「町長室での性被害」 虚偽の告白騒動はなぜ起きたのか? 草津町の現地取材で見えてきたこと

性被害を受けたとする虚偽の告白で、現場とされた町長室。当時の状況を説明する黒岩信忠町長(2024年5月28日、草津町役場の町長室で、弁護士ドットコムニュース撮影)

町長室で町長から性被害にあったーー。5年前、草津温泉で有名な群馬県草津町の議員だった女性による告発は、MeToo運動の流れの中で国内外から注目を集めた。

しかし、黒岩信忠町長(77)と性的関係を結んだと虚偽の告発をした元町議の女性ら3人に対して、黒岩町長が名誉毀損で訴えた裁判で、前橋地裁は今年4月、女性らに275万円を支払うよう命じる判決を下した。性交渉はなかったと認定し、町長の名誉を毀損したと判断したのだ。

なぜ、こんなことが起きてしまったのか。現地で取材すると、事件に関わった人たちの思惑と事情が見えてきた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

●町長は一貫して否定するも高まる批判

当時、草津町の町議会議員だった新井祥子氏(55)が”性被害”を告発したのは2019年11月。

2015年1月8日に町長室で黒岩信忠町長(77)と肉体関係を強いられたという内容だった。

黒岩町長は当初から一貫して否定していたが、草津町で初めて女性議員となっていた新井氏を議会が除名処分にしたことや、その後の住民によるリコール成立で新井氏が解職されたことに相まって、町全体で性被害者を追い詰める「セカンドレイプの町」などと批判する声が高まった。

黒岩町長が名誉毀損で訴えた民事訴訟で新井氏の告白が嘘だったことが明らかになったが、騒動の発端はあまり知られていない。

●告白文書「町長に気持ちが通じた時うれしかった」

最初の”ズレ”は、ライターの飯塚玲児氏(57)がある文書を手にしたことから始まった。

飯塚氏が書いた告発本「草津温泉 漆黒の闇5」(すでに販売打ち切り)によると、飯塚氏はある時、新井氏本人が「令和元(2019)年8月に書いたもの」と語った告白文書を入手したという。

そこには以下のような記述があった(一部を引用)。

<私は草津に来た時からお世話になり、信頼していたG議員に、黒岩町長の悪口を新聞に書く様にや、会話を録音する様にそそのかされ、その様に行っていました>
<G議員に言われ、黒岩町長に近づくうちに、黒岩町長を本当に好きになってしまいました>
<町長室で2人きりになった時に、私の気持ちが通じた時には本当に嬉しかったです>

飯塚氏はこうした内容が本当であるかを確認するため、2019年9月9日に新井氏にインタビューした。そして、新井氏は文書の内容が事実であると認めたという。

●ライターの「直感」で飛躍したストーリー

しかし、ここから話が飛躍する。

飯塚氏はこの文書を入手する前から湯治客が集まる話し合いの場で新井氏から直接この告白を聞いていたといい、こう書いている。

<その話し合いのとき、直感的にこう思ったのである。あ、彼女は黒岩町長とも体の関係があるに違いない、と>

この「直感的な」見立てのもと、飯塚氏は2019年9月のインタビュー取材に臨んだのだった。

飯塚氏は告発本で、新井氏へのインタビュー時のやり取りを以下のように記している。

飯塚氏

<好意を抱いていた黒岩町長と「二人きりになった時に気持ちが通じた」とあるんですが、これは黒岩町長との間で、肉体関係があった、と推察されるんですが、そういうことでよろしいでしょうか?>

新井氏

<「・・・・・」(目を赤くし、涙ぐみながら、ゆっくりと首を縦に振った)>

飯塚氏

<あまり具体的なことは聞きづらいんですが、その、大人の行為をした場所は、町長公室の中で、ということでよろしいでしょうか?あるいは別の、どこかのホテルなどですか?>

新井氏

<(町長と)お会いするのは、町長の公室がほとんどでしたので・・・・>

●インタビュー後に肉体関係を告白する文書

告発本を読むと、この2019年9月のインタビューの際、新井氏の口から明確に“性被害”の証言が語られたわけではなかったようだ。

だがその後、新井氏から飯塚氏宛てに「町長室にて黒岩信忠町長と肉体関係をもちました」と自ら打ち明けた文書が送られてきたという。

そこには新井氏の署名とともに「令和1年10月13日」と書かれていた。

<その文書をみたとき、思わず「来た!」と呟いた>

飯塚氏は告発本にそう書いている。

届いた郵便物には黒岩町長と肉体関係を結んだ前後の経緯が書かれた書類も同封されていたといい、飯塚氏はここで、最初に抱いた「直感」が正しかったと確信するに至ったとみられる。

●町長の言い分を聞かずに出版

実は飯塚氏は、新井氏にインタビューした10日後の2019年9月19日に黒岩町長に取材する機会を得ていた。

しかし、新井氏の“性的関係”や“性被害”について真偽を尋ねることもないまま、2カ月後の11月11日に告発本を出版したのだった。

結果的に十分な裏付け取材をしなかったことが致命的なミスとなり、飯塚氏は名誉毀損が争われた裁判で黒岩町長への損害賠償を命じられることになる。

告発本が出版された後、新井氏は公の場で「黒岩町長から性被害にあったことは事実」などと自ら訴えるようになった。

黒岩町長や草津町に対するバッシングが強まった一方で、発端となった告発本の内容を疑問視する声は目立たなかった。

ここまでの流れをまとめると下の表になる。

●背景に伝統の入浴法をめぐる対立

草津町で取材を進めると、2019年頃に勃発した草津温泉の入浴法をめぐる町内の対立が告発に影響したという話が通説となっているらしいことが分かった。

ここでまず理解しておきたいのが「時間湯」だ。草津温泉で100年以上の伝統を持つと言われる入浴法のことで、「湯長(ゆちょう)」と呼ばれる人が湯治客の体質や体調にあった入浴の仕方を指導する制度が続いてきた。

