集団埋葬地と遺体袋の山……イスラエル軍撤退後のアル・シファ病院

ヨランダ・ネル(中東特派員)、ラシュディ・アブ・アルーフ(ガザ特派員)

パレスチナ自治区ガザ地区に侵攻中のイスラエル軍は、ガザ市にある広大なアル・シファ病院を2度襲撃し、4月1日に撤収した。その後、焼け野原になった廃墟を見たパレスチナ人たちはぼうぜんとした。

8カ月続いているこの戦争の中で、病院は繰り返し攻撃の的にされてきた。イスラエルは、イスラム組織ハマスが病院を利用していると主張している。ハマスはこの主張を否定している。

そうしたなか、かつてガザ地区最大にして、最も設備の整った医療施設だったアル・シファ病院での出来事は、これまでで最も劇的だと言わざるを得ないだろう。

イスラエルは、ハマスがこの病院に再集結していると主張し、2週間にわたって突然の襲撃を仕掛けた。イスラエル政府はこの襲撃を「精密かつ局地的な」ものだったと説明した。

同国のアヴィ・ハイマン報道官は、「市街戦の金字塔」を打ち立てたと述べた。「我々は200人以上のテロリストを排除した。900人以上のテロリストを拘束したが、市民の犠牲者は1人も出さなかった」と。

しかし、病院の中庭では、軍のブルドーザーが積み上げた砂の中から腐乱死体が突き出ていたことから、民間人の犠牲はなかったという主張はすぐに疑問視された。

またここ数週間で、この場所で4カ所の集団埋葬地が発見された。パレスチナの調査チームによると、数百人の遺体が発見されたという。

BBCはガザ地区のジャーナリストと協力して、その動向を追っている。

「殉教者たちを掘り起こした。みな腐敗していて、全く身元がわからない」

パレスチナ民間防衛隊(PCD)のラミ・ダバベシュさんは5月8日、白いビニールの遺体袋が並ぶアル・シファ病院の敷地で、悲しげに語った。ダバベシュさんはマスクを着け、全身を覆う保護服を着ていた。

「女性や子供の遺体、頭のない遺体、引きちぎれた遺体などを見つけた」

PCDには法医学の道具や専門知識がない。しかし、調査チームは写真や動画を使い、遺体を記録してきた。代表のモハメド・ムギル医師はBBCに対し、疑問を抱くような発見があったと話した。「何人かの殉教者の遺体には、現場での処刑の形跡、縛られた形跡、頭部への銃創、四肢への拷問痕があった」

国連安全保障理事会は、アル・シファ病院と、ガザ南部のナセル病院で集団埋葬地が発見されたことを「深く懸念している」と表明している。そのうえで、アメリカと欧州連合(EU)と共に、戦争犯罪の可能性について独立した調査を要請している。

イスラエル国防軍(IDF)は、ガザの病院への襲撃の際、昨年10月7日のハマスによるイスラエル襲撃で捕らえられた約250人の人質の遺体捜索の一環として、パレスチナ人が埋めた遺体をイスラエル兵が掘り起こしたと述べている。

また、遺体は丁重に検査され、イスラエルの人質でない遺体は元の場所に戻されたと主張している。

しかし、アル・シファ病院で最近発見された遺体の少なくとも一部は、イスラエルによる軍事行動中に死亡した患者たちだった。調査に携わった救急隊員によると、点滴のカテーテルがついたままの遺体もあったという。

BBCは4月15日、2人の男性と会った。それぞれの母親が最後に目撃されたのは、アル・シファ病院で治療を受けていた時だったという。2人の遺体はつい先日、集団埋葬地から発見された。

何日も母親のハウラさんを探していたというモハメド・アル・ハティブさんは、「埋葬地のことを聞いてここまで走ってきた。全能なる神の恵みによって、母の遺体が見つかった」と述べた。

ワリド・フテイマさんによると、高齢の母親リナ・アブ・レイラさんは死の直前、栄養不良と深刻な脱水症状の治療を受けていたという。母親の遺体は腐敗していたため、昨年のイスラエルによる爆撃で負った傷からしか、身元を特定できなかった。「母は両足のつま先を切断していた」と、フテイマさんは語った。

3月18日未明からアル・シファ病院に対する作戦を開始したIDFは、敷地内に避難している何千人もの市民や周辺住民に、病院を離れて南へ向かうよう命じた。一方で、病院は機能し続けることができると述べていた。2週間後に作戦が終わると、残ったのは140人ほどの患者と医療従事者だけだった。

世界保健機関(WHO)のガザ・ヨルダン川西岸代表を務めるリチャード・ピーパーコーンさんは、残された人々は「恐ろしい状況」に耐えていたと語った。施設内を何度も移動させられた後、「実際には、治療にはまったく適さない人事部の建物にたどり着いた」という。最終的には20人の患者が亡くなったと、ピーパーコーンさんは指摘した。

生き残った患者たちはBBCに対し、ツナ缶など、ほんのわずかな量の食べ物しか与えられていないと話した。全員、以前のイスラエルの攻撃で負傷していた。飲み水や医薬品も圧倒的に不足していると訴えた。

半身不随になったモハメド・アルナディームさんは、「爆撃が四六時中続いていた」と話した。「私は具合が悪くて動けなかった。毛布もないまま床に寝ていた」。

15歳のラフィフ・ドフムシュさんは「包帯も痛み止めもなかった」と語った。ドフムシュさんはけがにより、足を切断した。

IDFは記者団に対し、作戦の「直接的な結果」として死んだ医療従事者や患者はいないが、数人が「自然死」したかもしれないと述べた。

また、襲撃の間に患者に被害が出ないよう移動を手助けし、医薬品や医療器具、食料、水、発電機などを病院に運び込んだと説明した。

3月18日にIDFが襲撃を開始した後、同軍が公開した画質の粗いドローン映像には、アル・シファ病院の中からパレスチナ人武装集団が兵士たちに発砲しているとみられる様子が映っていた。その後、武装集団は病棟や廊下に立てこもり、発砲したり、爆発物を投げたりしたという。

