【コラム・天風録】「逃げ場所」に

 虚実ない交ぜの歴史小説で知られる作家、山田風太郎に「明治十手架(じってか)」という長編がある。時は明治、出獄人保護所に出入りする快男児が、悔い改めた人たちと共に、官憲や極悪人らと戦う▲十字架と見まがう十手を首から下げ…との設定は想像の産物らしいが、主人公の原胤昭(たねあき)は実在の人である。維新後、キリスト教に入信し、出所者や被虐待児の保護といった慈善事業に努めた。89年の生涯で世話をした相手は1万5千人に上るという▲そんな草の根の歩みを継いだのが戦後の保護司制度である。犯罪や非行をした人の立ち直りを最前線の地域で支えてくれている。保護司を担っていた大津市のレストラン経営者が命を奪われた▲痛ましいし、やりきれない。というのも殺人の疑いで逮捕された男は、レストラン経営者が就労先探しなどの更生支援を担当していた相手だった。2人の間で一体何があったのだろうか▲広島県保護司会連合会が昨年刊行した機関紙創刊70周年誌に、こんな心構えが見える。―対象者の「居場所」にならなくても「逃げ場所」になればいい。非常勤の国家公務員だが、無報酬のボランティアである。その足元が今、大きく揺るがされている。

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