医師の治療を受けても皮膚病などが改善しなかった人が時間湯で良くなるケースがあり、昔から湯長を頼りに草津温泉を訪れる湯治客がいるという。

この「湯長制度」について草津町は2019年に廃止を決定。当時の報道によると、黒岩町長は湯長による湯治客への対応が医師法に違反する恐れがあることなどを理由にあげた。

これに対し、伝統的な時間湯を守りたい人たちから反発の声が上がった。

前述した新井氏の告白文書が関係者の間で出回るのは、草津町が湯長制度の廃止を決めた時期と重なることが見えてくる。

●本出版と引き換え、知事に要望

ここから浮かび上がるのは、湯長制度の廃止を黒岩町長に撤回させるために「町長室での性被害」が作り出されたという可能性だ。

事実、飯塚氏は告発本の前半で、湯長制度廃止の方針を示していた黒岩町長への批判を展開している。そして、その流れで後半に新井氏の告白が盛り込まれている。

また、告発本の冒頭にはこうした記述もある。

<本巻刊行前に、山本一太群馬県知事にメールを送り、本巻の刊行を取り下げるのと引き換えに、黒岩町長に時間湯の復活についての提言をしていただけないものか、という内容を送信した>

これについて飯塚氏は、2019年12月27日のブログで、「僕としては、本書の内容が新井元議員の立場を著しく傷つけるものであることから、可能であれば出さないで済ませられれば、という一途な思いから出たことでした」と釈明している。

●真相を知る2人 取材に応じず

黒岩町長は取材に「時間湯の改革が事件のきっかけになったとは思います」と語ったが、本当のところはどうだったのか。

湯長制度廃止を撤回させるため、新井氏や飯塚氏が黒岩町長のスキャンダルを必要としたのではないか。

真意を確かめたいと思い2人に取材を申し込んだが、次のような理由で断られた。

新井氏「弁護士さんとも相談したのですが、やはり、今回の取材は、お断りしたいと思います」
飯塚氏「現状ではまだ新井さんの裁判が民事・刑事とも決着しておらず、この段階でのコメントは差し控えたい」

●嘘の告発を信じた支援者の今

今振り返ると危うい経緯をたどってきたことが分かるが、新井氏を応援してきた人たちは今何を思うのか。

その一人で草津町の元議員、中澤康治氏(89)に会いに行くと、最初は「ノーコメントで」と言っていたが、立ち話をする中で当時の心境を徐々に明かしてくれた。

中澤氏は2019年に新井氏が告発した直後から記者会見に同席したり、草津町議会で黒岩町長の不信任決議案を提出したりするなど新井氏を最も近くでサポートしてきた。

新井氏と飯塚氏の2人とともに黒岩町長から名誉毀損で訴えられたものの、今年4月の前橋地裁の判決では唯一、損害賠償の支払いを命じられなかった。

●戦後の体験と男社会への違和感が源

まず、新井氏の話が嘘だったことについてどう受け止めているかを聞くと、中澤氏はこう答えた。

「当事者しか分からないことだから外部から想像するしかない。当事者以外はみんな分からないんだから、意見が二つに分かれてもいいと思うんだけどね。どこまでが嘘でどこまでが本当のことか分からないけど、嘘をつかれたことは事実なのでその部分は謝りたい。支援してくれた人をだました格好にもなり、申し訳ないと思っている」

戦前生まれの中澤氏は小学生の頃、朝鮮半島から群馬に来た労働者の子どもが地元の子どもたちに暴力を振るわれていた場面を強く覚えているという。

「朝鮮の人たちがやられていた時に助けてやれなかったことをいまだに後悔している。やっぱり弱い者を守りにいかないとなって」

また、以前から根回しを重視する男社会に違和感があり、女性の政治家を増やしたいと考えてきたという。

性被害を告発した新井氏を支えようと行動してきた裏には、そうした思いや経験があったようだ。

●「性被害者が泣き寝入りする世の中になってはいけない」

一連の騒動をめぐって多くの関係者が危惧しているのは、今回の虚偽告訴事件によって性暴力の被害者が声を上げにくくなるのではないか、ということだ。

黒岩町長は「実際に性被害やセクハラを受けている人はたくさんいると思います。一般的に考えれば、女性が声を上げたらそれはほぼ正しいことだと私は思うんですよ」と話す。

実際に、性暴力の被害者は無力感や自己嫌悪に苦しんだり、被害を訴えても信じてもらえなかったりするため、被害自体が表面化しにくいとされる。

黒岩町長は今回の事件を振り返った上で最後にこう訴えた。

「性被害の問題では冤罪もあるということを分かってほしいと思います。これだけ大きな事件になったわけですが、世の中にはもっと冷静に見てほしかった。今回の事件によって、本当に性被害を受けた人が声を上げづらくなっているとしたら大変な問題です。これが前例になって本当に性被害にあった人が泣き寝入りする世の中になってはいけません」

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