【“失敗するM&A”の典型例】恐ろしい…買収側が気づかぬうちにハマっている「本末転倒の思考回路」とは

(※写真はイメージです/PIXTA)

短期間で既存事業の強化や事業ポートフォリオの転換、業績の向上に寄与する「M&A」。今や上場企業のみならず中堅・中小企業も活用している経営手法ですが、M&A実行前に想定していたシナリオと異なる結果になる事例が少なくありません。その大きな要因として、100件以上のM&Aコンサルに携わってきた丹尾渉氏は、「M&A自体が目的になっていること」を挙げています。丹尾氏の著書『M&A成長戦略』(監修:株式会社タナベコンサルティング 戦略総合研究所、ダイヤモンド社)より一部を抜粋し、見ていきましょう。

M&Aは企業価値向上のための“手段”に過ぎないのだが…

企業を取り巻くM&Aの環境は、「事業承継問題」という社会的背景や、政府・民間による支援策を通じてここ数年で大きく変化してきた。しかし、手法論としてのM&Aに耳目が集まる一方、なぜM&Aなのかという「そもそも論」が置き去りにされている感もある。

M&Aはそれ自体が目的ではなく手段である。では、何のための“手段”だろうか。もちろん、何のためかは企業によって異なるが、「売上高を拡大したい」「事業を広げたい」など、漠然とした動機はどの企業も持っているはずだ。「一度M&Aをやってみたかった」などとM&Aそのものが目的になっている企業はまずいないだろう。しかしながら、結果としてM&Aが目的化してしまっている企業が見受けられるのも事実である。

そのパターンは大きく分けて二つある。

「目的化したM&A」の失敗例

【①交渉途中でM&Aが目的化してしまうパターン】

M&Aを検討している企業(譲受側)には、付き合いのある金融機関やM&A仲介会社、DM(ダイレクトメール)、M&Aプラットフォームでの検索など、さまざまな案件情報の入手ルートがある。譲受側はそのなかから有望と思われる案件の検討を進めていくことになる。

だが、先方の会社(譲渡側)の詳細資料を入手し、トップ面談を行い、いざ交渉を進めてM&Aがどんどん現実味を帯びてくると、買収が実現すれば自社の売上高がいくらになるという思惑から、新たな挑戦意欲も湧き上がってくる。当然、前向きな考え自体は良いことであるのだが、夢中になり過ぎてリスクに目が向かなくなるケースがまれにある。本来の目的(なぜその会社を買収する必要があるのか)を忘れ、買収すること自体が目的化してしまうパターンである。

このパターンでの失敗は、交渉時点で正しい情報を収集できていないケースが多い。そのためリスクの認識不足や対策不足が発生してしまう。結果的に買収後、交渉時点では気づかなかった大きなリスクが露呈し、立て直せず失敗に終わってしまうことになる。

【②連続実施によってM&Aが目的化してしまうパターン】

連続的に何社も買収を繰り返すことで、M&Aが“癖”になってしまうパターンである。M&Aによって売上高を上げていくことは簡単である。買収資金さえ調達できれば、譲受側の売上高が足されていき、それを重ねることでどんどんと企業規模を拡大できる。しかし、成長にはバランスが不可欠である。急激な成長はもはや「膨張」といっていい。

連続的な買収でよくあるのが、管理に手が回らず、業績低下や従業員の離職を招いてしまうケースである。一例として、総合建設業E社が別の地域にある設備工事業F社を買収した事例を挙げる。E社はかねてから同業種または周辺業種の設備工事業の買収を検討しており、情報収集を行っていた。多数の案件を検討するものの、財務内容が悪かったり、技術者が高齢化していたりなど、どの案件も決め手を欠いていた。そのなかでF社は、業種や地域のニーズが合致したほか、財務内容、技術者の年齢層など、初期の段階で開示された情報は良好で、さっそく検討を進めることになった。

