小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=153

(#)ダイヤモンドや貴金属の採集・採掘者。金剛石鉱山夫。

(*)一九二五年、「失われた古代都市」を求めて、英国地理学者Pハリソン・フォーセットと息子のジャックが消息を絶った地点、南緯十一度四三分、西経五四度五三分はクイアバー市の北北東に位置する。

(**)米国スミチオン研究所のベティ・メガーズ博士らによって、紀元前六五〇〇年頃と炭素測定される縄文式土器に酷似した多量の土器が、エクアドール西部沿岸一円から発掘された。

第五部 ガリンペイロ 完

 

 (編集部注:次項より別短編小説『さまよえる魂』を開始。『流氓』は6編の短編小説からなる短編小説集)

 

 

第六部 さまよえる魂

 

(一)

 

 渓流の水量は、滔滔たるものではなかった。

 川幅の括れた箇所を堰止めた、差し渡し数メートルの井堰があった。植民地の人びとが共同で造った、取水用の貯水池である。

 この貯水を利用した水車小屋があった。水車は一風変わっていた。中支点を固定した両端に子供が乗って、交互に上下するシーソーに似ている。水槽が樋から水を受けて満杯になると、その重さで下側に傾き空になる。再び上昇して給水する。この行程の連続 で大車輪を回転させ、原動力とする水車小屋の仕掛けを、移民たちは《バッタン》と呼んでいた。

 バッタンの下流に丸木橋が架かっていて、蒼い水を湛えた淵があった。岸から伸びている草むらの見え隠れした淀みに、サッカー・ボールを小振りにしたような物体が沈んでいた。茶褐色のその塊は人目をはばかるかのように、なかば泥に埋没していた。三浦信二は初めてその物体を眼にしたとき、ぞっとした。薄気味わるく、いつも眼をそらせて通ったものだが、ある思いと重なって以来むしろ親愛感が湧き、誰にも知らせたくない、自分独りの聖域《秘密の筐》として胸に秘めていた。

 

 十五歳の信二は、家族六人の入浴時を読書に充てていた。触れるとがさがさ音のする藁布団に横になって、日本から取り寄せた月刊誌を読んでいた。貧しい、移住初期の生活であったが、新聞と雑誌は買ってもらえた。

© BRASIL NIPPOU