奥田瑛二「こんな風にして演じるのは、これまで60、70本映画をやってきたけど、4、5作あるかないかですよ」

奥田瑛二 撮影/有坂政晴 ヘアメイク/田中・エネルギー・けん

歳を増すごとに人間としての深みが濃くなっていく感のある俳優・映画監督 奥田瑛二。1980年代のトレンディドラマの代名詞ともいえる『男女7人夏物語』をはじめ、『海と毒薬』、『千利休 本覺坊遺文』、『式部物語』などの海外での評価の高い作品にも出演。93年に公開された映画『棒の哀しみ』で国内で多くの賞を受賞し、その印象が強いこともあってか、アウトロー的なイメージが強い。一方では映画『少女 an adolescent』、『るにん』などで監督を務めるなど多岐に渡り活躍続ける奥田にとっての「THE CHANGE」とは──?【第2回/全4回】

最新出演作『かくしごと』で認知症の老人・孝蔵を演じた奥田さん。白髪で無精ひげでもたつく感のある動きの孝蔵と、いま目の間にいるダンディで矍鑠な様の奥田さんとは明らかに違う。撮影前には役作りのために実際にグループホームを訪れた。

「知人の紹介でね、富山にあるグループホームを二か所訪れましたね。見学……というより観察させていただいて。男性と女性の場合とでは違いとかあるのだろうかと思って、一緒の部屋に入れてもらって話してみたり。ご飯も一緒に食べたけど、その時は食べることよりもその所作、動きをニコニコしながら観察していたら、完全に打ち解けちゃってね。向こうもいちいちどこから来たのって訊かないわけ。それが逆に良かったりしてね。仲良くなればなる程ずっとくっついてくる人もいました。この人たちの共通点はどこにあるのかなって思ったから、ケースワーカーや介護士の人にも色んな質問をしましたね」

聞かされた話の中には衝撃的なのもあった。

「ホームから脱走する方もいるそうで、あるおばあちゃんは20キロ先で見つかったそうなんです。それも、そこまで徒歩で行ったらしい。それで、脱走した先でたまたま訪れた家のチャイムを鳴らして、家主がドアを開けて尋ねると“私、どこにおるか判らん。判らんけど、ここ押した”って答えたそうなんです」

初共演の杏、無駄な会話は無かった

映画は、長年絶縁状態だった父・孝蔵が認知症を発生したために渋々と実家に戻ってきた絵本作家の千紗子が、ある日事故で記憶を失ってしまった少年を助ける。少年の体に虐待の痕を見つけた千紗子は自分が母だと嘘をつく。そして、千紗子、孝蔵、少年の三人の暮らしが始まるが……といったストーリーだ。

娘の千紗子を演じたのは杏。彼女は公式コメントで、「無理せずに奥田さんと一緒にいられたような気がします」と発表しているが、一方の奥田さんはいかに思ったか?

「杏さんと会ってお仕事をさせていただくのは今回が初めて。もちろんお父様の渡辺謙さんとはこれまで、3、4回共演させてもらったことがあるから、よく存じ上げていて。今回、孝蔵と千紗子との間には確執がある……という設定だったから、クランクインで挨拶を終えた時から5メートルぐらい距離を空けるようにしていました。その距離間をキープするためにも日常会話を交わさない方が良いだろうということで意図的に離れていたんです。後で聞いたんですが、杏さんも同じような思いで取り組まれていたそうなんです。だから、空気感はすごく良かった。無駄な会話は無かったんです。他の共演者ともそうでした。それでも、みんなニコニコはしていましたね」

完全に孝蔵に成り切っていた……というか、まんまである。

「まんま、というか一体化というか。それで撮影中は独りぼっちだったんです。休憩時間にタバコを吸っていた時も、目は孝蔵だったからか、気難しい感じがしたんでしょうか。『近づくなオーラ』を出していたのかもしれない(笑)。カットが掛った途端、普段の奥田瑛二に戻ってスタスタスタ……って歩くことはなかった。背中も丸まったままでね。でないと、映画を観に来てくれたお客さんがやっぱり見抜いちゃうんだろうなって思ったんです。僕の中で『よしっ!』って決断した時から、自信をもって臨むという。監督から何か言われても『あ、そう、判った』って言うぐらいで、カチンコが鳴っても言われたことをちゃんとやっているのか、できているのかは本人も自覚がないというか」

──つまりは演技を越えた演技……とでもいうのだろうか。

「例えば、ご飯をこぼすシーンがあるんです。家でも練習したけど、自然に落とすのは難しいんですよ。ホームに行った時のことを思い出して、こぼしたり口に運ぶのは人それぞれで何パターンかあったなって。でも、孝蔵さんは教師をやっていたぐらいだから、行儀が良かったんじゃないかな、そういう人がこぼす……ってどういうのか、一生懸命考えて、本番に臨んだけど、必要以上に口に運んでいて、カットが掛った時に加減でそれが判ったんです」

役作りのために実際にグループホームを訪問し観察した奥田さんだったが、新たに気付かされたこともあった。

「身体的な機能はしているんだけど、何かこの人たちの人生の中でゴミ箱入れてしまったモノ、棚に置いてしまったモノ、嫌いなモノ……そういうモノが全部空白になっていて。自分の責任や思い……そういうモノから全部単体として独立していくと、こういう(孝蔵のような)究極の一人の世界になるのかもしれないな……というところまで自分の中で自己解釈を色々としたんです。
それで、この孝蔵は元教師で女房を亡くし、それで自分で山に住むようになって、趣味の陶芸をやりながら、田んぼや畑を耕しているうちに、どこかが空白になっていったんでしょうね。一人で山で暮らすようになってから、少しずつ自分を見つめ直す時間が多くなってきて。その多くなる中で捨ててしまうモノもいっぱいあって、孝蔵は認知症になったんだろうな……という風に理解したら良いんじゃないかって思って」

──役の中に入って行ったって感じですね。

「役の中の扉を開けた自分が入っていった……ということですね。それから後はクランクアップまでは一切何も考えなかった。こんな風にして演じるのは、これまで60、70本映画をやってきたけど、4、5作あるかないかですよ」

奥田瑛二(おくだ・えいじ)
1950年3月18日、愛知県生まれ。1979年、『もっとしなやかに もっとしたたかに』で映画初主演。『海と毒薬』(86年)で毎日映画コンクール男優主演賞、『千利休 本覺坊遺文』(89年)で日本アカデミー主演男優賞、『棒の哀しみ』(94年)でキネマ旬報主演男優賞などを受賞。2001年、映画『少女~an adolescent』で映画監督デビュー。長編3作目となる『長い散歩』(06年)では第30回モントリオール世界映画祭グランプリ等三冠を受賞するなど、多岐にわたり活躍している。

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