人と話したいからネイリストに。47都道府県を巡った山本杏里が気づいたこと

47都道府県を巡りながら、各地の人々の人生観に触れてきたネイリスト・山本杏里さん。「20代 焦り 不安」というキーワードから始まった旅は、普段なら出会うことのない人々とネイルを通して出会い、そのライフストーリーに耳を傾けてきた。

人とコミュニケーションを取れる仕事がしたい、その思いでネイリストになった山本杏里さんに、ニュースクランチが「好きを仕事に」をテーマにインタビューした。

▲Fun Work ~好きなことを仕事に~ <ネイリスト・山本杏里>

カナダへのワーホリをきっかけにネイリストに

大学卒業後、カナダでワーキングホリデーを経験した山本さん。ネイリストになったきっかけは「人とコミュニケーションが取れる仕事がしたい」という思いだった。

「掲示板サイトを見ていたら、飲食店、ツアーコンダクター、ラーメン屋、スタバとか、いろいろあったんですけど……そこにネイリストっていう仕事があって。自分が働いている姿をイメージしたときに、ネイリストなら英語でたくさんのお客さんとコミュニケーションが取れるんじゃないかなと思ったんです。

だから、ネイリストになったのは、“ネイルが好きだから”じゃなくて、“いろいろな人と話せるから”ですね。それに、そのお店は“初心者でもトレーニングしますよ”ということで、これもご縁だと思って働くことにしました。日本人やアジア系のスタッフもいたし、もちろん英語で教わるんですけど、ネイルは見て学べるので不安よりもワクワクのほうが強かったです。

日本で専門的に学んだわけではなかったが、子どもの頃はピアノや絵を描くことが好きだったので、手先が器用だったのかもしれませんと明るく話す山本さん。ネイリストとしてカナダで働くうちに、各国のネイルの特徴の違いを発見する。

「私がカナダで任されたのは、ほとんどがワンカラーのネイルでした。とはいえ、現地の日本人ネイリストさんがやってるお店では、アート系もやってました。でも全体的に見ると、欧米ではシンプルなワンカラーネイルが主流みたいです。

日本は手描きのアートが本当に繊細で上手。韓国も負けてないぐらいネイルアートのクオリティが高いので、アジアの国々ではクリエイティブなデザインが人気なのかなって思います。でも、ロシアのネイリストさんも緻密な作業が完璧にできて、私が働いていた店でも一番上手だったのはロシア人ネイリストでした

帰国後、会社員として働きつつネイリストとしても活動していた山本さん。ネイリストにはフリーランスで働く人も多いが、出張ネイリストとしての働き方を選んだのはなぜだったのだろうか。

大学卒業後に就職したのは、チャレンジしたい自分もいるけど、保守的な自分もいて。カナダではワンカラ―ばかりだったし、アート系が多い日本で勝負していくのは無理かも……と思っちゃったんです。それで美容系の会社に就職して、営業の仕事をしてたんですけど、ネイルをやって欲しいと頼んでくれる友達がいたので、最初は趣味からスタートして、少しずつ仕事にシフトしていきました。

当時25歳だった私には、自分でサロンを構えるなんてお金もない。そんなときに、ちょうどコロナ禍になって、お客さんの自宅に出張してネイルをする需要が高まったんです。お客さんのニーズと私の状況がマッチして、出張ネイリストとしてスタートを切ることができました」

もっと日本を知りたくて47都道府県を巡る

山本さんの拠点となるネイルサロンは原宿にあるが、コロナ禍での環境の変化をきっかけに出張ネイリスト、さらに47都道府県を巡る“たびびとネイリスト”として活動を始めた。

海外にいた頃、日本の武道とかアニメとかのカルチャーについて聞かれることが多かったんですけど、あまり教えてあげることができなかったんです。日本人としての自己肯定感は爆上がりしたんですけど、逆に日本のことを知らなすぎたなって悔しい思いもしました。47都道府県を巡るプロジェクトは、カナダまで旅をしてネイリストになった自分が、その時経験して感じた様々な感情を集約したような活動にもなったんじゃないかなと思います

会社員時代の経験が、今の活動にも活きていると山本さんは言う。

「営業の仕事で培った法人とのやり取りが、この旅をしていくうえで、観光協会や施設とアポを取るときに役立ちました。一見すると回り道に見えたかもしれない会社員時代も、何ひとつ無駄じゃなかったなって、しみじみ感じます」

日本全国を回ったプロジェクトは『生き方てさぐり出張ネイリスト、47都道府県で色んな人生を聴く』(二見書房)として、今年の1月に発売されている。この本には47都道府県を巡る旅でのエピソードが収録されているが、山本さんが特に印象に残っている人について聞いてみた。

「47都道府県を回って気づいたんですけど、自分の中で刺さる言葉やエピソードって、そのときの状況によって変わるんですよ。

例えば、自分のやりたいことをなかなか進められずにモヤモヤしているときは、群馬県で出会った、だるま職人の中田さんの『前に進みたいときは、まずは言葉にしてみな』って話に励まされるし、逆に慎重に進めたいときは、島根県の学芸員の田辺さんの『作戦Bで、もっと確実に』っていうアドバイスに納得したり。その日の自分に響くエピソードは、まさに日替わり定食みたいにコロコロ変わります(笑)」