2週間にわたる作戦で、イスラエル兵3人が殺されたことが判明している。

IDFは記者会見で、同病院での軍事行動は、ハマスと武装組織パレスチナ・イスラム聖戦(PIJ)が病院の一部を占領し、その司令部が、院内の必需品や電源、インターネット接続などを使用しているという「しっかりとしたインテリジェンス」に基づくものだったと説明した。

ハマスは、アル・シファ病院を拠点として使ったという疑惑を否定している。一方、ハマス幹部は、同組織のメンバーが院内にいたことは否定しておらず、病院に避難していた人々の中にいた可能性がある。

イスラエルは、アル・シファ病院の敷地内と周辺で「200人以上のテロリスト」を殺害し、数百人を拘束したとしているが、名前が公表されているのはごくわずかだ。

これには、ハマスの組織内セキュリティーサービスのトップとされるファイク・アルマボウフさんも含まれる。ハマスのメディア当局は、アルマボウフさんは、ガザ北部へ援助物資を運ぶために連携していた警察官だったとしている。

このほかハマスの幹部とされている死者は、人員募集と供給のトップだったというライド・タベトさん、ガザ市でハマスのロケット部隊の副司令官だったというマフムード・ザクズークさんだ。また、ファディ・ドウェイクさんとザカリア・ナジブさんは、ヨルダン川西岸地区での攻撃計画に関与していたハマスメンバーだという。

IDFは4月にも、PIJの政治部門で広報を担当しているタレク・アブ・シャルフさんを尋問する様子だとする映像を公開している。シャルフさんは、アル・シファ病院で拘束されたという。

ハマスとPIJは通常、イスラエル軍の軍事行動で殺された下級戦闘員の名前を発表しない。そのため、アル・シファ病院とその周辺で死亡した戦闘員の数を推定することは非常に難しい。おそらく、集団埋葬地で発見された遺体に戦闘員らも含まれていると思われる。

イスラエルは、アル・シファ病院への襲撃で「民間人の犠牲はただの1人もいない」と主張している。しかしBBCは、病院周辺で行われたイスラエルの爆撃と銃撃によって、パレスチナ市民が殺されたという、強力な証言を入手した。

PCDによると、3月の襲撃以降、なお数百人のパレスチナ人が行方不明者として登録されているという。

アル・シファ病院の敷地内とその周辺で何が起きたかについては、相反する情報が繰り返し伝えられてきた。

イスラエル軍は最初の襲撃時、病院内でイスラエル人の人質が見つかるとの期待を高めていた。また、広大な地下トンネル網の画像を公開し、これが病院の地下にあり、ハマスの主要な司令・制御室になっていると示唆していた。

IDFは病院の近くでイスラエル人の人質2人の遺体を収容したものの、建物内で誰かを発見したとは発表しなかった。後に発見された監視カメラの映像では、昨年10月7日に、少なくとも2人の外国人の人質がアル・シファ病院に連れられてきていた。

IDFはまた、病院の敷地にあった全長55メートルの要塞化したトンネルを公開した。これは、当初主張されていた隠されたトンネルの規模には及ばないものだった。しかしその後の報道では、この通路は爆破されており、実際にはもっと長く、ガザ市の地下にあるより広大なネットワークにつながっていた可能性が高いと示唆された。

3月に再びアル・シファ病院に戻った際、IDFは、ここでの主な発見は違う性質ものだと説明。病院内で見つかったとされる現金や武器、弾薬の写真とハマスの書類を公開した。

アル・シファ病院は、ハマスが医療施設を隠れみのにしているかという議論の中心となってきた。イスラエルは一貫して、ハマスが病人や負傷者の中に戦闘員やインフラを隠していると主張し、病院を正当な軍事目標とする根拠だとしてきた。

一方のハマスは、民間施設の使用を否定。イスラエルが病院を攻撃するのは国際法違反だと非難している。

国連は4月、ガザの集団埋葬地について「明確かつ透明性があり、信頼性の高い調査」を要求した。ステファン・ドゥジャリク事務総長報道官は記者団に対し、事実を報道するために、より多くのジャーナリストが安全にその地域で活動できる必要があると述べた。この戦争中、イスラエルとエジプトは外国メディアの自由なアクセスを拒否していている。

ドゥジャリク報道官はまた、「法医学的証拠がすべて適切に保存されることが重要である」と述べた。しかし今のところ、これも難しい課題だ。

国際的な法医学専門家らは、アル・シファ病院で何が起こったのかを調査するためにガザに行くことができていない。そのため、現地では死者の登録と身元確認、そして適切な埋葬に重点が置かれている。

集団埋葬地を荒らすことは最終的に、真実を明らかにすることをはるかに難しくするだろうと、専門家らは述べている。

アル・シファ病院は大部分が破壊されたが、最近では、現地で非常に限られた医療サービスを再開する努力がなされている。イスラエルが、ハマスが利用していると主張する他の医療施設、特にガザ北部にあるカマル・アドワン病院を標的にしたことで、こうした動きに弾みがついた。

5月下旬、アル・シファ病院の急きょ修理された腎臓透析ユニット室で、BBCと協力しているジャーナリストは、絶え間なく警報音を鳴らす機械につながれた4人の患者に会った。この病院であまりに多くの死者が出た後、再び命を救う治療が行われている。

(英語記事 Mass graves and body bags: al-Shifa hospital after Israel withdrew its forces

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