『ブルー きみは大丈夫』ジョン・クラシンスキー監督 大人を虜にするための鍵はノスタルジー【Director’s Interview Vol.411】

俳優から監督業に進出し、成功を収める。クリント・イーストウッドやメル・ギブソンなど、これまでも多くの先例があったが、そこに加わったのがジョン・クラシンスキーだ。ドラマ「ジ・オフィス」などで活躍し、同ドラマの複数エピソードで監督を兼任。2016年に『最高の家族の見つけかた』(日本は劇場未公開)で長編監督デビューし、その後、『クワイエット・プレイス』(18)、『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』(20)の2作を大ヒットに導く。映画監督としての才能も実証したクラシンスキーの最新監督作が『ブルー きみは大丈夫』(24)だ。

心に傷を抱えた12歳のビーが、他の人には見えない“空想の友達(イマジナリー・フレンズ=IF)”と交流する物語。「クワイエット・プレイス」シリーズでのホラー演出とはうって変わり、あらゆる世代の共感を誘うファンタジックなドラマに挑戦したクラシンスキーに、作品誕生のきっかけから、大人の観客にアピールさせる秘策、妻であるエミリー・ブラントとの仕事上での関係などを聞いた。日本ではちょうど「子供の日」に行われた、このインタビュー。それを彼に伝えると「大人が子供の心に戻る最適な日。このインタビューにふさわしいね」と笑顔がこぼれた。

コロナで落ち込んだ娘たちのために製作


Q:この作品は約10年前から構想していたそうですが、製作に着手する大きなきっかけがあったようですね。

クラシンスキー:はい。僕はエミリー(・ブラント)と一緒に2人の娘を育てる日常を通じて、僕ら大人たちが入り込めない“子供だけの世界”を目にするようになりました。その光景はちょっとした美しさも放っており、僕はエミリーに「彼女たちだけが触れられる世界を映画にしたい」と常々語っていたのです。そしてコロナのパンデミックによって、娘たちの想像力が失われ、目の光も弱まっていくのを見て、「今こそ、彼らのために映画を作らなければ」と決意したのが本作でした。

Q:ということは、主人公のビーに娘さんたちも投影されているのでしょうか。

クラシンスキー:ビーのモデルは、僕の娘たちというわけではありません。ただ、彼女たちが「こうなりたい」という姿は反映されていると思います。ビーのような心の強さ、あるいは反対に繊細さを持ち合わせながら、疑問があったら尋ねることを恐れず、周囲の人々を受け入れる人間になってほしい。親としてのそんな気持ちを入れ込みました。彼女たちがビーを通して、自分というものを確立する精神を育ててくれればうれしいですね。

『ブルー きみは大丈夫』©2024 Paramount Pictures. All rights reserved.

Q:実際に娘さんたちは、本作をどう受け止めましたか?

クラシンスキー:ビーを演じたケイリー(・フレミング)を大好きになったようです。彼女はキャラクターを超える何かを体現してくれたので、そこが娘たちにアピールしたのだと思います。ケイリーが我が家に来てくれた時、彼女たちはサンタクロースにでも会ったかのように興奮していましたから(笑)。

Q:つまりケイリーはビー役に最適なキャスティングだったわけですね。

クラシンスキー:映画の成功はケイリーにかかっていると思っていました。彼女は単に子供のビーを演じるのではなく、“子供時代”を体現する存在になる必要があったからです。本作を観た子供たちがビーに憧れるのと同時に、大人の観客がかつての自分とビーを重ね合わせられることが作品のカギでした。そこをケイリーは見事にやってのけました。正直言って、彼女がどんな魔法を使ったのか僕にもわかりません。ケイリーは本作で偉業を達成したと言っていいでしょう。

トトロというより、抱きしめてくれそうなキャラの意識


Q:あなたは劇中でビーの父親役も演じています。共演相手としてケイリーの名演技を引き出したのでは?

クラシンスキー:これまで多くの子役と一緒に仕事をした経験から、彼らから最高のパフォーマンスを引き出す最善策は「ありのまま」で演じさせることだと学びました。僕ら大人が何かを指導し、押し付けるのではなく、一緒に探り合うプロセスが理想ですね。そのうえで今回は、ケイリーと僕の父娘シーンを、あえて撮影の終盤にスケジューリングしました。僕が監督として彼女を演出し、その空気に十分に慣れた時期に共演すれば、より親近感がもたらされると信じたからです。ある重要なシーンで、僕は目の前にいるケイリーの演技に感動し、不覚にも涙を流してしまいました。その表情は幸いにもカメラには映っていませんが、それくらい彼女はすべての出演シーンを完璧にこなしたのだと思います。

Q:IFのキャラクターであるブルーについて、日本の観客には「トトロ」を連想する人も多いと思われます。もしかしてヒントになったとか?

