細川たかしはネットミーム、山本譲二はメタル化……若者たちも魅了するベテラン演歌歌手の面白さ

このところ、ベテランの演歌歌手たちがなんだかおもしろい状況になってきている。

ちなみに演歌は、どちらかというと「高齢の方が聴くもの」というイメージだった。とはいっても、かつて「高齢」のラインとされていたのは、赤いちゃんちゃんこが贈られ、定年退職、年金受給が受けられる「還暦」だったが、こと音楽消費の面で言えば現在の還暦は、1980年代のJ-POPの広がりや空前のバンドブームを知っていて、1990年代のCDセールス全盛期も体験している“ポップス世代”である。そう考えると、演歌のメインターゲットである「年配」のくくりは還暦よりさらに上の年齢ということになる。

それでも、ある時期までは“日本といえば演歌”という捉え方があった。2008年にはアフリカ系アメリカ人のジェロが「海雪」で演歌歌手デビューし、同曲をヒットさせた。また2000年代に日本へと拠点を移した、メガデスの元メンバーであるマーティ・フリードマンが、石川さゆりの「天城越え」(1986年)など数々の演歌をフックアップしたことも話題となった。外国にルーツを持つアーティストたちにも間違いなく、演歌に流れている“日本の心”は伝わっていた。さらに遡ると、2024年1月に65歳で逝去した小金沢昇司は若手時代の1990年代に出演したのど薬「フィニッシュコーワ」のCMで大ブレーク。若者にはまったくと言って良いほど知られていなかった小金沢さんだが、このCM出演をきっかけに一気にその存在がお茶の間へと浸透していった。

■潮目になった北島三郎の『紅白』卒業と、SNSの波に乗った細川たかし

ただ、長く親しまれてきた演歌をめぐる状況がこの10年でガラッと変わった。特に印象的なのが、年末恒例の音楽番組『NHK紅白歌合戦』の顔ぶれ。2013年、演歌歌手の最高峰・北島三郎が50回出場を機に身を引いた(2018年は特別出演)ことは演歌界、いや日本の音楽界においても重要な潮目となった。さらに大御所の五木ひろしも2020年を最後に『紅白』には出場していない。以降、かつて『紅白』出場者の大半を占めていた演歌勢が激減。そのように出場者に大きな変化があったことも一つの要因として、“日本といえば演歌”という考え方は薄らいでいった。

しかしそんな演歌界で昨今、興味深い動きが多発している。特に2023年頃からSNSを中心に話題を集めているのが、細川たかしだ。細川はここ数年、生え際がきれいに揃った髪型など特徴的なビジュアルが注目されている。くわえてTikTokにも力を入れており、移動中の様子、キラキラ加工された姿など、いろんな“たかし”を堪能させてくれている

そんな細川は7月3日にニューシングル『男船』をリリースするが、そのジャケット写真が衝撃的。SNSで大バズりし、お笑い芸人のレイザーラモンRGが素早くモノマネをしてみせた、ドクロ柄がプリントされたジャージ姿の細川が海のしぶきのなかに“君臨”。しかも“1体のたかし”ではなく“20体のたかし”がずらり、である。

それにしても、奇抜なビジュアル、TikTokの方向性、『男船』のジャケット写真など、どこからどこまでが確信的におこなわれているものなのだろうか……。ただ一つ言えるのは、1980年代の塩入り歯磨き粉のCMで披露した「はぁ~~~~~、しょっぱい!」という台詞の言い回しや、筆者も少年時代に購入して聴きまくったCMソング「応援歌、いきます」(1992年)のポップス寄りな曲内容など、細川はかなり前から演歌界のなかでもキャッチーな存在だったこと。そう思うと、なにかとバズっている現在の状況もはかなり頷けるものがある。

北島三郎の弟子、山本譲二は7月24日に『妻よ…ありがとう』をリリースするが、そのボーナストラック「言論の自由」はなんとメタル曲。この曲は、2023年に始まったプロジェクト「山本譲二メタル化計画」を起点に生まれたもの。4月には同プロジェクトの一環で「ギター弾いてみたコンテスト」と題したコンテストが開かれ、エントリー者たちが山本の曲「みちのく忘れ雪」などをメタルアレンジでプレイ。グランプリを受賞したギタリストが同曲のレコーディングにも参加したという。

しかも同曲の作詞・作曲を担当したのが、吉幾三。今回はIKZO名義で参加した吉もまた、1984年リリースの「俺ら東京さ行くだ」が“日本語ラップの始祖”と一部でみなされている。2019年には方言ラップをテーマにした「TSUGARU」をリリース。演歌を軸にしながら、さまざまなジャンルとクロースオーバーした曲を生み出してきた。そんな吉と山本のタッグだからこそ、今回の「言論の自由」という曲のタイトルはかなり説得力がある。

■氷川きよし、石川さゆり、藤あや子などのアプローチ

前述したように、演歌は“日本の心”、“日本といえば演歌”という古くからの考え方がある。そしてメインリスナーも「年配」である。昨今の演歌界のムーブメントの鍵となっているのは、そんな固定されたイメージとのギャップである。

デビュー時から第一線で活躍する氷川きよしは、キャリアとともに自身のパーソナリティをどんどん生かすようになり、ビジュアル系ロックを思わせるパフォーマンスにまで進化を遂げていった。なかでも特別枠で出場した2022年の『第73回NHK紅白歌合戦』での「限界突破×サバイバー」のステージは、氷川の人間性まで伝わってきて感動を覚えるものだった。デビュー曲「きよしのズンドコ節」(2002年)も含め、氷川は演歌に多様な表現をもたらした“平成以降のパイオニア”と言える。

石川さゆりは、先に記述したマーティ・フリードマンとのコラボレーションだけではなく、石川さゆり with 奥田民生名義で発表した「Baby Baby」(2010年)で奥田のルーツの一つであるモータウンサウンド、椎名林檎が手がけた「暗夜の心中立て」(2014年)では椎名独特の妖しさや艶やかな世界観、布袋寅泰とはセッションという形で「天城越え」ほかをエキサイティングに演奏するなど、相手のフォーマットと絶妙に融合したコラボを次々実現させている。石川は、日本のロック、ポップスのアーティストたちの間でまさにアイコン化している。

ほかにも藤あや子はSNSで公開している愛猫たちとの日々が「癒される」として親しまれ、さらに2022年には大胆なポージングやビキニショットも披露している写真集を発表。5月に子宮体がんを患っていることをXで公表した際には、ファンからもたくさんのエールが届けられた。もともと演歌歌手として人気が高かった藤だが、近年はSNSでのさまざまな発信を通して、若者にも愛される人物になった。

「演歌とはこういうもの」という捉え方を利用し、たとえば細川たかしのように演歌を良い意味でパロディ化するなど、ギャップを含めた意外性あるアプローチで若者らからも親しまれるようになった演歌界。そういったことを入口に、演歌の新しい魅力が発見される可能性もかなり高いのではないだろうか。

(文=田辺ユウキ)

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