『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』ジム・ブロードベント 過去の記憶を掘り下げるように歩いたよ【Actor’s Interview Vol.40】

余命わずかな昔の同僚に手紙を出すつもりが、そのまま歩いて会いに行くことに。目的地までは約800km、イギリス縦断の旅となってしまう。平凡な老後を過ごしていたハロルド・フライが突然歩き始めた理由とは…。

主人公ハロルド・フライを演じるのは、イギリスを代表する名優ジム・ブロードベント。定年退職した平凡な老人が抱く人生の葛藤を、さすがの名演技で表現している。シンプルながらも心に残る名作を生み出したジム・ブロードベントに、本作について話を伺った。

※本記事は物語の結末に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』あらすじ

定年退職し、妻のモーリーンと平凡な生活を送るハロルド・フライ(ジム・ブロードベント)。ある日、北の果てから思いがけない手紙が届く。差出人はかつてビール工場で一緒に働いていた同僚クイーニーで、ホスピスに入院中の彼女の命はもうすぐ尽きるという。ハロルドは返事を出そうと家を出るが、途中で心を変える。彼にはクイーニーにどうしても会って伝えたい“ある想い”があった。ホスピスに電話をかけたハロルドは「私が歩く限りは、生き続けてくれ」と伝言し、手ぶらのまま歩き始める。歩き続けることに、クイーニーの命を救う願いをかけるハロルド。目的地までは800キロ。彼の無謀な試みはやがて大きな話題となり、イギリス中に応援される縦断の旅になるが──!?

過去の記憶を掘り下げるように歩いた


Q:原作のオーディオブックのナレーションに続いての出演ですが、映画化ということで今回新たに意識したことはありましたか。

ブロードベント:今回は実写ということで身体表現が必要となる。そこがナレーションの時とは違う経験でした。歩くことについてはワクワクしていました。ただ朗読することと実際に道を歩くことは全然違いますしね。但し、すでに原作を読んでいたので、脚本を読んだ時のサプライズはありませんでしたが(笑)。

Q:映画の構成的には、歩き続けている間に若き日のエピソードがインサートされます。実際の撮影中も、ハロルドの過去を反芻しながら歩かれていたのでしょうか。

ブロードベント:そうですね。撮影中は監督からのアドバイスも参考にしながら、ハロルドは感情面で今どんなことを考えているのか、過去の記憶を掘り下げるようにして歩いていました。

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』© Pilgrimage Films Limited and The British Film Institute 2022

Q:ハロルドは着の身着のまま出発したこともあり、ウォーキングには適さない格好で歩き続けます。歩く撮影は大変だったのではないでしょうか。

ブロードベント:靴は大丈夫でしたよ。実際のハロルドほど歩いたわけではないし、特殊メイクで悲惨な状態になってはいたけれど足は大丈夫だった。歩くことには何の苦痛もありませんでした。

旅も歩くことも大好き


Q:これは夫婦の物語でもあります。血のつながった親子関係は意外と短く、血のつながっていない夫婦関係の方が長く続く。本作を観て改めてそう感じました。

ブロードベント:ハロルドとモーリーンの夫婦関係は悲しいものでした。夫婦として何か一つの関係性に自分たちを閉じ込めてしまっていた。お互いに話すこともなく、お互いの痛みや辛さを認知することもない。まるで違う世界で生活しているようなところから映画は始まります。そこには喜びもコミュニケーションもなく、怒りや恨み、恐怖心が存在している。しかもそれを、お互い分かち合えないでいる。

ハロルドは衝動的に旅に出ることになりますが、この旅のおかげで自分を見つめ直し、自分と他人を分かち合えるようになる。それで最後には、彼ら夫婦はお互いの共感を得ることが出来る。自分の思いを話せるようになるんです。そこがこの映画の素敵なところですね。

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』© Pilgrimage Films Limited and The British Film Institute 2022

Q:ロードムービーは、人間が旅をする意義について考える機会を与えてくれます。旅についての思いは何かありますか。

ブロードベント:旅は好きですよ。子供の時に北欧に住んでいたことがあり、船に乗ってノルウェーに行ったことがありました。それが初めての一人旅で、開放感を味わえて最高の経験でした。「自分は独立した一人の人間なんだ」と感じたことをよく覚えています。それ以来、旅をすることが好きになりました。旅の途中で人と出会ったり、何かを見つけたり経験したりすることが大好き。ハロルドの旅にも同じ部分がありますよね。

Q:ハロルドの“歩く”というシンプルな行動は、人生そのものに感じました。

ブロードベント:ロンドンを歩き回るだけでも色々と経験できる世界があります。歩くこと自体、体に良いことだし、街歩きも地方の田舎を歩くことも大好き。電車やバスで遠くまで行って、歩いて帰ってきたりもしています。歩くという行為には根源的な何かを感じますね。

脚本を愛せるかどうか


Q:本作はシンプルながらも丁寧に作られており、心に響く素晴らしい作品になっています。出演作はいつもどのように選ばれているのでしょうか。

ブロードベント:まずストーリーを愛せるかどうか、脚本を愛せるかどうかを基準にしています。また、同じような役はやりたくないので、演じたことのない役の方がワクワク出来るし好きですね。誰と組むかも重要です。過去に一緒に仕事をしたことがある人と、また仕事をすることも大好きです。あとは自分の生活と映画のスケジュールがハマるかどうか、そしてギャラが考慮に入ることもあります(笑)。まぁギャラはさておき(笑)、やっぱり何よりも脚本ですね。脚本が自分にアピールしてくるかどうか。そして自分が演じることによって何かをもたらすことが出来るかどうか、それも大事なことだと考えています。でも、脚本がすごく良かったとしても、自分よりも他の人が演じた方が良いのではと、思うこともあるんです。

Q:脚本を読んだ時点で、どんな映画になりそうか想像出来るものですか。

ブロードベント:私は想像出来ないですね。監督やスタッフたちのイマジネーションにいつも驚かされます。そういったクリエイティビティを目にするのはとても好きです。

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』© Pilgrimage Films Limited and The British Film Institute 2022

Q:長い間俳優として活躍されて来ましたが、昔と今とで映画業界は変わったと感じますか。

ブロードベント:配信のプラットフォームがたくさん出てきて、映画業界はいま激変している最中です。最近シェパートン・スタジオに行ったのですが、最新テクノロジーが備わったすごく綺麗なスタジオを建設していました。イギリス中で新しいスタジオを作っているみたいですが、そんなに作ってちゃんと持続できるのかなと…。もちろん、そこから良いものを作っていけるのであれば大丈夫ですけどね。変わっていく映画界にも関わっていきたいですね。

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』を今すぐ予約する↓

ジム・ブロードベント

1949年、イギリス、リンカンシャー生まれ。イギリスを代表する演技派俳優。マイク・リー監督の『トプシー・ターヴィー』(99)でヴェネチア国際映画祭最優秀男優賞を受賞し、英国アカデミー賞にノミネートされる。続く『アイリス』(01)ではアカデミー賞®︎、ゴールデン・グローブ賞助演男優賞に輝き、英国アカデミー賞にノミネートされる。『ハリー・ポッター』シリーズ(08/10/11)の魔法使いスラグホーン役、『パディントン』シリーズ(14/17)のグルーバーさん役で広く知られる。その他の出演作は、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(08)、英国アカデミー賞にノミネートされた『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(11)、『ベロニカとの記憶』(18)、『ゴヤの名画と優しい泥棒』(20)など。

取材・文: 香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』

6月7日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開中

配給:松竹

© Pilgrimage Films Limited and The British Film Institute 2022

© 太陽企画株式会社