F社のバランスシート(貸借対照表)は問題なかったが、損益計算書を見ると売上高が徐々に落ちている状況であった。E社は自社の受注案件をF社に回せると踏んだため問題視はしなかったが、売上げが減っているという事実に基づいてF社に買収金額を低く提示した。F社株主との条件が折り合ったため、E社は「安く買収できるなら」と考え、DDでの調査もそこそこに、あっさり買収に踏み切ってしまった。ところが、F社の技術者にE社の案件は任せられないことがわかり、さらにF社単独での業績改善もかなわなかったため、想定以上の大幅赤字を計上してしまうことになった。

E社が試算した株価よりも安く買収できたため、情報確認を怠ってしまったことが本件失敗の原因であるが、根本的な問題は、「自社は買収して何をしたいか」という本来の目的に基づいた判断ができていないことにあった。

M&Aの「本来の目的」をよく検討することが重要

企業経営において、M&Aはどのように位置付けられるのか。企業は存在意義(パーパス・ミッション)があり、それを具体化した中長期ビジョンがある。その中長期ビジョンを実現するための戦略の一つがM&Aであるといえる。

つまり、パーパス・ミッションや中長期ビジョンで企業の向かうべき方向が明確になると、具体的な事業戦略と経営戦略が導かれる。その先にM&A戦略がある。M&Aについて既存の戦略とは別物として扱う企業も少なくないが、飛び道具的にM&Aを考えるのではなく、事業戦略(新規参入やシェア拡大など)を推進するための一手段としてM&Aを考えるのである。

M&A自体が目的化して失敗に終わってしまうパターンでは、明確な戦略がないことや、その戦略と目的に立ち返って検討・判断ができないこと、また中長期ビジョンという長い時間軸でのM&Aの位置付けが曖昧であることなどが原因である。自社がM&Aで何を達成したいのか、どんな機能を得たいのか、相手先はどのような企業がよいのかなど、深く検討する必要がある。

事実、ビジョンや中期計画においてM&Aを明言・明記する企業が近年増えている。今やビジョン・中期計画にM&Aを盛り込むことは「必須事項」といえよう。

例えば、2023年に中期経営計画(2023~2025年度)を策定・公表した非鉄金属商社のアルコニックス(東京都千代田区)は、2000年代よりM&Aを実施しており、2023年では14社を子会社化している。非鉄金属を中心に商社や製造業を買収し、素材・部品・製品の生産から卸売までをワンストップで提供できる体制を構築。同社は中期経営計画のなかで、最終年度には運転資金を除くキャッシュフローの68パーセントを新規M&Aや人的資本などの成長投資に振り分けると明記している。

また化学専門商社の稲畑産業(大阪市中央区)は、2021年に策定・公表した中期経営計画「New Challenge 2023」(2021~2023年度)で、主要重点施策の一つに「将来の成長に向けた投資の積極化」を掲げる。オーガニックグロース(自社の内部資源による成長)を維持しつつも、今後はグローバルなM&Aなどを含めたよりアグレッシブな成長投資を実施する方針を示している。初年度の2021年7月にM&Aなど投資案件のスクリーニング(選別)を担う本社組織として「事業企画室」を新設。同時に、各営業部にもそのカウンターパートナーとなる担当者を任命し、営業現場と連携しながらそれぞれのノウハウやネットワークを活用した新しい投資案件の発掘や事業プランニングを推進している。

実際に同社は2023年2月、およそ13年ぶりとなるM&Aに踏み切り、ウナギ加工品などの製造を手掛ける大五通商(静岡市葵区)を子会社化した。また、同年3月には化学系専門商社の丸石化学品(大阪市西区)の子会社化を決めた。丸石化学品の顧客基盤を取り込み、商社機能のいっそうの強化につなげる狙いだという。

こうしてM&Aを含めた成長投資を中長期ビジョンで明記し、ステークホルダーに宣言・発信して実際に投資を実行する。それによって企業価値の創造につなげていくことが求められている。

【著者】丹尾 渉

株式会社タナベコンサルティング執行役員

M&Aコンサルティング事業部長

【監修】株式会社タナベコンサルティング 戦略総合研究所

© 株式会社幻冬舎ゴールドオンライン