企業価値担保権で創造される「企業と金融機関の共通価値」 ~ 金融庁 和田良隆・信用制度企画室長インタビュー ~

6月7日、「事業性融資の推進等に関する法律」(以下、事業性融資推進法)が参議院本会議で可決・成立した。法律の目玉は「企業価値担保権」の創設だ。この担保権は、「将来キャッシュフローを含む事業全体の価値に対する担保制度」である。
企業価値担保権の原型は、2018年頃より検討が始まり、「包括的担保法制」や「事業成長担保権」など時間とともに呼ばれ方が変わった。最終的に事業性融資推進本部の設置や認定事業性融資推進支援機関制度の導入なども含めて、事業性融資の推進に関する施策がパッケージ化された法律となった。
舞台裏で何が起こっていたのか。事業性融資を推進する背景や想定される実務など、法律を所管する金融庁企画市場局総務課信用制度参事官室の和田良隆・信用制度企画室長に話を聞いた。


―企業価値担保権の検討背景は

企業価値を考えた場合、日本では有形資産に対する評価比率が高く、人的資本や知的財産などの無形資産に光があまり当たっていない。上場企業での比較になるが、アメリカでは時価総額の90%程度が無形資産で占められているのに対し、日本では32%となっている(※1)。また、中小企業白書(2016年版)によると、「事業性を評価した担保・保証によらない融資」を求める声が全体の47.2%を占めている。一方、こうした手法による融資を「利用している」との回答は25.9%にとどまっている。融資実務において、ニーズと実態にギャップが起きていることが見て取れる。
金融庁では、これまでも事業性評価に基づく融資実務の発展に取り組んできているが、事業性融資をさらに推進するには制度面の整備が必要と考えた。これまでは監督上の対応として金融機関との対話を行ってきたが、さらなる発展を後押しする制度として、今回の法律を立案した。

※1 詳細は、新しい資本主義実現会議「日財産情報可視化研究会第1回基礎資料」(令和4年2月1日)を参照

―ローカルベンチマーク(※2)の策定や経営者保証改革プログラム(※3)の公表など、ギャップの是正に行政としてこれまで取り組んできた

方向性は一貫している。根底にリレーションシップバンキング(リレバン)があり、その後の金融円滑化、事業性評価に繋がっている。以前より、地域経済を活性化させるためには、地域の金融機関による資金調達の円滑化や経営改善支援が重要だと金融機関と対話を行ってきた。金融機関には事業性融資にできる限り取り組んでもらってきたが、事業性を評価して融資する部分はどうしても無担保とならざるを得なかった。企業価値担保権は、そうした事業性融資に関して、万が一の場合には事業譲渡による回収が可能になるという点で、制度的な手当てになると考えている。

※2 経済産業省が作成・公表している企業の経営状態の診断ツール。企業と金融機関、支援機関などの目線合わせを念頭においている
※3 2022年12月公表。経営者保証に依存しない融資慣行の確立の加速化を目指し策定。併せて、金融機関向け監督指針を改正した

―企業価値担保権の想定活用ケースは

スタートアップ、事業承継、事業再生などが想定される。実務として定着している有形資産を担保とした融資では、有形資産を持たないことが多いスタートアップは融資を受けにくい。企業価値担保権では、ノウハウや顧客基盤などの無形資産も担保価値として評価されるため、この状況の改善が期待される。
事業承継では、例えば、創業社長の場合は事業が大きくなるにつれて自身の資産も拡大するため、経営者保証への抵抗が少なかったかもしれない。ただ、承継時期に差し掛かり、従業員へバトンを渡すとなった場合、新社長(候補)が経営者保証へ抵抗感を示すことは少なくなく、承継の妨げになっている面もある。企業価値担保権の場合、新しい経営体制やビジネスプランも含めた事業全体の価値を評価する。担保価値があると評価された場合、金融機関は経営者保証を求めずに融資を実行することができ、円滑な事業承継が実現され得る。
事業再生では、例えば、不採算部門を整理する際に担保の目的となっている不動産の処分が必要となり、有形資産が大幅に減少することがある。ただ、残す事業に価値がある場合は今回の制度が活用できる。
また、担保価値が事業価値と連動することで、貸し手と借り手の双方が将来を見据えて事業に注力することに繋がるので、事業の着実な成長、窮境局面に陥る前段階での事業悪化の回避が図られ、融資の堅実な弁済に繋がることも期待される。
いずれの場合も重要なのは、金融機関の「目利き力」だ。

―事業再生の想定ケースについて。プレを含むDIPファイナンスの実行時には、「全資産担保」のような実務もある

(準則型)私的整理の際に企業価値担保権を活用することが、プロトタイプの1つになるかもしれない。法律の附則に、施行期日は公布日から2年半以内と記載されているが、この間に勉強を重ねて、ユースケースを掘り当てていくことが大切になるだろう。

