藤井フミヤ、111回目の武道館で40周年記念ツアー閉幕 「40年間、歌わせていただいてありがとうございます」

藤井フミヤが、6月9日の日本武道館にて、2023年9月よりスタートした、47都道府県を巡る40周年記念ツアー〈40th Anniversary Tour〉のファイナルを迎えました。

藤井フミヤの武道館公演は今回で111回目。“チェッカーズ”、“F-BLOOD”“ソロ”、そしてこれまでを総括したパート、アンコールと5つのパートに分かれた構成で、オープニング曲「ギザギザハートの子守唄」を含むチェッカーズ・ナンバーや、実弟の藤井尚之とのユニット“F-BLOOD”でのパフォーマンス、アンコールでの恒例の「紙飛行機」まで、2時間半にわたるステージで、集まった14,000人のオーディエンスを沸かせました。

なお、この日の模様は、WOWWOWで生中継されており、6月11日(火)23:59までアーカイブ視聴が可能です。放送日程などは、WOWOWオンデマンドの公式ページをご確認ください。

[オフィシャル・レポート]
藤井フミヤが6月9日(日)に日本武道館でコンサートを開催し、集まった14000人のオーディエンスを沸かせた。

1983年9月、チェッカーズでデビューした藤井フミヤは、2023年9月23日の愛知県芸術劇場を皮切りに、全国47都道府県全てを廻る「40th Anniversary Tour」を開催。全60公演で116,000人を動員。この日、40周年記念イヤーを締めくくる61本目(奇しくもフミヤの年齢と同じ)のファイナル公演。フミヤにとってバンド時代から通算して111回目の日本武道館公演となった。

40周年イヤーのファイナル、ゾロ目の111回目となる記念すべきこの日の武道館は、アリーナ・エリアの中央に巨大な円形ステージが置かれた。360°に向けて組まれているので、どの席からもバンドを正面に見られ、八角形の日本武道館ならではの特設ステージだ。開演前に場内に流れるのは、チェッカーズがデビューした頃のホール&オーツ、ヴァン・ヘイレン、スタイル・カウンシルらの洋楽ヒット曲が流され、観客のモードは40年前に誘われる。

〈ブロック① / THE CHECKERS〉
中央の円形ステージを取り囲むように真っ白な緞帳が吊られており、中の舞台は客席から見えない。17時6分、場内が暗転し緞帳にはメンバーのシルエットが映し出される。オーディエンスの期待がマックスまで昇華した瞬間、緞帳が切って落とされ舞台にメンバーが鮮やかに現れる。フミヤが『Hello!Everybody! I am here again!』とシャウトし、イントロが演奏されるや14000人の大歓声が会場を満たす。オープニング・ナンバーは40周年イヤー公演に相応しく、チェッカーズのデビュー曲「ギザギザハートの子守唄」!この曲、「40th Anniversary Tour」でもセットリストに入っていたがオープニングで演奏したのは初めて。続けて「ジュリアに傷心(5thSg)」「星屑のステージ(4thSg)」とチェッカーズ・ナンバーが続けて演奏され、観客の興奮度は冒頭から最高潮に。

3曲の演奏を終えフミヤは『40周年アニバーサリー・コンサートへようこそ!尚之もたまたま同じバンドにいたので、同じ40周年を迎えました。今日は40年分の皆さんの思い出と照らし合わせながら、最後まで楽しんでいってください!』と再び、チェッカーズ・ナンバーに。このコーナーではスタンドマイクを振り回すパフォーマンスも披露。倒したスタンドマイクを、つま先でグイッと上にあげる様が実にカッコいい。また円形ステージのセンターにサークルステージが設置され、フミヤがここに立つと回転し、360°どこからも見ることが出来る。6曲目に演奏した「NEXT GENERATION」はチェッカーズ時代にキュート・ビート・クラブ・バンド(C.B.C.B.)名義で発表した曲。こんなレアな選曲に古参ファンも大喜び。

〈ブロック② / F-BLOOD〉
『チェッカーズがデビューしたのはバブル期の1983年。最初の10年はスーパーアイドルでした』と話し、客席の笑いを誘う。続けて『日本中どこに行っても、女の子からキャーキャー言われてまして(笑)。そんな経験なかなかできない』とデビュー当時を振り返る。『チェッカーズは解散しましたが、次はどっちかが死なない限り解散のないユニットやります!』とF-BLOODコーナーに入る。1曲目はフミヤが作詞、尚之が作曲し猿岩石に提供した「白い雲のように(1996 / 1998)」。尚之はサックスからアコースティックギターに持ち替えふたりで美しいハーモニーを聴かせる。続く「未来列車(2017)」「SHOOTING STAR(1998)」はアップチューンナンバー。フミヤも回転するセンター・サークルステージに立ち360°のファンに向けて熱唱。

