電気代、景観保護 電力法可決がスイスにもたらす影響とは

スイスでは太陽光パネルの設置が進むが、欧州諸国には遅れを取っている (Keystone / Peter Schneider)

9日の国民投票で電力法施行が可決されたことで、再生可能エネルギーによる電力生産が促進される。だが電気代、アルプスの景観、気候保護にはどのような影響があるのだろうか?

電力法は、10年~15年後により多くの電力を再生可能エネルギー、特に太陽光、水力から生産すると規定。それにより冬季のエネルギー輸入依存度を下げる。

この法律(実際は様々な措置をまとめた包括的な立法パッケージ)の施行が9日の国民投票で可決された。

スイスのすべての建物にソーラーパネルが設置される?

この法律では、2035年までに少なくとも年間35テラワット時(TWh)、2050年までに45TWhの電力を再生可能エネルギー(水力を除く)から生産する。2022年比の約6倍に相当する量だ。

再生可能エネルギーの大半は太陽光から供給する。計画されている太陽光発電プロジェクトの80%以上は、住宅、ショッピングセンターの屋根やファサード(建物の正面部分)など既存のインフラに設置される。

太陽光パネルの設置義務は全ての建物が対象ではなく、床面積が300平方メートルを超える新しい建物に限定される。

この規定は、太陽光発電所の建設を加速化させる「ソーラー・オフェンシブ」プロジェクトの一環として、2022年に議会が一時的に導入した。

スイスに新しいダムが建設される?

将来の冬の電力供給を考える上で、ダムもまた重要な役割を果たす。2023年の年間水力発電量は37.2TWhだが、2050年には39.2TWhに増やす。

電力法が可決されたことで、連邦政府、州、環境保護団体、電力会社が既に合意している16件の水力発電所建設プロジェクトがスピードアップする。

このうち13のプロジェクトは既存発電所の拡張で、残る3件はアルプス山脈にダムを新設するもの。このうちの1つはマッターホルンのおひざ元であるヴァレー(ヴァリス)州ツェルマットに建設される。

エネルギー転換の名の下にアルプスの景観が損なわれる?

国家的に重要度の高い太陽光発電所や風力発電所は、一定の条件付きで自然・景観保護よりも優先される。「ソーラー・エクスプレス」や風力発電版「ウインド・エクスプレス」プロジェクトで既に行われているが、アルプスや森林に大規模発電所を建設することが容易になる。

アルプス地帯での太陽光発電なら、低地の太陽光パネルの多くが霧に覆われる冬季でも大量の電力を供給できるという利点がある。風力発電もまた、冬の間の電力の大半をカバーする。

西スイス応用科学芸術大学フリブール校工学・建築学部のマルク・ヴォンランテン教授は、swissinfo.chの取材に「これらのインフラは保護された環境内の空間を占有するため、景観や生物多様性に影響を与えるだろう」と指摘する。例外はあるにせよ、国家的に重要なビオトープは引き続き保護される。

しかし何千基もの風力タービンが乱立するといった、電力法反対派が主張するような事態は起こりえない。スイス連邦工科大学チューリヒ校の研究によれば、460基程度で十分という見立てだ。

電気代は上がる?

法律では新たな税金は予定していない。再生可能エネルギー促進を目的とした現行の資金調達メカニズム、送電網サーチャージ(賦課金)は1キロワット時(kWh)あたり2.3ラッペン(約40円)で据え置く。

スイスエネルギー財団の再生可能エネルギーと気候の専門家レオノア・ヘルグ氏は「国民は追加コストのない安定した低価格の電力と、安全な電力供給から恩恵を受けることができる」と予測する。

一方、多くの電力会社は値上げをにらむ。電力法は規制の強化に加え、送電網運営者の負担も増える。それが電気料金に影響を与えるという。

しかし、電力価格は市場動向や国際的な地政学的状況にも左右されるため、予測は難しい。

スイスは再生可能エネルギーで電力需要を全てまかなえるのか?

大きな疑問だ。スイスは化石燃料からの脱却を目指しており、それに伴って建物の暖房(ヒートポンプ)や移動手段(電気自動車)に多くの電力が必要となる。

さらに現在電力の約3分の1を供給している原子力発電所は段階的に廃止する。

将来の電力需要のシナリオは多岐にわたる。連邦当局は、2050年の電力消費量を年間76TWhと見積もる(現在は約67TWh)。

スイス電力会社協会は年間80~90TWh、スイス連邦工科大学ローザンヌ校の調査では年間110TWhの見込みだ。これらの差から分かるように、20~30年後の電力供給の安全性を予測することは難しい。

スイス連邦工科大学ローザンヌ校で公共政策と持続可能性を研究するミカエル・アクリン教授は、再生エネルギーによる発電量のばらつきという問題を解決する必要があるのは確かだと話す。

「人は電気をつけるときは、すぐにつけられるようにしたいもの。1日24時間、1年365日、常に十分な電力がある状態でなければならない」

アクリン氏は、再生可能エネルギーの貯蔵方法を確保しなければならないと指摘する。その解決策の1つが、電気を余剰化学エネルギーに変換する方法(「power-to-X」技術)や揚水・タービン式の新しい水力発電所だ。

電力法でスイスの気候目標は達成できるか?

「再生可能エネルギーによる電力生産の拡大は気候変動目標を達成するためのベースであり、電力法はスイスの気候変動政策の重要な要素だ」とヘルグ氏は言う。「しかし、ガソリン車や石油・ガス暖房システムを再生可能な代替品に効果的に置き換えるためには、さらなる対策が求められる」

アクリン氏は「可決された電力法は、ガス・石炭が原子力エネルギーに取って代わるというドイツで起こったような事態を防ぐのに貢献するだろう」とみる。

しかし、気候変動に対処するには、電力以外の分野でも変革が必要だとアクリン氏は付け加える。

「セメントやコンクリートの製造技術を変える方法や、エネルギー効率を高めるためのインセンティブを見つけ、これらの作業を行うのに十分な労働力を確保しなければならない」

スイスは、太陽光・風力発電で欧州諸国に追いつけるか?

水力発電が盛んなスイスは発電量に占める自然エネルギーの割合が欧州で最も高い国の1つだ(2022年は62%)。残りはほぼ原子力発電所(36%)だ。

一方、太陽光・風力発電の貢献度は低い。太陽光パネルと、それよりも少ない風力タービンやバイオマス発電所が電力生産に占める割合は10%未満だ。欧州連合(EU)では2023年、太陽光・風力による電力供給は約27%だった。

スイスエネルギー財団は、自国は太陽光発電と風力発電の生産量で欧州に後れを取っていると指摘する。

電力法によって再生可能エネルギーの拡大に関する枠組み条件が改善され、それに伴う財政的・計画上のリスクが軽減される。そうなれば、スイスは欧州の他の国々との差を縮めることができるだろう。

編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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