【天風録】大瀬良投手ノーヒットノーラン

 シーズン42勝の大記録を持つ昭和プロ野球の名投手、故稲尾和久さんは針の穴を通すような制球で知られた。14年間の現役生活で、狙ったコースの逆に球が行った回数は片手で余るという▲会得した投球術を球界引退後、虎の巻として24カ条にまとめている。〈コントロールは記憶力だ〉もその一つ。狙った所に投げ込めた感触を頭と指先に覚え込ませよ、との教えである。「鉄腕稲尾の遺言」(新貝行生(ゆきたか)著、弦書房)に収められている▲その稲尾さんも果たせなかった無安打無得点試合をおととい、広島東洋カープの大瀬良大地投手が成し遂げた。内外角にさまざまな変化球を散らし、打ち取る姿は痛快だった▲マツダスタジアムとしても初の快挙の決め手は、相手打線の談話に尽きている。「うまく打たされた」「コントロール良くコースに投げ切られた」。テンポの良い投球も、コースにぴたりと決まった指先の感触を忘れぬようにする工夫に受け取れる▲試合直後のインタビューでも大瀬良投手から、鉄腕の挙げた秘訣(ひけつ)に沿うような言葉が聞こえてきた。「次の登板が大事だと思う」。快投の〈記憶力〉が指先に残っているか、試されるからだろう。ぜひ、もう一丁。

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