国立、完成目前マンション解体…積水ハウスの過ち、街の歴史と住民の反対を軽視

国立駅(「Wikipedia」より/Nishifutsu)

東京・国立市のほぼ完成済の新築マンション「グランドメゾン国立富士見通り」が、来月の引き渡し開始を目前に控え解体を決定するという異例の事態が起きている。周辺住民から景観の悪化などを理由に反対の声があがっていたとのことだが、建物の構造上の問題や法令違反がないにもかかわらず、なぜ解体の決断に至ったのか。また、建設事業者は大手住宅メーカーの積水ハウスだが、着工前に周辺住民への説明を十分に行っていたのか。業界関係者の見解を交えて追ってみたい。

同マンションは、国立駅の南口から南西に延びる「富士見通り」沿いの物件。一橋大学に近い閑静な住宅街に建ち、10階建てで専用面積は約70平方メートル、分譲予定価格は7200万円~。部屋からは富士山を眺望できる点が魅力の一つだ。

国立市は良好な景観づくりに力を入れている自治体として知られている。「国立らしい景観を守り育て未来に引き継ぐ」などと定めた「国立市 景観づくり基本計画」を策定し、施策として「良好なまちなみ・景観の保全」「地域特性を活かしたまちなみの形成」を掲げている。1997年には国立市都市景観形成条例を制定し、建物の建設について景観への配慮を義務付けている。市は「周囲に比べ高さや大きさのある建築物の景観的工夫」として「大規模な建築物の建築を行う際には、関係者と連携・協働し、周辺の景観と調和するよう誘導します」としている。

「国立には、学園都市構想の中で意図してつくられた富士見通りのすばらしい眺望や、文教地区のまちなみを見通すことのできる国立駅前からの眺めなどがあります。このような優れた眺望景観は、国立の景観を構成する大きな要素となります」(「景観づくり基本計画」より)

同マンションは、市が「景観上重要な道路」と定める「富士見通り」沿いに建つが、この通りは、優れた眺望景観を有する「視点場」からの眺望対象にも定められている。

「国立市の資料を見ると、富士見通りは『近隣商業地域』にも指定されており、建物の高さは31メートル(10階建て)もしくは28メートル(9階建て)に制限されている。今回の物件は10階建てなので、建設事業者は市に届けて法令上は問題なしと判断されていたのだろう。ただ、写真を見ると建物は国立駅側からの富士見通りの眺望に突き出る形で建っており、以前は全体が見えた富士山を半分くらい覆っている。国立市では『周囲の建築物から突出した形状や色彩』は禁じられているので、この規則に抵触すると判断される可能性はある」(東京都内の区職員)

積水ハウスは配慮に欠けていた

かつて国立市ではマンション建設をめぐって住民と建設事業者が対立し、訴訟に発展したことがある。2001年に完成した一橋大学の南に位置する「クリオレミントンヴィレッジ国立」について、住民らが高さ20m超の部分の撤去と慰謝料を求めて、事業者の明和地所を相手取り提訴。原告が敗訴した。

今回のグランドメゾン国立については21年6月に開催された国立市まちづくり審議会で景観を損なうとの指摘がなされ、積水ハウスは11階建てから10階建てに変更。23年1月に着工し、一部の住戸はすでに契約が成立し、7月から引き渡しが始まる予定だった。同社は今月に入り市に事業の廃止届を提出し、その理由について読売新聞の取材に対し「景観も含め周辺への影響の検討が不十分だった」(7日付け同紙記事より)としている。

大手住宅メーカーの積水ハウスで、なぜこのような事態が起きたのか。

「周辺住民の反対を受けて建設計画を断念するというケースはあるが、ほぼ完成済なのに解体するというケースは極めて異例。行政の手続き的には問題がなかったとしても、それと周辺住民の意見・行動は別の話。すでにSNS上では、マンションが富士山を大きく覆う富士見通りの眺望を写した画像が広まって話題になっており、もし住民が訴訟を起こすと『“富士見”通りの富士山を見えなくした』としてメディアでも大きく取り上げられる可能性が高い。積水ハウスとしては、それによって同社の高級マンションシリーズであるグランドメゾンのブランドが傷つくのを懸念したのでは。土地の取得費用や建設・解体費、これまでに投下した人的コストを合計すると損失額はそれなりに多額だが、100億円には満たないレベルで済むとみられ、同社の利益水準を考えれば、そこまで影響は大きくないだろう。

富士見通りという名前が付けられているように、この通りには国立市の美しい景観を重視した都市整備計画のなかで『富士山が見える通り』としてつくられ、長い年月をかけて景観が守られてきた歴史がある。その通り沿いに大きく富士山の景観を損ねるマンションを建てるというのは、大手住宅メーカーの姿勢としては根本的に間違っている。国立市の景観づくり基本計画には『周囲の建築物から突出した形状を避ける』と書かれており、これにも違反していると判断されてもおかしくはない。建物を建てる際には、その土地の明文化されていない“しきたり”を守るのは最低限のルールであり、全体的にみて積水ハウスは配慮に欠けていたと感じる」(大手不動産会社社員)

国立市の住民はいう。

「国立市は景観保護に敏感な街だとは思うが、中央線があるので都心へのアクセスが良い割に東京23区に比べて住宅コストが安いという理由で住んでいる人も多く、景観にまったく関心がない住民もいる。少し先に10階建て以上の大規模マンション群があるので、建設事業者は『まあ、いったんできてしまえば大丈夫だろう』と考えたのかもしれない。だが、今回のマンションは駅寄りで低い建物が密集しているエリアで、目立つのは確かですね」

(文=Business Journal編集部)

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