某国民的ヒーローをモジッた“一発”屋だと誰もが思った──ヒーローという存在の本質とその孤独を描く「ワンパンマン」が連載12周年

by 仲橋大悟

【ワンパンマン】

2012年6月14日 連載開始

集英社のコミック配信サービス「となりのヤングジャンプ」にて連載中のマンガ「ワンパンマン」が、6月14日をもって連載開始12周年を迎える。

本作は2009年7月3日からウェブサイト上で発表されていたONE氏原作による同名マンガを、「アイシールド21」の作画を担当したことなどで知られる村田雄介氏の手によってリメイクしたもの。人々の生活を脅かす怪人が当たり前に姿を見せるようになった社会で、それらの脅威から平和を守るヒーローたちの物語を描いている。

この作品の主人公となるのは、どんな敵でもパンチ一発(ワンパン)で倒してしまうという、ヒーローネーム“ハゲマント”ことサイタマなる青年。作中には多種多様な能力や個性を持つヒーローたちを統括する組織・ヒーロー協会の存在があり、所属のヒーローにはその強さや活動の功績に応じて、S級やA級といったランクづけがなされている。

最初は某国民的ヒーローをモジッた“一発”屋だと誰もが思った

まず言及しておかなければならないのは、主人公・サイタマが放つ強烈なインパクトについてだ。前述した通り、作品タイトルの「ワンパンマン」というネーミングはサイタマがどんな敵でもワンパンで倒してしまうことに由来しており(その点については本作読者であれば疑いようのないものであるが)、作中でワンパンマンという名前で呼ばれたことはまだない。しかしスキンヘッドによる独特な頭部のフォルムや、サイタマがヒーロー活動をする際に身につけるコスチュームのカラーリング、そしてワンパンマンというネーミングは、頭がアンパンでできている日本の某国民的ヒーロー「アンパンマン」(フレーベル館)を想起させる。

第1話に登場する敵・ワクチンマンの姿もどこかで見たことがあるものとなっている(画像は「ONE PUNCH MAN 一撃マジファイト」の公式ページより)

「ワンパンマン」が「となりのヤングジャンプ」にて連載をスタートさせた頃は、やはりこのインパクトからくるキャッチーさが話題になっていた記憶がある。ここで、そんなサイタマの脇を固めるヒーローたちについても紹介しておきたい。

サイタマ(ヒーローネーム:ハゲマント)

本作の主人公。どんな敵でもワンパンで倒してしまうほどの圧倒的な強さを持つが、あまりにも覇気のない見た目や雰囲気、またその強さを周囲の人物が知覚できないなど様々な要素が重なり、実力を知る者はほんのひと握り。もともとは「趣味でヒーローをやっている者だ」と公言し1人で活動をしており、ヒーロー協会に所属して職業的な側面を持つプロヒーローたちとは異なるスタンスで活動していた。物語が進むにつれてC級388位(C級最下位)よりプロとしてデビューし、メキメキとランクを上げている。

ジェノス(ヒーローネーム:鬼サイボーグ)

ヒーローネームの通り、体の大部分をサイボーグ化している青年。その元凶となったきっかけであり、家族の敵である暴走サイボーグを探している。機械化された体ならではの圧倒的な機動力や火力を有し、サイタマとはうって変わってプロデビュー後即S級にランク付けされるなど、期待のルーキーとして描かれている。作中ではサイタマの実力を知る数少ないひとりで、彼の強さや人間性に惚れ込み、弟子として連れ添っている。

バング(ヒーローネーム:シルバーファング)

特殊な能力や体質を持つことが多いヒーローたちのなかにあって、「流水岩砕拳」という拳法を磨き上げることでS級3位まで上り詰めた傑物。その強さと引き換えに協調性のない人物が多いS級の中でも常識ある人格者であり、年長者ということもあって有事の際には頼りにされていた。元門下生のガロウが起こした一連の事件を経て、プロヒーローを引退した。

キング

“地上最強の男”の異名を取る、寡黙で掴みどころのないS級ヒーロー。その実態は戦闘力皆無で小心者のゲームオタクだが、見た目の厳つさや醸し出す重々しいオーラ、さらに彼が戦闘態勢に入った証とされる「ドッドッドッドッ」と鳴り響く音・キングエンジン(実際は過度に緊張したキングの心音)によって、その威厳を保っている。とある騒動を経てサイタマの実力を知ったひとりで、ゲームを貸したり対戦をしたりとサイタマとは友達に近い関係性を築いている。

タツマキ(ヒーローネーム:戦慄のタツマキ)

