早期肺がんは粒子線なら1回照射で治療完了…6月から保険適用【Dr.中川 がんサバイバーの知恵】

日帰りで治療ができれば生活への支障も最小限に(C)日刊ゲンダイ

【Dr.中川 がんサバイバーの知恵】

1年に肺がんと診断される人の数は喫煙率の低下などで減っているものの、全国がん登録罹患データによると2020年は約12万人。いまなお全体の2位です。その死亡数は約7万7000人でトップ。多くの人を苦しめています。そんな肺がんの治療において、有望なニュースがあります。

今年6月から早期肺がんへの陽子線と重粒子線の治療が新たに保険適用となったのです。早期とはステージⅠ~ⅡAで、なおかつ手術不可のものが対象になりました。

この2つの粒子線治療は、放射線治療のひとつで、がんによりピンポイントに照射できるのが特徴です。従来の放射線は、周りの正常な組織にもダメージを与えてしまいますが、粒子線には「止まる」性質があり、その奥にはほとんど影響しないため、「止まる深さ」をコントロールすることでがんに集中して照射できるのです。

早期肺がんを従来の定位放射線で治療すると、東大病院の場合、照射回数は4回ですが、重粒子線装置があるQST病院(旧放医研病院)ではわずか1回で治療が完了。もちろん日帰りです。

これだけでも粒子線治療のすごさが分かるでしょう。しかし、より粒子線治療が効果を発揮するのは間質性肺炎を合併する治療です。

肺がんは、早期でも間質性肺炎を合併することがあり、そんな人に従来の放射線で治療すると、間質性肺炎への悪影響から治療後に肺炎が悪化して呼吸不全になるリスクがあります。そのため、間質性肺炎を合併した肺がんでは手術が基本。それでも、放射線で治療する場合は、高齢者など手術が難しいケースです。放射線の呼吸不全リスクは5~7%で、手術に比べて3倍。

そこでQST病院が従来のX線による1回照射の研究を踏まえて、重粒子線による1回照射を40人に行った結果、呼吸不全は2人で、治療後2年の局所制御率は65.4%。良好な成績が得られ、従来の放射線では難しい間質性肺炎合併例の治療も可能な場合があることが示されています。

粒子線施設は全国で30ほどと少ないですが、早期肺がんの人は検討の余地があるでしょう。

保険適用前の粒子線治療にかかる費用は、300万円前後。装置の設置に数十億から100億円の費用がかかり、高い医療費がネックでした。それが保険適用になったことで、医療費の負担額を抑える高額療養費制度を使うことができます。その負担額は、収入と年齢によって異なりますが、標準年収の現役世代なら20万円前後。低所得なら数万円になります。区分によっては、医療費負担が元の金額の1%程度で済むわけです。

陽子線の場合、保険適用は小児がんから始まり、前立腺がんや頭頚部がん、骨軟部腫瘍、肝臓がん、肝内胆管がん、すい臓がん、大腸がんに拡大。そのほとんどが進行がんで、今回は切除不能という条件付きながら早期の肺がんが適用になったのは大きな進歩で、今後は食道がんなどにも拡大されるとみられますから注目してよいでしょう。

(中川恵一/東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授)

© 株式会社日刊現代