大森靖子×宗像明将『大森靖子ライブクロニクル』を語る 「トライアングルが10年間、崩れなかったからこそできた一冊」

音楽評論家・宗像明将が10年間に渡って書き溜めた、シンガーソングライター・大森靖子についてのテキストを、活動初期から撮影を担当しているカメラマンのMasayoによる貴重なライブ写真と共にまとめた豪華本『大森靖子ライブクロニクル』の刊行記念イベントが、5月31日にLOFT9 Shibuyaにて開催された。同イベントには、大森靖子と宗像明将が登壇。二部制のイベントで、メジャーデビュー前の2013年からコロナ禍を経た2024年まで、10年余りに及ぶ軌跡を、映像作家の二宮ユーキによる貴重なライブ映像とともに振り返った。

宗像と大森の出会いは、まだ大森がメジャーデビューする前の2012年のこと。アイドルグループ・BiSの「研究員」をしていた宗像が、とあるイベントに出演していた大森を見たのがきっかけだったという。宗像は「ほかの演者がライブをしている間、大森さんはずっと足をいじっていたので『この人、大丈夫かな?』と思っていたんだけれど、ライブを見たら大丈夫どころかめちゃくちゃすごかった。会場で『PINK』のCDを手売りしていたので、それを買ってサインをしてもらったのが始まり」と、初対面のエピソードを明かした。大森も当時のことを覚えており、足をいじっていたことについては、「どうやって(お客さんの心を)刺してやろうかと考えていた」と振り返った。

「依頼されたライブには全て出演する」というスタイルで活動していた大森は2013年以降、現場の数を大いに増やして知名度を上げていく。2013年5月13日に渋谷CLUB QUATTROにて開催したワンマンライブ「『魔法が使えないなら死にたい』ツアーファイナル!~つまらん夜はもうやめた~」には、大森が手紙を書いて招待したという業界関係者も多数訪れ、超満員の盛況ぶりだったという。会場でその際の映像が流れると、大森はライブで使用したギターについての裏話を明かすなどして盛り上げた。さらに、青森県で開催された音楽フェス『夏の魔物』や、多数のライブアイドルが出揃った『TOKYO IDOL FESTIVAL』など、大森の存在を世に知らしめたイベントの裏話や、今はなき歌舞伎町・ロボットレストランでのライブ映像など、貴重なエピソードや映像が次々と披露された。

宗像が初期代表曲のひとつ「パーティドレス」に触れると、勾留中の「頂き女子りりちゃん」についての話題に。大森は、現在開催中の全国ツアー『大森靖子アルティメット自由字架ツアー 2024』にて同楽曲を披露する際、歌い出す前に「すべての頂き女子りりちゃんに捧げます」と宣言しているのだが、それに対してりりちゃんは、代理人を通してXに投稿している獄中日記にて、「パーティドレス」を収録した大森のアルバム『PINK』を聴いて涙を流したことや、これまでの行いを反省して人生をやり直そうと決意していることなどを、大森への感謝の言葉とともに綴ったのだ。大森はそんなりりちゃんの投稿に対して、「返事の手紙を書いている」「あんな風に書いてくれたのに返事しなかったらひとでなしですよ」と明かし、さらに「りりちゃんは出所しても、今の私より若いんだからまだ全然やり直せるって伝えたい」と語った。一方で「頂かれボーイ」側の宗像は「僕なんかガンガンに頂かれちゃいますね」と独特なエールを送った。

2024年になって再び注目を集めている楽曲は、「パーティドレス」だけではない。2014年12月に発表されたメジャー1stアルバム『洗脳』に収録された「子供じゃないもん17」は昨今、TikTokで振り付けをして踊るのが若者の間で流行っており、過去最高に聴かれているのだという。宗像にとってTikTok文化は縁遠いもので「ダークウェブだと思っている」そうだが、10年の時を経て同曲が注目されていることについては、「昔の財産が凄すぎて、後からみんな気づいている」と、改めてその楽曲の力を評した。大森も「最近流行っている曲とかを聴いていると、私がプロトタイプになっていると感じるものがある。10年早かったんだなと思うけれど、それが誇りでもあるし、いま頑張れば10年先も大丈夫だって思える」と語った。

