【新連載】アニメスタジオのここが知りたい! 色彩設計・石黒けいが語る“動画工房の色”

様々な職種のスタッフのチームワークによって命を吹き込まれるアニメーション。そんなアニメーション制作を支えるのがアニメスタジオだ。アニメスタジオは、作品の企画から制作、完成までを一貫して行う場所であり、アニメーターをはじめ、美術監督、3DCGデザイナーなど様々な専門家が集まって制作に取り組んでいる。

しかし、アニメスタジオの内部で実際にどのような仕事が行われているのか、その詳細を知る機会は多くない。

そこでリアルサウンド映画部では、アニメスタジオに潜入し、スタッフへのインタビューを通してそのスタジオが持つ“独自性”に迫る新連載「アニメスタジオのここが知りたい!」をスタート。記念すべき第1回目となる今回は、「動画工房」に取材を実施。色彩設計を担当するスタッフの目線から、「動画工房」の魅力を掘り下げていく。(編集部)

数あるアニメスタジオの中でも、そのスタジオ名がブランドとなる例は希少だ。1973年創業の動画工房は、そんな希少なスタジオのひとつで、アニメファンにそのクオリティの高さで信頼されているブランドのひとつとなっている。『ゆるゆり』や『NEW GAME!』などを代表作に持ち、2023年は『【推しの子】』を大ヒットに導いた同社は、現在もオリジナル企画のテレビアニメ『夜のクラゲは泳げない』が好評を博し、その安定感ある制作能力を存分に発揮している。

そんな同社を支える主力スタッフの一人が、色彩設計の石黒けい氏だ。アニメにおいて色は重要な要素。色が違えば印象は劇的に変化する。無から生み出すアニメにおいて、画面に映る全てのものに色を決める役割が色彩設計だ。そんな石黒氏に、アニメにおける色の役割や色彩設計のこだわり、動画工房の特色などについて話を聞いた。(杉本穂高)

●夜や夕景、心情によっても色は変わる

――石黒さんが担当されている色彩設計は、キャラクターや小道具など、背景以外で描かれるもの全ての色を決めるお仕事という認識でいいでしょうか?

石黒:はい。まず、背景に合わせてキャラクターの基本の色(ノーマル色)を決めていくところから始めます。次に、例えば夜や夕景、その他心情的な変化などによって変化するキャラクターの色を決めていきます。各話の色指定の人が考える色もありますが、キャラクターだけでなく、小道具など基本的な色は色彩設計が決めています。

――1つの作品で色の設定はどれくらいあるものなんでしょうか?

石黒:例えば、『夜のクラゲは泳げない』だったらノーマルの色だけで120くらいあります。いろいろなキャラクターがいて、服装が違うと全て設定が必要になるので、ノーマル色だけでそのくらいになります。

――ノーマルに加えて、同じキャラクターの同じ衣装でも夜や夕景など時間帯によって異なる色が必要なので、それも全て決めていくわけですね。夕景や夜の色が異なるのはわかりますが、その他の場合はどういうときに色のパターンが必要になるのですか?

石黒:夕景も黄色っぽいのか赤っぽいのかなど、種類があります。部屋の中と外でも色は変わりますし、室内でも水族館など暗い部屋と明るい部屋では色が異なります。さらに光源は窓からきているのか、室内の照明だけか、逆光の場合でも色は変わります。同じ部屋だったとしても、キャラクターの心情によって影を濃くしたりすることもあります。

――アニメの色も心情によって変化するので、心情に寄り添った色彩設定が必要になってくるんですね。アニメにおける色彩設計の重要性を、石黒さんはどうお考えですか?

石黒:今は撮影処理で夕景や夜に見せたりすることもできるようになっています。それを撮影処理でやらず、色彩を変えてやりたいと言ってくださる方だと色が多くなっていくんです。監督によって方針は異なりますが、仕上げだけでなく作画、演出、撮影など、各部署それぞれをどう連携させてひとつの作品を作っていくかだと思っています。

――撮影処理で色を変える場合と色指定で変える場合、どう異なりますか?