クラシンスキー:多くのインスパイアを受けた作品の中に、たしかに『となりのトトロ』(88)も含まれています。ただしキャラクターデザインに関して、トトロの影響はありません。児童心理学の専門家を通し、子供たちの空想上の友達を研究するうち、たとえば学校でいじめられた時に抱きしめてくれる大きな存在が“ありがち”だとわかり、ブルーのキャラクターが生まれました。これに関しては娘たちとのエピソードがあり、以前に彼女たちから「パパの好きな色は?」と聞かれ、「ブルー」と答えたら、「違う、紫でしょう?」と諭されたんです。そのやりとりに洗脳されたせいか僕の好きな色は紫に変わりました。そこから名前はブルーで、色は紫のキャラクターが生まれ、映画の中にもその経緯を取り入れたのです。

『ブルー きみは大丈夫』©2024 Paramount Pictures. All rights reserved.

Q:「となりのトトロ」以外に、スタジオジブリ作品との縁もありますよね?

クラシンスキー:そう! 『風立ちぬ』(13)で本庄役の声を担当しました。ジブリ作品に参加できたことは、とても幸運で光栄でしたよ。

Q:本作が大人の観客も魅了する要因として、ノスタルジーを刺激する演出があちこちに用意されている点が挙げられます。そこはもちろん意識しているのですよね?

クラシンスキー:それこそ僕が本作で最も意識した点です。子供向けであり、なおかつ大人向けの映画を作りたかったからです。目標としたのは、僕自身が子供時代に観て、ちょっと次元の違う感動を与えてくれた映画。たとえば『E.T.』(82)や『グーニーズ』(85)は、友情ドラマの部分だけでなく、人間にとって愛する対象すべてが関わってきます。親の離婚といった子供にとっての思わぬ経験、大人の事情も描いていて、子供向けの映画の枠に収まらない。ジブリ作品なども、僕らが想像できないレベルで子供たちに大きなテーマを届けています。ノスタルジーという意味では、本作では蓄音機とレコードをリンクさせるなど、作品全体にあらゆる時代と結びつく様々なキーアイテムや表現を“仕掛け”のように揃えました。それによって、各世代が懐かしさに浸ることができると思ったのです。

妻エミリー・ブラントの協力関係


Q:本作を撮ることによって、あなた自身も忘れかけていた子供心を取り戻したのでは?

クラシンスキー:子供たちが“想像”で作った場所には、80歳になっても戻ることができる。僕はこの物語に寄り添ううちに、そう感じるようになりました。そもそも僕らのように映画ビジネスで働いている者は、大人としての成長が求められなかったりしますし(笑)、こうした作品の現場ではスタッフたちが子供のように無邪気に仕事を進めたりします。本作に関わった人は誰もが子供心を取り戻したんじゃないでしょうか。

Q:声優にも豪華キャストが集まりました。ブラッド・ピットが透明のIFのキャラクターを担当したのは、やはり透明キャラでカメオ出演した『デッドプール2』(18)を思い起こさせます。今回の参加は、ライアン・レイノルズ(本作と『デッドプール』に出演)の紹介なのでしょうか?

クラシンスキー:いや、ライアンの紹介ではありません。僕がブラッドに直接、「目に見えないイマジナリー・フレンドを演じてくれませんか」というオファーの手紙を書いたんです。そうしたら彼から「引き受けます。参加できるのは光栄です」との返事がありました。僕の方こそ、光栄に感じましたよ。『デッドプール2』での透明の役については、本作のキャスティングの後に気づきました。こういう偶然もあるんですね(笑)。ブラッドとの仕事は初めてでしたが、面白いものを世の中に送り出そうという寛大な心を持ったスターであると実感しました。

『ブルー きみは大丈夫』©2024 Paramount Pictures. All rights reserved.

Q:声優では、あなたの妻のエミリー・ブラントもIFのユニコーン役で参加しています。『クワイエット・プレイス』もそうでしたが、お二人はおたがいの仕事に協力的な関係なのですか?

クラシンスキー:僕はエミリーの大ファンなので、彼女に届いた台本を読んだり、未完成の映画のカットを先に観たりはしたくないです。余計な干渉をしないことで、彼女も役にどっぷり入り込み、思い切り演技ができると信じているからです。作品を観るうえで、最適なタイミングは必ずあるでしょう? エミリーも僕に対して、同じ心境だと思います。ただ僕らはつねにコミュニケーションをとって、おたがいの仕事を把握しています。監督はフルタイムの仕事であり、僕はその仕事を家には持ち帰りません。それでもエミリーは、僕の作品が今どんな段階にあるのかを熟知していますから、たとえば本作の場合、コニーアイランドやマンハッタンの路上で大がかりな撮影を行う際に、僕のプレッシャーを察知して、さりげなくインスピレーションを与えてくれたり、惜しみないサポートを買って出たりしてくれます。ひとつだけ断言できるのは、もしエミリーに出会わなかったら、僕の今のキャリアは存在していない、ということですね。

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監督/脚本:ジョン・クラシンスキー

俳優・監督。1979年10月20日生まれ、アメリカ出身。映画『恋するベーカリー』(09年)、映画『だれもがクジラを愛してる。』(12年)などに出演。脚本・監督を務めたホラー映画「クワイエット・プレイス」シリーズでは、全米大ヒットを記録した。

取材・文:斉藤博昭

1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。クリティックス・チョイス・アワードに投票する同協会(CCA)会員。

『ブルー きみは大丈夫』

6月14日(金)公開

配給:東和ピクチャーズ

©2024 Paramount Pictures. All rights reserved.

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