紀伊半島の神経難病「牟婁(むろ)病」の病態 患者iPS細胞モデルで迫る

慶應義塾大学と三重大学の研究で、紀伊半島に多発する牟婁(むろ)病(筋萎縮性側索硬化症/パーキンソン認知症複合:Kii ALS/PDC)において、脳脊髄内アストロサイトのCHCHD2タンパク質が著減していることがわかった。

牟婁病は、かつて紀伊国の牟婁と呼ばれていた紀伊半島南岸で多発する神経難病で、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン症状、あるいは認知症が同一の疾患として出現する。未だ当該疾患の多発の原因は明らかとなっていない。

本研究グループは今回、Kii ALS/PDC患者の血液細胞からiPS細胞を樹立し、脳脊髄内のグリア細胞の一種であるアストロサイトを分化誘導した。牟婁病では、大脳や脊髄の様々な神経細胞やグリア細胞に異常をきたすため、脳脊髄全体に分布するアストロサイトの関与が疑われるためだ。

患者アストロサイトを解析したところ、ミトコンドリアの機能に重要なタンパク質CHCHD2をコードする遺伝子の発現が著明に低下していることを発見した。これにより、ミトコンドリアの減少や形態異常を呈し、アストロサイトの神経保護機能が低下していることを突き止めた。さらに、実際の患者脳内のアストロサイトでも、iPS細胞由来アストロサイトと同様に、CHCHD2タンパク質が減少していることを明らかにしたという。

一方、ミトコンドリア機能改善薬や、遺伝子導入によってCHCHD2の発現を回復させてやることで、患者アストロサイトの機能を改善できることも見出した。

以上から、患者iPS細胞モデルが、患者の脳内で起きている病態を再現できることが明らかとなり、疾患特異的iPS細胞の有用性が示されたといえる。iPS細胞由来アストロサイトで効果を認めたミトコンドリアに対する治療手法についても、iPS細胞創薬に繋がる重要な知見だ。本研究成果により、これまで疾患モデルも存在せず謎に包まれていた牟婁病の病態解明や創薬に向けた研究が大きく加速することが期待される。

論文情報:

【Acta Neuropathologica】Aberrant CHCHD2-associated mitochondriopathy in Kii ALS/PDC astrocytes

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