中国スパイ活動の脅威は拡大中、しかし西側は追いつけていない

ゴードン・コレーラ BBC安全保障担当編集委員

西側のスパイ機関はもう何年も前から、主要な活動対象を切り替えて、中国に注力する必要があると繰り返している。イギリスの情報機関、政府通信本部(GCHQ)のトップは、これこそ「時代を決定する課題」だと主張した。

これに先立ち西側では、国のためにスパイ行為やハッキングを行なったことを理由にした逮捕が相次いだ。そして5月半ばにはロンドン警視庁が、香港の諜報機関に協力した疑いで3人を訴追し、これを受けてイギリス外務省は今月10日、中国大使を呼び出した。

つまり、西側と中国の間で通常は水面下で続く権力や影響力をめぐるせめぎあいが、表に噴出してしまったのだ。

西側諸国、つまりアメリカと同盟各国は、中国のスパイ活動になんとしても対抗するつもりでいる。しかし各国の政府高官は、中国の挑戦に対する西側の認識が真剣さに欠けており、諜報活動で西側は中国に後れをとっていると懸念している。その結果、中国のスパイ活動に対して西側は脆弱(ぜいじゃく)になってしまい、西側と中国の双方でいつ、破局につながる誤算が起きてもおかしくないというのだ。

中国の習近平国家主席は、中国こそが新しい国際秩序を作るのだと意を決している。西側当局者が心配するのは、この点だ。

「中国は究極的に、世界一の大国となり、アメリカにとって代わろうとしている」。イギリス対外情報部(MI6)のサー・リチャード・ムーア長官は、私にこう話した。

しかし、長年の警告にもかかわらず、西側の情報機関は最近まで、中国対策になかなか注力できずにいた。

2006年の引退時にはMI6の副長官だったナイジェル・インクスター氏は、中国が世界の主要国として台頭した時期は、「懸念事項がほかにたくさんある時期と重なった」と話す。

中国が世界の舞台で台頭した2000年代、西側の政策立案者や安全保障当局者の思考の中心にあったのは、そして諜報機関が専心していたのは、いわゆる「対テロ戦争」と、アフガニスタンとイラクへの軍事介入だった。

そして最近では、勢いを取り戻したロシアと、今やイスラエル・ガザ戦争が、中国よりも喫緊の課題に見えているのだと、欧米当局者たちは認める。

同時に、中国の安全保障上のリスクに立ち向かうよりも、中国の巨大市場へのアクセス確保に重点を置くよう、政府からも企業からも圧力がかかっている。

自国の情報部トップが中国を名指しで非難しない方がいいと、政界の要人たちはしばしばそう要求してきた。また、企業も自社の秘密が狙われていることを認めたがらない。

「経済的、商業的利益を優先する方向に、振り子は大きく振れた」と、MI6のインクスター元副長官は言う。

同氏によると、中国の諜報機関は2000年代にはすでに産業スパイ活動を展開していたが、当時の西側企業は往々にして、それについて沈黙していたという。「中国市場での立場が危うくなることを恐れて、明らかにしようとしなかった」のだと、インクスター氏は言う。

加えて、中国のスパイ活動や西側と方法が異なる。その分だけ、中国のスパイ活動を察知することも、それに対抗することも難しいのだ。

西側の元スパイはかつて、中国のスパイ活動のやり方は「間違っている」などとあり得ないことを、中国側の担当者に言ったことがあるという。西側諸国は敵を理解するのに役立つ情報収集を重視するのに対して、中国のスパイの優先順位は違うのだそうだ。

中国のスパイにとっては、中国共産党の地位を守ることが一番の目的だ。「彼らの第一目標は政権の安定」なのだと、米連邦捜査局(FBI)で対諜報活動を担当するロマン・ロジャフスキー氏は言う。

そのためには経済成長を実現する必要がある。だからこそ中国のスパイは、西側の技術獲得こそ、国家安全保障上の最重要課題だと考えているのだ。西側のスパイによると、中国のスパイは入手した情報を国営企業に共有する。西側の情報機関は、自国企業にそのようなことはしない。

「特別扱い」

「うちの組織がこれほど忙しいのは、74年間の歴史で初めてだ」。オーストラリア保安情報機構(ASIO)のマイク・バージェス長官は、その率直な物言いで、私にこう説明した。

「私がどこかの国を名指しすることはほとんどない。なぜなら、諜報活動そのものという意味では、我々も相手に行っているので。ただし、経済スパイ行為はまったく別物で、だからこそ中国は特別扱いを受けて、非難されている」

私がバージェス氏に取材したのは昨年10月のことだ。

いわゆる「ファイブ・アイズ」と呼ばれる情報共有の枠組み(アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドが参加)の治安当局トップが昨年10月に初めて、公の場に集まった。米カリフォルニア州の会場で、私はバージェス氏に話を聞いた。

前例のない会合だった。多くの企業や組織がまだ中国によるスパイ活動の危険を意識していないという懸念から、治安当局はあえて意図してこの場を設け、警告の「音量」を上げようとした。会合をシリコンバレーで開いたのも、慎重な選択の結果だった。中国は時にサイバー諜報活動によって、時には内部関係者を取り込むことで、テクノロジーを盗もうとしているのだと、あえて強調しようとしたのだ。

中国が経済スパイ活動に投入しているリソースの規模は、けた違いだ。西側情報関係者の一人は、中国はインテリジェンスと安全保障に関連した活動に、推定約60万人を割いていると話す。これは世界のどの国家よりも多い。

