アップルの「Vision Pro」でマーベルの世界を体験 キャラと目が合い、魔法を放つ

Marvel映画でおなじみのファンファーレが鳴り響き、自分の周囲にMarvelのロゴが表示される――これは、確かにスリリングだ。Appleのヘッドセット「Vision Pro」を装着すると、Marvel Cinematic Universe(MCU)のヒーロー映画に入り込んだような気分になる。

Vision Proの発売から3カ月。映画やシネマティックな3Dビデオを観る以外に、Vision Proならではの体験はなかなかできない状況が続いていた。ここでMarvelの「What If...? An Immersive Story」が登場した意味は大きい。この半分ゲーム、半分映画のユニークな体験こそ、Vision Proが切実に必要としているものだ。

「What If...?」は、未来を垣間見る体験だ。まるでマルチバースの欠片のように、期待と驚きを与えてくれる。一方、この体験は束の間の夢でもある。この(3499ドル、約55万円のVision Proを持っていれば)無料で体験できる1時間のストーリーは、十数個のインタラクティブな章で構成されている。まるで「What If...?」シリーズの特別エピソードに入り込んでしまったように感じるが、実際、主人公は自分自身だ。

「What If...?」のVision Pro用アプリは、ILM Immersive(旧ILMxLAB)の最新作だ。ILM Immersiveは、筆者が過去に体験し、気に入った多くの仮想現実(VR)体験を手がけた企業でもある。例えばVRゲームの「Vader Immortal」、「スター・ウォーズ:テールズ・フロム・ザ・ギャラクシーズ・エッジ」、そしてDisneyとVR体験施設「The Void」のコラボから生まれた、今はなきVRアトラクション。この3つはどれもテーマパーク的な方法で人々をDisneyの世界に招き入れた。「What If...?」は、この路線を踏襲しつつ、複合現実(MR)の「第4の壁」(舞台と観客を隔てる透明な壁)をこれまでになく軽やかに飛び越えているように感じる。

前述したStar WarsやMarvelのVRアドベンチャーでは、筆者はフィクションの世界のキャラクターになった。しかし「What If...?」では、フィクションの世界が筆者の部屋にやって来る。ポータルが開き、(ウォンと背の高いザ・ウォッチャーの姿が)室内に浮かび上がって、私をひたと見すえる。

「What If…?」の体験を支えている技術の1つは、アイトラッキングだ。プレイヤーがどこを見ていようと、どこに移動しようと、すべてのキャラクターとしっかり目があうように設計されている。もう1つはハンドトラッキング機能だ。プレイヤーは手を動かすことで、まるで魔法使いのように空中に魔法を放てる。しかも、画面に映っているのは自分自身の手だ。Vision Proの高度なオクルージョン技術により、自分の手と腕がVision Pro超しに見える世界とリアルに重なる。自分の手を動かしてシールドを張り、インフィニティストーンを集められる。

「Vader Immortal」や「スター・ウォーズ:テールズ・フロム・ザ・ギャラクシーズ・エッジ」には空間を探索するような感覚があったが、「What If...?」はまるで劇場だ。筆者は他のキャラクターに混じって立ち、ストーリーの展開を目撃する。時には手を動かして、キャラクターと交流する。

ハンドトラッキングは、うまくいくときもあれば、いかないときもある。腕を上げてエネルギービームを発射し、輝くシールドを作ったときは興奮した。ときどき光る手のゴーストが現れ、次にすべきことを教えてくれる。手のゴーストに従ってポータルを作り、時間を巻き戻し、稲妻を放つ。プレイヤーの選択肢は限られており、ある程度決まったストーリーに沿って進む。たとえるなら、観客が物語の一部になるイマーシブシアター(没入型演劇)に参加しているような感覚だ。

詳細は伏せるが、エンディングは実に楽しい。明らかに他のMCU作品とつながっており、テレビや映画、さらにはテーマパークと連携する可能性を感じさせる。DisneyとMarvel、そしてILM Immersiveにとって、「What If...?」は今後の展開に向けた、最初の一歩にすぎないのだろう。

Marvel Studiosのディレクター兼エグゼクティブプロデューサーのDavid Bushore氏と、ILM Immersiveの体験デザインディレクターのIan Bowie氏は、この新しい無料アプリがハンドトラッキング機能を備えた先進的なMRヘッドセットの可能性を探る役割も担っていることを認める。Bushore氏は、Walt Disney Imagineeringで、DisneyのテーマパークにあるMarvelのアトラクションを担当した人物だ。数年前には、Marvelの映画「エターナルズ」のストーリーを体験できる「iOS」向け拡張現実(AR)アプリの制作も支援した。このアプリは、いずれヘッドセット越しにARのキャラクターと自宅で交流できる未来が来ることを感じさせるものだった。

「プレイヤーの自宅で仮想世界を展開する方法を考えるときが来ていると思う。この新しいストーリーテリングの可能性に全員が興奮している」と、Bowie氏はZoomの会談で語った。「(「What If...?」は)この方向への最初の一歩にすぎない。この体験を進化させ、次のレベルに押し上げることで、新たな可能性を開くアイデアはたくさんある。とはいえ、プレイヤーの部屋を物語の舞台、キャラクターを動かす場として使えるというのは画期的だ」

こうした体験はいずれテーマパークと重なるようになるのかとたずねてみた。これは数年前に「スター・ウォーズ:テールズ・フロム・ザ・ギャラクシーズ・エッジ」のチームに尋ねたことでもある。

「いま、私たちが取り組んでいるのは『ストーリーリビング』という概念だ。私たちは、この転換点にさしかかりつつあるが、まだ到達してはいない。しかしパークに行くにせよ、映画を観るにせよ、共通しているのは何かを体験しているということだ」と、Bushore氏は言う。「どちらも、思い出が作られる場所であり、この種のテクノロジーと没入感は、思い出を作る方法の1つにすぎない」

Bowie氏とBushore氏はどちらもVRやARに長年取り組んできたが、今の状況を新鮮に感じるという。いずれはVision Proや今後登場する新しいMRヘッドセット向けに、これまでにないタイプのアプリが登場するかもしれない。

「今は、全員が学んでいる段階だ。特に私たちのいるストーリーテリングの世界には、(Vision Proによって)たくさんの素晴らしい機会がもたらされた。キャラクターがプレイヤーに話かけるときは、しっかりと目があうこと、プレイヤー自身の手で魔法を放てること、現実の場所と仮想環境を行き来できること――どれも私たちが長年考え、さまざまな形で取り組んできたコアな機能だ。こうした取り組みをつなぎ合わせて、1つの作品にする機会を待っていた」と、Bowie氏は言う。

次は何が起きるのか、興味をそそられる。この没入型シリーズに続編はあるのだろうか(エンディングはその可能性を示唆していた)。同じような体験をMetaや、もしかしたらGoogleやサムスンのヘッドセットでもできる可能性があるのだろうか。MRアプリはついに、VRとは異なる独自の言語とインターフェイスを見つけるのだろうか。まもなく開幕するAppleの年次開発者会議「Worldwide Developers Conference(WWDC)」では、Vision Proの次期OSが発表されるとうわさされているが、他にも多くのアイデアが飛び出すかもしれない。その意味では、このMarvelアプリはほんの始まりにすぎないと感じる。

この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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