〈ブロック③ / SOLO〉
藤井フミヤがチェッカーズ解散後、本格的にソロ活動を始めたのが1993年。『30年前、1曲目が運良くヒットしました』とこここからはソロ・コーナーに。「TRUE LOVE(1993)」「Another Orion(1996)」...とソロでのヒット曲を惜しげもなく披露。「DO NOT(1996)」では美しいファルセットボイスを聴かせ、「Go the Distance(1997)」では櫻田泰啓のピアノ、藤井尚之のサックスにフミヤのボーカルの三重奏が儚げも美しい。このコーナーではセンター・サークルステージが日本武道館の天井近くまで上昇。フミヤの声は、あたかも天空から聞こえるような荘厳さを演出した。

〈ブロック④ / ALL〉
チェッカーズが初めて日本武道館でコンサートを開いたのが1985年12月25日。以来、この日でフミヤは111回目の日本武道館のステージに立った。ソロとなって最初にここでやったのが1994年6月29日。20世紀から21世紀に変わる瞬間の1999年12月31日に初めてカウントダウン・コンサートを開き、2018年まで続けられた。ここは『色々な思い出があるのが、武道館です』と、感慨深けに語る。そして『俺と尚之はティーンエイジャーの頃、ロックンロールに身も心を持っていかれました』と中学生でバンド活動をスタートさせ、高校生でチェッカーズを結成した当時を振り返る。『ロックンロールは男と女が踊るための音楽!男女の恋のために作られたんです!』とロックとロックンロールの違いを話し『求愛しようぜ!ロックンロール!』と豪快なロックンロール・ナンバー「REVOLUTION 2007(1987)」になだれ込む。

続いての「NANA(1986)」では冒頭、キャノン砲から金と銀のテープが発射され、場内は巨大なパーティー会場に一変。F-BLOODナンバーの「LOVE IT ! ドーナッツ !(2008)」では、尚之とフミヤが円形ステージを廻りながらツインヴォーカルを披露。フミヤをがっつりとサポートするのは40周年ツアー60本を共にした5人編成バンド。バンドマスター / ドラムの大島賢治とベースの山田“Anthony”サトシのリズム隊がボトムをしっかり支え、沢頭たかしのギターと櫻田泰啓のキーボードが鮮やかに彩る。そして尚之のサックスが加わっての最強の布陣だ。19曲目に演奏した「GIRIGIRI ナイト(2016)」はバンドマスター大島賢治とフミヤとの共作曲。本編ラストはデジタル・ロックナンバー「UPSIDE DOWN(2001)」。キラキラとした照明が場内を激しく交差し、会場はさながら巨大なフロア状態に。フミヤもスタンドマイクをぶんぶん振り回して360°に向けて客席を煽り続け、最高潮に盛り上がって本編は終了。

〈ブロック⑤ / アンコール〉
最初に演奏した2曲はチェッカーズ・ナンバーの「Song for U.S.A(11thSg / 1986年)」と「哀しくてジェラシー(3rdSg / 1984年)」。フミヤはソロになってから演奏してきたチェッカーズ曲は、バンドのオリジナル曲が中心。この2曲はいずれも作詞: 売野雅勇 / 作曲: 芹澤廣明のアイドル時代のナンバーで、この時代の楽曲がステージで演奏されるようになったのは2021年のツアーから。それゆえ、古参ファンにとってはたまらないプレゼントだ。

そしてアンコール3曲目に演奏されたのが藤井フミヤ・コンサート恒例の「紙飛行機(1995)」。曲中、ファンが持ち寄った紙飛行機が会場中に飛び交う人気コーナーだったが、40周年記念ツアーで演奏されるのはこの日が初めて。フミヤから『用意はいいか!ここでしか見えない世界を見ようぜ!みんなの願いが叶いますように!飛ばせ!上げろ!』に応じて、紙飛行機が一斉に飛ばされる。広い武道館の紙飛行機の乱舞は圧巻の光景だ。最後は『40年間、歌わせていただいてありがとうございます』と集まったファンにお礼をして『みんなで祈れば、でっかい祈りになります。世界から戦争が無くなることを願って』とチェッカーズのアルバム“I HAVE A DREAM(1991)”に収められたフミヤ・作詞 / 尚之・作曲の「I have a dream」を、歌詞のひとつひとつに想いを込めじっくりと歌う。『また必ず会いましょう!一緒に遊ぼうぜ!ラブ&ピース!!!』と残し、ゆっくりとステージを降りた。全24曲、2時間30分。2023年9月から始まった全国47都道府県 / 61本の長いツアーが、111回となる日本武道館で締められた。

この日の模様はWOWWOWで生中継され、6月11日(火)23:59までアーカイブ視聴が出来る。

PHOTO:平野タカシ

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