メンタルの疾患を抱えている患者さんにはbr相手の立場を理解して受け入れることから

心が不安定で食事にムラが…

今回のJさんは60代の男性です。当院へは血糖のコントロール目的で通院されており、本人の希望もあり栄養指導となりました。身長は165mc、体重63kg、BMIは23.1kg/㎡、初回栄養指導時の血糖値は食後1時間で140mg/dl台、HbA1cは8.2%でした。いつものように食習慣の聞き取りから実施することにしました。

田村:糖尿病の食事についての指導を担当させていただきますね

Jさん:管理栄養士さん、その前に話を聞いてもらっていいですか?

田村:はい。なんでしょう?

Jさん:実は十数年前から心療内科に通っていまして……

ご自身からメンタルについてお話を始められたので、Jさんのお話をしっかりお聞きすることにしました。

Jさん:実はいろいろありましてね。疲れてしまって気が付いたらうつになり、仕事もできない状態になって家族には本当に迷惑をかけているんですが、まだ十分には改善していなくて、今も通院や服薬は続けているんです

田村:そうなんですね。それは本当に大変ですね

Jさん:現在は定年を迎え、本当ならのんびり過ごせるところですが、そうもいかないことがあって、いまだに食事が食べられないぐらい精神的に落ち込むことも多々あるんです。そんななかで、自分なりに糖尿病の食事についていろいろ調べたりしてはいるんですが、なかなか血糖値がよくならず、それもまたイライラの原因になったり……。何ていうんですかね、もう、何がよくて何がよくないのかわからなくなってしまって……

Jさんは、かなり思いつめた感じでご自身のことを話してくれました。このような方に対応する時は、まず相手の立場への共感が必要です。

田村:そうでしたか。本当に苦しいなか、糖尿病とも向き合わなければいけなくて大変ですね

Jさん:何とかこうやって外に出られるところまでは精神的に回復したので……。とは言っても波があるので、また家から出られないことも多々あるとは思うんですが……

田村:大丈夫ですよ。食事のほうはこれからお話ししますが、まずはメンタル面を優先して、体調が優れない時は無理をなさらないようにしてくださいね

Jさん:わかりました。ありがとうございます。長々と聞いてくださって感謝します

田村:大丈夫です。お話をうかがって、その状況に合わせて話すのは私たちにとっても大切なことなのです。お話を聞かせていただいてよかったです

Jさん:こんな状況なので、よろしくお願いします

田村:わかりました。私はお食事の部分のお話しかできませんが、何か1つでもJさんができるアドバイスをしたいと思っていますので、よろしくお願いします。Jさんはもうご自身で糖尿病についてはいろいろお調べになられていると思いますので、今日は、食事についての重要なポイントをお話ししますね

そして、いつもの食習慣の聞き取りをすると、食事が時々不規則になることや、どうしても運動不足になることと夜眠れないことがあるといった点以外は、大きな問題はないように感じました。

無理しないでゆっくり続けましょう

田村:最初にお話ししておきたいのが、糖尿病だからといって食べていけないものはないことです。食べ方や食べる順番などだけ気を付けてみましょう。たとえばすごく疲れていて「甘いものが食べたい!」ってこともあると思います。そういう時は量を決めて食べれば問題はないです。それと1日3回食べてほしいのは理想ですが、そうもいかない場合は無理しなくても大丈夫です。これからお伝えするポイントをできる時でいいので、できることだけやってみましょう。あとはまた結果を見ながら一緒に考えてやっていきましょう

Jさん:わかりました。なんかお話を聞いてもらって、少し安心しました

田村:お1人では悩みますものね

Jさん:だんだん何を食べていいのか、悪いのか、混乱して……。でも食べちゃいけないものはないって、それだけでも安心しました

田村:同じようなことを患者さん、よくおっしゃいますよ

Jさん:そうですか(ここで初めてJさんの笑顔が出ました)

田村:食事のポイントですが、まず、毎食できるだけ野菜か海藻など食物繊維の多いものを食べるようにしましょう。そしてそれらの食物繊維の多いおかずから先に食べてください

Jさん:わかりました

田村:Jさんの場合は食べられないこともあるかもしれませんが、そこはあまり気にせず、そのような時はバナナ1本とか、ヨーグルト1個とかでもいいでしょう。軽いものでいいので何か食べられそうなものがあれば食べてください

Jさん:はい。やってみます

田村:できることからでいいので、無理しないでゆっくりやりましょう

Jさん:ゆっくり……。そうか、そういう風になかなか考えられませんでした

田村:ですよね。心配ですし焦っちゃいますよね

Jさん:そうなんです。せっかちっていうかなんでもやらなきゃやらなきゃ、どうしようって感じなんです

田村:食事ってお薬と違って即効性はないですが、じっくりゆっくり効いてきます。なので時間はどうしてもかかってしまうんです。ですが、長い間にはよくも悪くも効いてきますので、焦らずにゆっくりやっていきましょう

Jさん:なるほど……

田村:最初はあまり数値に変化がなくて焦るかもしれませんが、続けることが大事です。一緒に数値を見ながら、体調にも合わせてやっていきましょう

Jさん:そう言ってもらえるだけで心の重荷が軽くなります。ありがとうございます

このようなやりとりから、8カ月が過ぎました。時にはご本人が体調の都合で来られないこともありましたが、ご家族がご本人のお手紙や質問事項を書いたメモを持ってきてくれたりするなど、栄養指導はゆっくり続いています。どうしてもメンタルの部分で、食事も不規則になったり甘いものを食べてしまったりということもあるので、血糖状態は劇的には改善していませんが、悪化することもなく、横ばい状態です。ご本人もいらっしゃった時には「こうやって話を聞いてもらって、一緒に考えてもらえるのがうれしい」と言ってくれます。もちろん、数値的な結果も大事ですが、特に悪化することなく継続しているので、今はクリニックに来てくれること、話をしに来てくれることがJさんにとっては重要なことかなと感じています。ご家族も「最近は家族と一緒に食事をとるようになった」とおっしゃっていました。栄養指導がきっかけで、少しでもよい方向に向かってもらえたらと思っています。(『ヘルスケア・レストラン』2023年8月号)

田村佳奈美
福島学院大学短期大学部
食物栄養学科講師
かとう内科クリニック 非常勤 管理栄養士たむら・かなみ●療養病院、急性期病院での勤務を経て、2011年8月からフリーランスの管理栄養士として活躍中。福島県いわき市内のクリニックでの栄養指導や全国各地での講演活動、自宅で暮らす高齢者の栄養サポートにも力を入れている ▼『ヘルスケア・レストラン』最新号のご案内とご購入はこちら

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