ちなみに今日の気分は? と聞くと「鳥取県です」と答えてくれた。そんな山本さんだが、47都道府県を巡るなかで答えが見つからない時期もあったそうだ。

「正直、47都道府県を回っても、悩みがなくなるわけじゃないんですよね。今度は世界に出たいなって思うと、新しい悩みも出てくる。どうやって実現させようかとか。でも、全部の紆余曲折を “味わう”ぐらいの気持ちで受け止められたら、心に余裕が生まれるんじゃないかなって。今の自分が不完全だからって、あれこれ思い悩むんじゃなくて、“正解なんてわからないもんだ”って割り切れたら肩の力が抜けました」

そんな山本さんに、「好きなことを仕事にする」ことへの考え方を聞いてみた。

「最初から“好きなことを仕事にしよう”ってハードル高く考えると、うまくいかないときに、すぐ挫折しちゃうと思うんです。今の仕事にも好きな要素はきっとあるはず。まずは、それを見つけていくのがいいんじゃないかと思います。最初は小さな楽しみでも、それが積み重なって気づいたら、“この仕事が好きになってる”ってステキですよね」

「好きなこと」から仕事を見つけるのではなく、今ある仕事から好きなことを見出していく。そんな山本さんの考えは、ネイリストを目指す人だけでなく、多くの人の心に響くのではないだろうか。

▲山本さんのネイルサロンに飾られている本やネイル

ネガティブなときは自分の感情と向き合うチャンス

山本さんの表情からは、これからも思いっきり人生を謳歌していこうとするポジティブなエネルギーが感じられるが、その源泉はどこにあるのだろうか。

「47都道府県出張ネイルをやろうと思ったとき、人間関係とか環境とか、いろんな条件が揃ってないと、それをしようとすら思わないんだなってことに気づいたんです。エネルギーが自分にないと何もできないし、やりたいと思っていても一歩が踏み出せない。まずは自分が元気でいることが大事だと痛感しました」

「体が資本」と語る山本さんにとって、好きなことを仕事にするということは、日々、自分自身と向き合い、心身ともに健康であり続けるということなのかもしれない。健康について山本さんはこう続けた。

「これから30代で海外でチャレンジしようってときに、将来の結婚や出産のことも考えると、体の状態が良くないと前に進めないなって。若さってすごい武器だから、なんでもできると思っちゃうんですけど、無理をしすぎて体にガタがきても長続きはしませんよね」

一方で、仕事となれば楽しいことだけでは終われない。大変なことや苦労もあるなかで、仕事に対するモチベーションを保つ秘訣について聞いた。

「もちろん、ネガティブになるときもあるんですけど、そういうときこそ、自分の感情と向き合うチャンスだと思うんです。落ち込んだ自分を分析してみたりして。そうやって自分と対話を重ねていくことで、少しずつ自分のことが理解できるようになって。そしたら前に進むヒントが見えてくるんじゃないかなって」

▲自分自身が健康にいられることでチャレンジすることができます

いつか北欧でネイルの仕事がしたい

今の時代を生きる私たちは、SNSを通して多くの人の人生や考え方に触れることができる。それは、時に自分を奮い立たせてくれる刺激になる一方で、知らず知らずのうちに他人と自分を比べてしまい、無意識のうちにプレッシャーを感じてしまうことも少なくない。他人と自分を比べてしまう気持ちについて、山本さんは次のように話す。

「他の人と比べちゃう気持ちはよくわかります。インターネットで見えている部分が全部じゃないってわかっていても、綺麗な人もカワイイ人も(SNSには)たくさんいるし、キラキラした毎日を発信している人を見ると、つい焦っちゃいますよね。

一方で、この人の“こういう考え方ステキだな”とか、“こんな生き方いいな”って思うこともありますよね。そういうときは、じゃあ自分は自分なりにやっていこうみたいに、モチベーションにつなげるようにしています。その憧れとのギャップを縮めようと努力することが、自分の成長につながると信じています」

SNSで見つけた人と自分を比較することは悪いことではない、そう山本さんは続けた。大切なのは、比較することで見えた、自分に足りない部分の捉え方だ。

「SNSで見つけたステキな人を、“自分とは違う世界の人だ”とか“ライバルだ”とも思わず、目標の1人として捉えるんです。この人みたいにできないから自分はダメなんだって考えるんじゃなくて、“この人を目標にして、自分も頑張ろう”って、前向きなエネルギーに変えていく。そういうモチベーションになる人を見つけられると、頑張れるんですよ。

47都道府県を回る前は、自分にとっての正解、答えみたいなものが見つかるんじゃないかなと思ってたんですけど、いざ回ってみても何もなかったんです。その“答えが見つからなかった”っていう経験が、私にとっては大きかったですね。人それぞれ、正解も生き方も違って当たり前。みんなが手探りで生きている。その等身大の感覚を持てたことで、SNSを見ても以前ほど焦らなくなりました」

他人と比べるのではなく、ステキだと思う人たちの良いところを吸収しながら、自分なりの道を歩んでいく。山本さんの言葉は、SNSについて悩む多くの人へのヒントになるのではないだろうか。

▲山本さんの出張ネイルは海を越えて続いていく

さらなる活躍の場を求めて、海外でのネイル活動も視野に入れている山本さん。最後に行ってみたい国を聞いてみた。

「理想を言えば、いつか北欧でネイルの仕事がしたいです。北欧の柄って、特徴的で可愛いじゃないですか。そういうデザインを取り入れたネイルアートができたら楽しそう。想像するだけでワクワクが止まらないですね」

(取材:すなくじら)


© 株式会社ワニブックス