人類最速のスプリンターを決める陸上男子100メートルで、世界との距離を着実に縮めている。サニブラウン・ハキーム選手(25)=東レ=は花形種目で初めての五輪代表に決まった。パリ大会では「1位以外は興味がない」と公言し、競技に打ち込む。一方で、小中高生向けの大会を創設するなど、陸上界のための努力も惜しまない。パリ五輪の開幕が近づく中、日本短距離界のエースが抱く熱意に迫った。(聞き手 共同通信・山本駿)
▽世界トップ選手の1人に、確かな自信
昨夏の世界選手権では前年の7位を上回る6位で2大会連続の入賞。「暁の超特急」と呼ばれた吉岡隆徳さんの1932年ロサンゼルス五輪6位に並び、五輪と世界選手権の日本選手最高順位だった。
「昨年の方が悔しかった。一昨年は体も精神的にもいっぱいいっぱい。昨年の方が余裕があり、感覚も良かった分、もっとできたと思う。100%を出し切れていない。完全燃焼した結果じゃないと満足できない」
「パリ五輪ではとにかく金メダルだけを目指している。本当に1位以外は興味がない。心身とも万全の状態で臨み、決勝で自分の120%の力を出す。今まで経験したこと全てで、自分が成長したことを証明する大きな機会になる」
初出場した2021年東京大会は100メートルの代表は逃し、200メートルに出場して予選落ち。当時は日常生活も難しいほどの腰のけがを抱えていたが「言い訳にしたくない」と公表せずに戦った。
「あの時からは一歩ずつ、いい方向に階段を上がっている。ケアの仕方などもより慎重に考えられるようになった。けがして良かったとは思わないが、実になっていることは多い。体の理解度が低いと絶対に支障が出る。ただただ練習してケアしているだけでは、自分の体に何が起きているのかが分からない。危険要素を排除しながらトレーニングしていけるようになったし、100メートルに関する知識量も増えた」
その成果は今季、課題だったスタートの改善として表れた。自身5度目となる9秒台をマークし、6月を前にパリ行きの切符をつかんだ。
「昨季までは2歩目が短く、3歩目で取り戻そうとしてロスしていた。昨年11月の練習でいい感覚をつかんだ。足運び一つで、よりスムーズに加速でき、自分でも驚いている。1歩の違いで全く違う前半30メートルになり、走っていてもすごく気持ちがいい。いつもより前で勝負できるので、本当にチャンスがあると思う」
▽陸上界の将来へ、自ら大会創設
東京大会後は普及イベントにも積極的に取り組んだ。「夜明け」や「始まり」を意味する英単語を冠した短距離大会「DAWN GAMES」を創設。今年は6月に東日本地区と西日本地区の予選を行い、10月に決勝を予定している。
「今の日本の短距離界は層が厚い方だとは思うが、もっと米国ぐらい熾烈であってほしい。もちろん自分たちが頑張らないといけないが、子どもたちの力も必要。陸上界の人気とともに、競技人口も増やしていきたい」
「自分も東京の小さな大会から出始めて、今では世界大会に出ている。陸上をやっていなくてもいいから、平等にみんなにチャンスを与えたい。いろんなことを経験できる機会があればと思って今回の大会に至った」
「現役選手として最前線で戦っているからこそ影響力があると思うし、与えられるものがあるはず。より子どもたちのモチベーションになってくれたらいいし、逆に自分が子どもたちから学ぶこともある。そういう環境は大事にしていきたい」
自身が世界の頂点を目指しながら、競技普及、裾野拡大を通じて抱く夢は大きい。
「将来的にはもっと幅広いことをやっていきたい。『チーム・ハキーム』として、自分の拠点や海外の最先端な場所に派遣して目と肌で感じてもらうことや、最高峰のダイヤモンドリーグに直接呼んで大会を見てもらうようなこともできればと思っている」
「世界陸上は織田裕二さんのおかげで有名になっているとは思うが、まだ国民全体で応援するところまではいっていない。サッカーのワールドカップ(W杯)や野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)には劣る。陸上のパブリックビューイングがもっと開かれるぐらい、競技の人気を上げていきたい」
▽胸躍らせ、夏の祭典へ
いよいよパリ本番まで2カ月を切った。所属するタンブルウィードTCが合宿を張るイタリアを拠点に、準備を進めていく。
「陸上をやっていて、自分がどこまで突き詰めていけるのかが、一番の楽しみ。まずは40~60メートルの中盤が課題になる。良くなった前半をいかにスムーズにつなげられるか。反復練習でしっかり仕上げられれば、9秒8台も見えてくる。本当に楽しみで、例年に比べての手応え、自信も大きい。ここからの一日一日も大切にしていきたい」