スイスの医療費削減案が国民投票で却下 保険料の高騰にどう対処する?

高齢化社会、医療技術の進歩が医療費を押し上げている (Christian Beutler / Keystone)

9日のスイス国民投票で、医療費上昇を抑止する提案2件がいずれも否決された。だが医療費も基礎医療保険料も今後上がる一方だ。これをどう打開すべきか、専門家に聞いた。

スイスの医療制度に改革が必要なことは、左派政党も右派政党も賛成している。しかし、医療費の上昇を抑える策として社会民主党(SP/PS)と中央党(Mitte)がそれぞれ提案したイニシアチブ(国民発議)は、いずれも有権者の過半数の支持を得られなかった。

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医療費は間違いなく今後も上昇し続け、家計を圧迫する。これは引き続き政治的課題となるだろう。

swissinfo.chが取材した国内の複数の医療専門家は、改革の必要性を認識する一方で、様々な政治的障害に言及した。

スイスの医療制度に詳しいステファニー・モノー・ローザンヌ大学教授は「改革が実行に移されるまでには数年かかるだろう。だが私たちは行動を起こさねばならない」と話す。「選択の余地はない。この制度に満足している人はもはやいない」

より良い責任配分

モノー氏は「医療費に関する取り組みが今後多数現れる」と予測。しかし、包括的な改革が求められているのにもかかわらず、問題が断片的に対処されるのではないかと危惧する。

同氏には、スイスの連邦制が時代遅れに映る。「現在、医療制度は州の管轄だ。だが、連邦レベルで規制されている部分もある。特に財政の大部分を規定する基礎医療保険法がそうだ。アッペンツェル・インナーローデン準州のような小さな州が、フランスのような国家と同じように医療制度に責任を負っているのだ」

だからこそ、責任分担の改善が必要だという。「連邦政府はもっと医療に責任を持たなければならない」。例えば、病院計画や専門医の養成は州ではなく国(連邦)が調整すべきだと指摘する。

「逆に、州はプライマリーケアとその調整に責任を持つべきだ」

「連邦制はむしろ強み」

スイス西部にあるリベラル系シンクタンク、アヴニール・スイスのジェローム・コザンデ所長は、異なる考えだ。むしろ連邦制は医療制度にとって強みになるという。

「私は以前、人口2000万人を超える(インドの)ムンバイに住んでいた。帰ってきて思ったのは、スイスには26の州があり、26の医療法があって、それは信じられないほど贅沢だということだ。そうした制度によって、住民のニーズをより満たすことができているのだと」

その一例が、基礎医療保険料を払えない人への補助金だと言う。「ドイツ語圏の州では一般的にフランス語圏よりも保険料が安く、補助金を支給する必要性は低い。連邦制のおかげで、より的を絞った低所得者支援ができる」

コザンデ氏は医療費抑止策として、医療サービスの質の透明性を高めることを望んでいる。そうすれば、費用対効果が最も優れたものに集中することが可能だ。

しかし、リベラル派がよく口にする、基礎医療保険の適用範囲を減らすという考えには反対する。

「問題はどんな医療サービスを対象にするかではなく、その適用のありかただ。股関節の手術が保険でカバーされなければならないことに異論の余地はないが、それが終末期の患者にとって本当に意味があるのだろうか」

より効率的に

医療経済学者のヨアヒム・マルティ氏は、一部の医療費の伸びは正当だと指摘する。それは社会的優先事項が反映されているからだという。「人々はより健康でありたいと願い、より高い期待を抱き、そして人口はこれからも高齢化していく。将来、需要はさらに増加するだろう」

それ以外の医療費は正当性がより薄れ、むしろ効率性の欠如によるものだと指摘する。「これは抑えるべきコストだ。ただケアの質を落とすことなく、支出の伸びを抑える方法を見つけることが課題になってくる」

同氏はさまざまな具体策があるといい「その1つが予防の改善だ。スイスはほかの国に比べ、この分野の投資が遅れている」と話す。

マルティ氏はまた、医療の連携強化、薬価管理の厳格化、有益性の低い治療の回避なども提案している。

編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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