月7日(金)公開

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