「おっさん、またかよ」月収95万円だった“鬼部長”。いまは時給1,250円、娘と同い年の上司に呆れられる“62歳シニアアルバイター”…元エリートが定年後、プライドを砕かれながら今日も出勤する理由【CFPの助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

定年退職後も働き続ける人が増えています。お金のため、生きがいのため、と働く理由はさまざまでしょうが、なかには現役時代とのギャップに苦しむ人も少なくないようで……。本記事では田中清志さん(仮名)の事例とともに、定年後の仕事とマネープランについて、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が解説します。

元エリート営業部長の定年後

首都圏在住の田中清志さん(仮名/62歳)は、かつては金融機関で部長職まで勤めていたエリート社員でした。年収は1,500万円(月収では約95万円、ボーナス別)を超え、営業成績の目標達成のためならば手段を選ばない営業部長として部下から恐れられていたころもありました。

しかし、そんな田中さんも会社を定年退職するときがやってきました。手にした退職金も住宅ローンの繰上げ返済と、娘達の学資ローンの返済に充てると、ほとんど残りません。そのため、田中さんは退職後も働くことに。

田中さんが選んだ仕事は、意外にも大手カフェチェーンのアルバイトでした。学生や主婦も多く働いているのですが、そこのカフェは自宅の近くにあり、もともと田中さんが朝仕事へ行く前や休日の作業場として利用していた場所です。喫煙所もついており、田中さんにとっては長い時間滞在するのに居心地がよくて気に入っていたのです。

田中さんは、裕福な家庭で育ったため、学生時代などにアルバイトをしたことがなく、「一度こんなところで気楽に働いてみたいなあ」と前々から思っていました。どうせ働かなくては生活していけないのだから、やってみたかったことに挑戦しようと、カフェでのアルバイトを決意します。

時給は1,250円と現役時代からすると考えられないような金額でした。しかし、田中さんは非常に向上心が高い人です。定年退職後の生きがいとして、若い空気に触れ、刺激を受けられることに期待し、面接に挑みます。――結果は採用。心から嬉しかったそうです。

現役時代とかけ離れた過酷な現実

しかし、新しい職場での田中さんは、かつて金融機関で部下に檄を飛ばしていた時代とは程遠いものでした。

お客さんからの注文を受けるときにはついつい話が長くなってしまい、判断能力が遅いと注意を受けます。何ヵ月か経過しても、なかなか多様なキャッシュレス決済の取り扱いや、月替わりの新メニューを都度覚えることができず、仕事についていくことができないのです。

ある日、お客さんから地域で使えるポイント支払いを使いたいと言われた田中さんは、レジの操作方法がわからず近くにいた上司に助けを求めます。やってきた上司からは「おっさん、またかよ」と、ため息をつかれました。自分の娘と同い年の上司に吐き捨てるように言われ、高いプライドはズタズタに打ち砕かれました。同様の事件は何度か起こり、同僚たちから陰口を言われる恰好の標的となってしまったのです。

同僚との仲を深めようと懸命に努力

陰口を言われることが、自分のなかに原因があることをわかっていた田中さん。同僚たちと親睦を深めようと努力しました。休憩室で、自分の身の上話などをしてみましたが、そうするとシラケてしまうのです。

そこで、ふとしたときに話した現役時代のしくじり経験を主婦アルバイトの女性が笑ってくれたことを機に、自慢話ではなく失敗談などで場を盛り上げるように。時間が掛かりましたが、少しづつ距離を縮めていくことができたそうです。

いまだに若い人からきつい口調で注意を受けたり、見下したような態度をとられることもあり、その度にプライドは傷つきます。しかし、カフェで少し前の自分と同じように休日返上で黙々と仕事を行っていたり、資格の勉強をしていたり、日々のストレスに耐え顔をゆがめながらタバコを吸っていたりする、頑張る人々の姿を見ると励まされました。

60歳を超えて惨めな想いもありながらも、田中さんは今日も出勤しています。

老後の資金計画の必要性

田中さんのケースでは、セカンドライフでの新しい仕事でやりがいを見つけることができ、非常に素晴らしいですが、一方で注意点も。病気やケガのリスクが高まる高齢期においては、いつまで現状のように働き続けられるかはわかりません。老後の資金計画が甘かったことによる代償は、あとになって大きく響いてくる可能性も高いため注意が必要です。

田中さんは現役時代に高い収入を得ていましたが、将来の資産形成の計画を立てることもなくお金を使っていたため、娘達の進学資金の準備ができず学資ローンを組んだり、車もローンを組み、住宅ローンも退職金での繰上げ返済をアテにして組んでいたため、老後の資産形成がほとんどできていなかったのです。

実際、現役時代に高収入であっても、稼いだ分を現役のうちに使ってしまい、十分な老後資金を用意できていない人は少なくありません。首都圏に住み、子どももいるとなると、年収1,500万円であっても額面の見た目ほど裕福な暮らしを長く継続できるわけではないのです。

しかし、大企業で高い収入を得ていた田中さんは、年金として、妻のものと合計し年間300万円程度を受け取ることができます。その点においては、支出をコントロールすることができるようになれば仮に病気やケガで現在の就業に支障が生じたとしても、生活することはできるでしょう。

しかし、家計の内訳も知らず、支出を把握しコントロールしようとすることもせずに、具体的にいくら収入があればいいのかもわからないまま、いまの生活を続けることはリスクが伴います。

やりがいだけで満足しない

退職後の生きがいや刺激は非常に重要なことですが、自分のライフプランを考え、資金計画を考えることも同じくらい重要です。

・どういう生活を望むのか

・毎月いくらお金があれば自分が望む生活を実現することができるのか

・自分が望む生活を実現するために、どのようなお金の戦略を立てていけばいいのか

こういったお金の戦略を考えて老後を迎え、定年後の仕事を選んでいきましょう。

また、支出をしっかり見直し、ムダな支出を減らすことで生活レベルを維持しながら収支を整えることも可能です。そういった一生の人生設計に対してのお金の計画を立て、全体を俯瞰して計画を立てることで、さらに精神的にも経済的にも豊かな老後を送ることができるでしょう。

定年後も働き続ける人々

令和2年に版高齢社会白書(全体版)によると、65歳~69歳の男性の60%程度、女性は38%程度が収入のある仕事をしているというデータがあり、今後も高齢化が進むなかで、定年後も働き続ける人々の数は増加していくことが予想されています。

しかし、資産形成が不十分だったり、そもそも老後に家計がどうなるかを見える化できていなかったりすると、老後も働かなくては生活が成り立たないということになってしまいます。そのために、早い段階で老後に家計がどうなるのかをシミュレーションし、自分が望む生活をするためになにをすればよいか戦略を考えることが重要です。

老後の就労も、資産形成や保険設計も、すべては最大限自分の在りたい姿を実現するための手法です。田中さんが仕事のやりがいという面で満足できたように、思い描く老後に近づけるよう、早い段階から今後の人生設計を考えていきましょう。

小川 洋平

FP相談ねっと

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