S級2位の地位を不動のものとする、強力な超能力を有した女性ヒーロー。その戦闘力はS級のなかでもずば抜けており、他のヒーローとは一線を画す。S級1位のブラストはある目的のため長年姿を消しており、ヒーロー協会が有する事実上の最高戦力といえる。幼い見た目から子ども扱いされることが多いが、実際は28歳である。

フブキ(ヒーローネーム:地獄のフブキ)

タツマキの妹で、姉とは対象的にスタイル抜群の美貌を持つ。姉と同じく超能力者であるが、その力の差にコンプレックスを持っており、ヒーローランクはB級1位。フブキ組という派閥を組んでいて、サイタマもその一員として取り込もうと画策している。

ビュウト(ヒーローネーム:イケメン仮面アマイマスク)

普段はアマイマスクの名で呼ばれる、A級1位のヒーロー。兼業アイドルでもあり、そのルックスの良さから多くの女性ファンがいる様子。ヒーローとしてあるべき姿に対するこだわりが強く、S級上位クラスの実力を持ちながら、S級に進む資格がないと判断したヒーローの障壁となるべく、あえてA級1位の座に留まっている。敵に体を貫かれても平然としていたり、ただの人間ではあり得ない再生能力を有しているなど、謎が多い人物。

本作で描かれる“絶対的ヒーロー”の孤独

本作で描かれているのは、“ヒーローという存在の本質とその孤独”だ。本作に登場するA級以下のプロヒーローたちのなかには、自身のランクによるヒエラルキーを気にしたり、人々からの人気をどう獲得するかに腐心するキャラクターが度々登場する。他者からの評価ありきで活動することが当たり前になってしまっているプロヒーローたちに対して、サイタマは人々からの見返りや評価を求めることはない。そういったスタンスについて、彼は自身の活動を「趣味」と自称していると取れるのだが、それはヒーローとして高潔なポリシーである一方で、裏を返せば他者が自身をどう捉えるかについてはあまり興味がないという、極めて自己完結型のスタイルとも言える。

そんな絶対的なヒーローであるサイタマのキャラクターをより際立たせているのが、どんな敵でもワンパンで倒してしまう異次元の強さ。基本的にサイタマが戦う時はパンチ一発で勝負がついてしまうため、本作における戦闘シーンの魅力を支えているのは「サイタマ以外のヒーローたち」が戦う描写だ。

S級たちは本作で描かれるヒーロー社会の頂点に君臨する者たちであり、みな個性的なキャラクターや能力を持っている。そんなヒーローたちが、時には苦戦するような強大な力を持った敵との手に汗握るバトルを展開した後、満を持して登場したサイタマがワンパンで吹き飛ばして事態が収束する……というのが本作におけるお決まりのパターンとなっている。

サイタマの絶対的な強さに説得力を与える村田雄介氏の作画

インパクトがあるものの、継続して読者の興味を引き続けることが難しそうなこの“ワンパン”的コンセプトを守りつつ、連載12周年を迎えるまでに人々の心を掴んで離さなかった理由のひとつに、作画担当の村田雄介氏による高い画力がある。

参加プレーヤー数が多いアメリカンフットボールというスポーツをテーマとした「アイシールド21」の連載当時から、多数のキャラクターの特徴を引き立てつつ描き分ける村田氏の画力には多くの読者が感嘆していた。アメコミも顔負けの登場キャラクターがいる本作において、その魅力を描き分けつつ、サイタマの突出した強さに視覚的な説得力を与えているのである。

コミックス各巻の表紙にも村田氏の作画力が現われている

そんな村田雄介氏作画による魅力満点なバトルシーンの中から個人的ベストバウトを挙げるなら、宇宙からやってきた暗黒盗賊団ダークマターの首魁・ボロスとの戦いを推したい。

もちろんサイタマはボロスとの戦いでも余力を残して勝利したのだが、ボロスはなんと一度サイタマの攻撃を受けたにも関わらず即死せず耐えたのである。「ワンパンマン」という作品において異質な敵であり、サイタマとの戦いを通して奇妙な友情にも似た感情の芽生えを感じさせながらも、最後はサイタマが本気で放つ必殺技「マジシリーズ」の攻撃を初めて受けた敵となった。表面上は互角とも思える戦いを展開したボロスだったが、サイタマとの会話のなかでポロリと漏らした「お前は強すぎた」というセリフが印象的な敵であった。

直近の連載では、長らく姿を消していたS級1位のヒーロー・ブラストがいよいよ本格的に登場し、「カミ」と呼ばれる高次元の存在との接触を予感させるエピソードが進行中。数多ある作品でも議論されてきた“ヒーローの孤独”を「ワンパンマン」はどのような形に決着させるのか、今後の展開が気になる作品のひとつだ。

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