取材に応じる和田信用制度企画室長

―包括的担保法制、事業成長担保権など様々な仮称で呼ばれていたが、最終的に企業価値担保権となった

2019年3月から「動産・債権を中心とした担保法制に関する研究会」が開催され、2021年4月に報告書が取りまとめられている。以降も検討を重ねたが、金融審議会(※4)でも企業価値担保権の創設を主に議論した。その後、「事業性に着目した融資の推進に関する業務の基本方針」が昨年12月に閣議決定され、新しい担保権の創設のみならず、事業性融資の推進を図るために大きく3つの施策が加わり、事業性融資推進法というパッケージとして法案を提出することとされた。具体的に1つ目は、事業性融資の推進に関する基本理念・国の責務の明記。2つ目は、金融庁への金融担当大臣を本部長とする事業性融資推進本部の設置。
3つ目は、認定事業性融資推進支援機関制度の導入。金融機関側においては、事業者の経営実態を把握する方法や融資実行後の期中管理の方法等、事業者側においては、自らの企業価値に関する情報提供の方法などについて、貸し手と借り手の双方が不安に思うことも生じるだろう。このような場合に備え、金融機関や中小企業者に対して、経営実態の把握方法や事業計画の策定・変更、定期的なフォローアップなどについて、助言・指導を行う支援機関の認定制度を導入する。

※4 事業性に着目した融資実務を支える制度の在り方等に関するワーキング・グループ(2022年11月~2023年2月)

―認定事業性融資推進支援機関について。例えば中小企業庁の経営革新認定支援機関がある。統合されるのか

異なる法律による別制度なので統合されない。まずは、現場での具体的な支援のニーズや、それを満たすための支援能力について検討する必要があると考えているが、新たな団体を創設するのではなく、既存の団体が認定を受けることを想定している。

―なぜ、「施行まで2年半以内」となったのか

登記システムの改修などに万全を期す。また、認定事業性融資推進支援機関の候補との話し合いや実務への落とし込みなどの準備期間も必要だ。実務への落とし込みとしては、例えば今回の制度では、信託契約により担保が設定されるため、その契約書のひな形、窮境時の判断基準の目線合わせ、特にEBITDA(※5)などを活用した事業キャッシュフローの目線の水準感、コベナンツの内容など、検討を重ねる必要がある項目も多い。

※5 減価償却前営業利益に相当

―零細企業にコベナンツは馴染まない

企業価値担保権を活用する融資先の想定について地域金融機関と意見交換をしているが、第一感としては、スタートアップではレイターステージ(※6)、事業承継や事業再生では年商数億円が下限になるとの印象を持っている担当者が多い。現在の融資に比べ、モニタリングのコストが掛かることや経営改善支援も手厚くなることを想定しての実感だろう。ただ、海外の典型的なベンチャーデットは、アーリーステージのスタートアップ向けであること等も踏まえると 、日本での実務面の蓄積が進むことで、企業価値担保権の活用の間口が広がることも期待される。

※6 スタートアップの成長ステージの1つ。「シード」「アーリー」「ミドル」「レイター」に区分けすることが一般的で、レイターは事業が自走している状態を指すことが多い

―企業価値担保権を利用した融資の実行件数を「金融仲介機能のベンチマーク」に入れることは

想定していない。

―企業価値担保権の実務面について。借り手の権限として「担保目的財産の処分は基本的に自由」とされている

担保目的財産は総財産、つまり将来キャッシュフローを含む事業の価値で、それに担保が設定されるが、仕入をしたり、買掛金を支払ったりといった商取引等の通常の事業活動には、担保権者の同意は不要という意味だ。事業譲渡など企業価値を大きく変え、担保価値の毀損につながり得る通常の事業活動の範囲外の行為は、担保権者の同意が必要となる。例えば、工場での製造が主要な事業である場合、工場を売却することが該当し得る。

―企業価値担保権を実行する際、管財人が経営しながらスポンサーへ事業譲渡を行うとされている。管財人のスキルが求められそうだ

公正な司法手続きのなかで、管財人が選任され、事業価値の維持のために商取引債権や労働債権などの支払いは継続される。管財人は更生に知見がある弁護士がふさわしいとの意見もあり、法曹界で検討いただけると思う。

―企業に向けてメッセージを

金融機関には、ビジネスマッチングやコンサルティング、地域や業界特性への理解など、知見が蓄積されている。こうした金融機関の持つポテンシャルを積極的に活用して事業拡大や経営改善、事業転換に活用いただくこともご検討いただきたい。
金融監督当局として、金融機関には企業に伴走して欲しい、寄り添って欲しいとシグナルを出し続けているので、金融機関のマインドもだいぶ変わってきている。事業者の皆様には、金融機関が提供できるものを見定めてもらって、これまでの融資よりも少しコストが掛かるかもしれないが、納得の上で企業価値担保権とそれに付随するであろう金融機関による経営改善支援を活用するのも経営の選択肢の1つだ。何が提供できるかについては、金融機関が不断に努力をしており、ノウハウや技術を高めているはずだ。
海外展開へのニーズには、そういうサポートができるようにしていると思うし、再生に向けた取組みが必要なら、REVIC(※7)やファンドも活用しながら、様々な支援を検討できる体制の構築、職員の育成に向けた努力をしていると思う。
積極的に金融機関と少し距離を縮めて付き合っていただくことは、経営にとってプラスになる可能性が多分にあるはずだ。

※7 地域経済活性化支援機構。地域の中小企業等の事業再生支援等の事業活動を行っている。

(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2024年6月10日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)

© 株式会社東京商工リサーチ