2015年に中野サンプラザにて開催された『❤爆裂!ナナちゃんとイくラブラブ洗脳ツアー❤』の最終公演は、大森にとっても大きな夢が叶ったライブだったという。大森は「モーニング娘。のライブで通っていたところだから、私にとっては武道館やアリーナよりも夢のステージだった。一番やりたかったところ」と明かし、その映像を観客とともに見入った。このライブで披露された「マジックミラー」は大森の代表曲の一つとなり、『大森靖子ライブクロニクル』に貼られたステッカーにもその歌詞の一部〈あたしの有名は君の孤独のためにだけ光るよ〉が引用されている。

イベントの第二部は、2017年以降の話題が中心に。同年7月にZepp DiverCity(TOKYO)にて開催されたライブ『2017 LIVE TOUR’kitixxxgaia’』の映像が流れると、その完成度に宗像は「全員が進化している。映像も演出も演奏も、あらゆるものが全然違う」と、大森靖子とそのチームの成長ぶりを称えた。大森靖子も「大箱でどんなライブをやりたいかというイメージが、やっと掴めてきた頃だった」と振り返った。続く2018年は、アルバム『クソカワPARTY』が発表された年で、大森曰く「自分が歌いたい曲を書いた」豊作の年だったという。「カラオケで自分の曲を歌うために曲を作り始めた」という大森は、子供の頃に親がUSENからカセットに録り貯めたヒットソングをひたすら聴いていたそうで、その経験が楽曲提供者としての仕事にも活かされているようだ。

2019年に新木場STUDIO COAST(2022年1月閉館)にて開催された47都道府県ツアー『ハンドメイドシンガイア』の最終公演の映像では、大森靖子と銀杏BOYZ・峯田和伸が共演する模様も。大森にとって峯田は「初恋の相手」であり、宗像が以前インタビューした際には憧れが強すぎるあまり「(峯田が)曲を書いてくれるなんて信じていない」と語っていたそうだが、結果的に「Re: Re: Love」という曲を書いてもらっただけではなく、ライブでの共演も果たしたのだ。映像で、峯田がステージを去った後に大森がひとりで演奏を続ける姿には、大森自身も「わたしかっこいい!」と満足そうだ。

2020年、コロナ禍の中でも工夫を凝らしながらライブを続けていた大森。当時、宗像のインタビューに応えた大森は「もともと世の中ひどいと思ってきたから、あまり影響を受けていない」と語っていたそう。大森が「日常が貴重だなんて、どんなご時世でも一緒だし、普通に生き難い世の中だと思う。トー横にいるような少女とか、トー横にすらいけない田舎の少女とか、生き難さを感じている子たちにだって、キラキラ生きることができるんだよっていう道標を示してあげたい」と語ると、宗像は「僕の周りの大森さんのファンにも、閉塞的な環境で育ってきて、大森さんに救われたというタイプが少なくない。大森さんのそういうところが普遍的に人に刺さっているんだと思う。だからこそ、いまなお10年前の曲が若い子たちに聴かれているんでしょうね」と続けた。

イベントの終盤では、9月18日にリリース予定のメジャーデビュー10周年を記念したフルアルバム『THIS IS JAPANESE GIRL』にも言及。大森は同アルバムについて「正直言って自信作。今作は声も良くて、かわいいからかっこいいまで、いろんな声が出せている。“これが日本の女の子のかわいいですよ”というのをやりたい」と明かし、来場者たちの期待をあおった。

宗像曰く「大森さんと、Masayoさんと、僕のトライアングルが10年間、崩れなかったからこそできた一冊」である『大森靖子ライブクロニクル』は、好評発売中。6月13日19時からは、タワーレコード渋谷店にてお渡し&サイン会も開催されるので、まだ未入手の方はぜひ参加を。

また、大森靖子は現在、全国ツアー『大森靖子アルティメット自由字架ツアー 2024』も開催中だ。こちらもあわせてチェックしてほしい。

(文=松田広宣)

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