松下奈緒「父と娘として、毎日一緒にお話ししているだけで自分の財産になった」胸に残る『ゲゲゲの女房』で共演の名優

松下奈緒 撮影/三浦龍司

NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で、ヒロインを演じて一躍人気俳優になった松下奈緒。音楽大学在学中にピアニスト役でドラマデビューを飾り、現在も俳優、音楽家の双方で活躍。今年で20周年を迎えた。常に凛とした姿が印象的な松下さんの語るTHE CHANGEとはーー。

――松下さん自身にとってのTHE CHANGEと言われて思い浮かぶ瞬間はなんでしょうか。

「やっぱり朝ドラですね。『ゲゲゲの女房』。そこが自分の意識としても、周囲の環境としても一番大きく変わった瞬間だと思います。今まで経験したことのない大勢の方たちから自分を認識していただけるということで、大きな変化がありました。いまだに役名で呼ばれることもありますから。そういうことはほかにありません」

――松下さん自身の意識の変化としては。

「いろんな先輩の役者さん方がいるなかで、いつもヒロインとして立っていなければいけないという自覚や、自分のことだけではなく、周りの人たちのことも考える気持ちが強くなりました。ひとりでお芝居してるわけではなく、現場の雰囲気は必ず作品に出ます。あの現場を経験して、ちゃんと人の話を聞ける自分になったり、どんな大変な時であっても“おはようございます”“ありがとうございました”“ごめんなさい”と言えるようにと意識するようになりました。シンプルなことですけど、追い詰められると、意外とそういうことってできなくなったり、自分しか見えなくなってしまうなってしまう瞬間ってありますから」

――そうですね。そういった向き合い方は、どなたかからの影響でしょうか。

「先輩の役者さんたちが、みなさんそうした雰囲気で接してくださるんです。大杉漣さんや、松坂慶子さん。そうした先輩方と毎日会ってお話をしているなかで、こういう人になりたいなと感じる瞬間がすごくありました。お芝居のことを教えていただいたのはもちろんですけど、人としてこの世界でやっていくには、どういう自分でいればいいんだろうと。そういったことを、いろんな方が言葉で言うのではなく、見せて教えてくださいました」

――受け取る側にもちゃんと意識を持っていないと、こぼれてしまうかもしれません。

「今後、私が女優さんとしてこの世界でやっていきたいのなら大事にしなきゃいけないことだと感じました。それをたくさん教えてもらった作品でもあります。だから私にとってのチェンジは、そのときです」

大杉漣さんとの共演は大きな財産

――俳優さん方のお話を伺っていると、影響を受けた先輩として、いまでも大杉漣さんの名前がよく出てきます。

「“こうしたほうがいいよ、ああしたほうがいいよ”なんてことは、絶対におっしゃらなかったんです。でも漣さんがそこにいてくださるだけで、現場が華やかになるし、とにかくすごく優しくてあったかいんです。不思議になるくらい落ち着くんですよね。そうした安心感を、キャストにもスタッフのみなさんにも、分け隔てなく与えてくださった。それも意識してという感じではなくて、ナチュラルにすごくあったかいんです。父と娘として、毎日一緒にお話ししているだけで、私にとって財産でした。そうした先輩が現場にいてくださるだけで、自分も安心して落ち着いてお芝居ができていたと思います。なおかつ、自分が安心できたことだけで終わらすのではなく、自分自身もそういった存在になりたいなとまで思わせてくださるんです。それは大杉さん、松坂さんをはじめとしたみなさんとの共演が大きかったと思います」

――公開中の新作映画『風の奏の君へ』しかり、いまは座長を務めることも多いです。

「意識してやることでもないと思うんです。意識してやっていちゃダメなんだというか。真ん中に立ってやらなければいけないことはもちろんありますけど、計算してできることでもないので。ただ現場の空気感は座長の度量で左右すると思っています」

――意識してやっていてはダメとのことですが、それでもあえて大切にしていることを挙げるなら何になりますか。

「嫌なこととか大変なことって、日々誰しもありますよね。作品とは関係のないところで。それをカメラの前に持ち込まない。そこは意識してやっていることですね。当たり前のことですけど。社会人として、みんなそうですよね。同時に、なかなか難しいことでもあります。“今日、なにかちょっと違うね”と変に気を遣われないように。それだけでも現場ってすごく清々しくなるし、作品にも出ると感じています」

映画やドラマは作品ごとにチームとなり、また解散していくが、大切な先輩たちとの出会いで育まれたものは、つながっていく。いまは座長として立つことも多い松下さんからも、いろんなことを受け取っている後輩もいるに違いない。

松下奈緒(まつした・なお)
1985年2月8日生まれ、兵庫県出身。2004年に俳優デビュー。2006年に『アジアンタムブルー』で映画初出演を果たす。同年、ピアニスト・作曲家として1stアルバム『dolce』をリリース。以降、8枚のオリジナル・アルバムを発表している。2010年、漫画家・水木しげる夫妻を描いたNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』でヒロインを演じた。主な作品にドラマ『まんぷく』『アライブ がん専門医のカルテ』、映画『砂時計』など。最新作はピアニスト役を演じた『風の奏の君へ』。数多くの映画、ドラマ、CMに出演、司会なども務め幅広い才能を生かしている。

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