欧米の治安当局は、すべての事案を調べることができない。イギリスの情報局保安部(MI5)によると、「LinkedIn」などのプロフェッショナル・ネットワーク・サイトで、関係を作ろうと中国のスパイに接触された人は、イギリスだけで2万人以上に上る。

カリフォルニアで開かれた「ファイブ・アイズ」会合の会場で、私はMI5のケン・マカラム長官に話を聞いた。「自分が実際に外国の情報将校とやりとりをしているのだと、気づかないことがある。それでもやがて、自分の会社の将来を破壊する情報を、相手に提供してしまうことになる」のだと、長官は話した。

こうした「壮大」な情報工作が繰り広げられているなかで、経済的だけでなく、国家安全保障にも深刻な影響を及ぼす可能性があると、マカラム長官は言う。

中国の巨大な諜報体制の大部分は、自国内の監視に使われている。しかし、対外活動への批判を制限するためにも、スパイを利用している。

中国のスパイが西側の政治を対象に工作を仕掛け、イギリス、ベルギー、ドイツで逮捕者が出たと報道されている。カナダでは調査が続いている。

ヨーロッパやアメリカでは、中国の「海外警察署」の存在が報告されている。中国の情報当局が欧米にいる反体制派を追い込む際には、自国のスパイを直接現地で行動させるよりも、現地の私立探偵を雇ったり、脅迫電話をかけたりと、遠隔から工作することの方が普通なのだと、西側の治安当局者は言う。

実際、2000年代初頭に初めてイギリス政府のコンピューター・システムを標的にしたサイバー事件は、ロシアではなく中国発で、その目的はチベットやウイグルといった国外の反体制派グループに関する情報収集だった。

中国からの政治干渉を特に心配しているのが、オーストラリアだ。ASIOによると、最初に気づき始めたのは2016年頃で、選挙で特定候補を特に応援するなどの活動が見受けられたという。

「中国は、自分たちのアジェンダを推し進めようとしている。そうする権利はあるが、そうしたことは秘密裏にやらないでもらいたい」と、バージェス長官はBBCに話した。オーストラリアは2018年、これに対抗するため複数の新法を成立させた。

イギリスのMI5は2022年1月、イギリス在住のクリスティーン・リー弁護士が、中国政府の政策目的を推進する活動の一環として、イギリスのさまざまな政党に献金していると発表した。このような警告は、異例の措置だ。リー弁護士は現在、この発表についてMI5を提訴している。イギリスがようやく国家安全保障法を成立させたのは2023年のことだ。これによって政府は、外国による干渉やその他の活動に対処するための新たな権限を得た。遅きに失したという批判もある。

中国が欧米をスパイしているように、欧米ももちろん中国をスパイしている。しかし、MI6やCIAのような西側の情報機関にとって、中国に関する情報収集には独特の難しさがある。顔認証やデジタル追跡の技術のおかげで、中国国内では監視体制が徹底している。そのため、情報将校が現地のエージェント(工作員)と直接会うという、伝統的な人的諜報活動は、ほとんど不可能なのだ。

中国は約10年前、米中央情報局(CIA)が現地に張り巡らせていた大規模な工作員のネットワークを一掃した。また、通信傍受とデジタル・インテリジェンス収集を担当するイギリスのGCHQやアメリカの国家安全保障局(NSA)にとっても、中国は技術的に難しいターゲットだ。中国が西側のではなく、独自の技術を使っていることが、その理由の一部だ。

「中国の政府幹部が何をどのように考えているのか、我々は実はわかっていない」のだと、一人の西側当局者は認めた。

相手が何をどう考えているかわからないというこの欠落は、誤解につながりかねない。そして誤解は深刻なリスクを伴う。冷戦時代には、ソヴィエト連邦の政府幹部がいかに不安感にかられているかを西側が理解していなかったせいで、どちらも望まない壊滅的な戦争に近づいてしまった時期が何度かあった。

同じような誤算のリスクは、今も存在する。とりわけ、中国が目指す台湾支配権の回復をめぐって。あるいは、偶発的なエスカレーションが紛争発生に至る可能性のある、南シナ海をめぐって。

MI6のムーア長官は私にこう言った。

「私たちはいささか危険で、いさかいのある世界に生きている。この世界で私たちは常に紛争を心配し、紛争を避けるために努力しなくてはならない」

「本来ならばもっと理解し合うべき大国同士が、必ずしも相手を常に理解しないという状況では、これはなおさらだ。そこで私の組織の出番だ」

潜在的なリスクをすり抜けて立ち回るために必要なインテリジェンスを提供すること。それがMI6の役目なのだと、長官は言う。

「誤解というのはそもそも、常に危険なものだ。それだけに、コミュニケーション手段が開かれている方が、そして、競争相手が何を意図しているか察することができる方が、常に望ましい」

だからこそ、意思疎通の手段が確実に開かれているようにするのが、優先事項になる。実際、MI6はテロの脅威について中国側の担当部局と接触している。また、米中の国防当局の交流が一部復活したことは広く歓迎されている。

中国とアメリカの軍事的・外交的な接触が拡大したことで、緊張の度合いはこの数カ月の間に下がっている。それでも長期的な方向性については依然として、警鐘が鳴らされている。

そして、各国のスパイ活動について次々と明らかになればなるほど、それぞれの国民の不信感と不安感が悪化する。そうすると、いざ危機が発生した場合、当事者が動ける余地が狭まってしまう。外国との関係が悪化し続けてついには大勢の命を奪う紛争に至ってしまう、そのような事態を避けるには、当事者がお互いを理解し、共存する方法を見つけることが不可欠なのだ。

(英語記事 China’s spy threat is growing, but the West has struggled to keep up

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