草津・虚偽の性被害告白騒動 「はじめは冗談かと思った」 “加害者”から“被害者”になった町長の戦いの軌跡

虚偽告発事件について話す草津町の黒岩信忠町長(2024年5月28日/草津町役場の町長室/弁護士ドットコム撮影)

群馬県草津町の町長室で、黒岩信忠町長(77)と性的関係を結んだと虚偽の告発をした元町議の女性ら3人に対して、黒岩町長が名誉毀損で訴えた裁判で、前橋地裁は今年4月、女性らに275万円を支払うよう命じる判決を下した。

2019年に性暴力の「加害者」として告発されてから4年半。その間、一転して虚偽告白の「被害者」となった黒岩町長に、一審を終えて事件を振り返ってもらった。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

●「我ながらよく戦ってきた」

ーー前橋地裁は、虚偽の告発をした元町議の新井祥子氏(55)に275万円を、新井氏の告発を電子書籍に載せたライターの飯塚玲児氏(57)には新井氏と連帯して110万円の支払いを命じました。別の元町議、中澤康治氏(89)に対する請求は棄却されました。

冤罪を晴らすためにものすごいエネルギーを使いました。町長としての公務をする中で裁判にも対応しなければいけませんでした。お金もかかります。普通の人なら泣き寝入りで終わってしまったかもしれません。死んでしまうこともあると思います。

よく戦ってきたなって、我ながら自分で思っています。世の中には冤罪のまま陰に隠れて生きている人もいるでしょうし、逆に性被害を受けて言葉を出せない人もいると思います。私は草津町のため、家族のため、そして最後に自分のために戦ってきました。

告発後に『草津温泉には行かない』というキャンペーンが起こるなど、ものすごいバッシングを受けました。世の中やインターネットの世界は怖いんだなと思いました。その中で、狭い草津の町民は私を信じてくれました。それがせめてもの救いでした。

私は控訴するつもりはなかったのですが、新井氏側が控訴したので、相手が何を不服としているかを把握して、その内容によっては付帯控訴も辞さないつもりです。

●取材を受けないまま暴露本発売「はじめは冗談かと」

ーー新井氏が黒岩町長と肉体関係を持ったという内容が書かれた電子書籍が2019年11月に発売されたことが騒動の発端となりました。

2019年11月15日に町民から『何か変なものが出た』と聞いて、本の内容を初めて知りました。ちょうどその日は議会があった日だったので、議員たちが集まってみんなと食事していたのですが、ある議員が電子書籍の内容を読んでくれたんです。

それで、新井氏が町長室で私と肉体関係を持ったと書いてある文章を見て、『ん、何の話?』って思うじゃないですか。はじめは冗談かと思いました。ただ、私は本能的にこれは大変なことになると思って、その場ですぐに警察に電話して被害届を出したいと言いました。

そして、私が人とちょっと違ったのは、逆にマスコミに連絡したことです。事前に言っとくけど全くの嘘だと。嘘だからこそ通報したんだとマスコミに言いました。

その2カ月前の2019年9月19日にライターの飯塚玲児氏が取材に来ました。しかし、この時は時間湯(草津温泉で伝統的に続く入浴法)に関する取材で、新井氏に関する取材ではなかった。その時点で新井氏の告白を受けていながら、飯塚氏は私に何の取材もしなかったんです。

インタビューの時に『実は新井さんからこういう話を聞いてますけど、本当ですか?』って聞いてきたら反論できた。

ーー電子書籍の発行から約5年前、2015年1月の町長室での出来事についての告発でした。

2015年1月8日の午前10時ごろに被害を受けた、というのが新井氏側の主張でした。5年経って突然犯されたと言われ、最初は何の話なのか覚えていませんでした。よく考えたら、たしかに新井氏がこの頃、選挙のお願いに来たことがあったなと思い出しました。

出版の翌月の議会で町長室内を撮影したパネルを持ち出して、どこで私と性交渉をしたのですかと新井氏に聞きました。何で議会で取り上げたかというと、新井氏と私は政治家です。政治家という公人が公務時間に町長室で肉体関係を持ったとすれば、私は即刻クビですと言いました。事実なら私は辞めると。だから議会でこれを協議したんです。

当時、机と椅子の間が35センチあって今より少し広くなっていたのですが、そこでどうやって押し倒したのかと新井氏に聞いたら説明できないわけです。新井氏は『町長が模様替えをして間取りを変えてしまったから、この写真では説明がつかない』と言いました。でも模様替えなどしていません。

男と女の関係はどこまでいっても嘘か本当かわかりません。だけど、今回は必ずどちらかが刑事訴追を受けるはずだから新井氏に私を訴えなさいと言いました。ぜひ訴えてくれと。そしたら私は虚偽告訴罪で訴え返すと言ったんです。

●新井氏の告訴で捜査が進展

ーー新井氏が2021年12月に黒岩町長を強制わいせつ罪で告訴したことを受けて、黒岩町長も新井氏を虚偽告訴罪で告訴しました。

新井氏の告訴が大きなきっかけになりました。検察庁が一気に動いてくれたんです。私はそれまで刑事事件としては名誉毀損罪だけで訴えていたのですが、新井氏が告訴したことで新たに虚偽告訴罪としても訴えました。

確実に有罪にできる証拠がないと起訴することはすごく難しいので、それまで検察は黙って見ていたのだと思います。新井氏の告訴のほうは受理して数日後に不起訴にし、私の告訴に関して捜査に入れたのだと思います。

ある時、検察から『(新井氏が2015年1月8日にとっていた)録音テープを抑えました』と電話がきました。新井氏は当初、録音テープのうちの15分程度をネットで公開していましたが、検察が新井氏のパソコンを押収して録音全体を復元すると約1時間分ありました。

だいぶ前のことだったので私は当時のやり取りをよく覚えていませんでしたが、テープの中身は普通の会話、世間話でした。本当に私が押し倒すなどしていたら大きな音が入っているはずなので、検察官は新井氏の話が嘘だとわかったのだと思います。それで新井氏は名誉毀損罪と虚偽告訴罪で起訴されました。

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