石黒:撮影で色を変える場合、画面全体に色を置くような感じになるので、影の濃さや色を細かく調整するのは難しいです。なので、上手くやらないと上にぺたっと一枚色を乗せたというのがわかってしまうんです。特に夕景などは、色を変えていく方が綺麗だと思っていて。夕景で黄色い光と赤っぽい影を表現したくても、撮影で黄色い光は乗せられても、赤っぽい影までは表現できなかったりします。

●色の基準になるのは“背景美術”

――色彩設計はキャラクターデザインの方とも相談しながらの作業になると思います。オリジナル作品である『夜のクラゲは泳げない』ではどんなお話をしたのですか?

石黒:監督から、実線の一部を色トレス(※ハイライトや影などの境界線を隣接する色に近づけてなじませること)にしたいという希望がありました。それをキャラクターデザインの谷口淳一郎さんとどこに入れたらいいかと相談して、設定していました。谷口さんとは今まで何度も一緒に仕事しているので、結構お任せしてくれます。

――キャラクター原案はイラストレーターのpopman3580さんですね。原案からどのようにアニメの色に落とし込むのでしょうか?

石黒:原案の色が薄かったり濃かったりしていた部分を統一させていく作業をしていて。竹下良平監督は濃い目の画面を作りたいという希望だったので、特に服の色の彩度をあげています。

――『夜のクラゲは泳げない』のようなオリジナル作品と、マンガ原作の作品では色彩設計の仕事のやり方で異なる点はありますか?

石黒:マンガ家は色にもこだわる方がほとんどだと思うし、制作側も原作に合わせることを希望することが多いので、原作のカラーイラストは全部欲しいと言ってできるだけもらうようにしています。カラーイラストのないキャラクターや服などの色を設定する時、黒ベタで塗られていたら暗い色にするとかはよくやりますが。キャラクターがひとつの部屋に揃ってる時に同じ色ばかりになると困るので、色を変えることもあります。そういう必要がなければ、基本的にマンガを読んだ時の印象に近い色にしています。

――『夜のクラゲは泳げない』は現代の東京を舞台にしていますが、色彩設計では現実をある程度参考にされたりもするのでしょうか?

石黒:現実よりも“背景美術”ですね。最初の色の基準になるのは美術だと思っていて、それに合わせてキャラクターの色を作ることが多いです。美術がない段階からキャラクターの色を決め始めますが、最終的に色を決める際は必ずイメージボード(※映像作品を構成する数多くのカットのうち、代表的なカットを描いた絵のこと)などの前に立たせた上で決めます。『夜のクラゲは泳げない』の時は、クラゲの壁画のイメージボードが最初に上がってきたので、それを基準にノーマル色を決めていきました。

●色彩設計は感覚か、理論か

――石黒さんが考える色彩設計という仕事の魅力はなんでしょうか?

石黒:作業中は大変だし、スケジュールも厳しいし、辛いことの方が多いですが、でも次の作品の話があるとまたやりたくなるんですよね(笑)。自分が色を決めたいという思いが強いのかもしれません。

――『夜のクラゲは泳げない』は放送前に全話納品していたとお聞きしました。

石黒:納品はしていますが、締切はありますから、スケジュールの大変さは同じですね。他の作品の作業もありますし。

――色彩の設計のお仕事に必要なセンスはあるのでしょうか? 色のセンスを磨くためにやっていることはありますか?

石黒:私が特にいつも気にするのは、コップに入っている水や涙など“透けているもの”です。それに色を付けるとどういうふうに見えるかなというのは、普段から気にしていますね。アニメ的に単純に水色に塗ることも多いですが、本当に透明な色を表現できるといいなと思っています。

――色の仕事は感覚ですか? それとも理論で決めているのですか?

石黒:結構感覚ですね。具体的にこの色の影はどういうふうに見えるものだとか、そういう理論はあると思いますが、私は学校で色彩設計について習っていたわけではないので。単純に同じだけ暗くすれば良い色になるかというとそうでもなく。ちょっと色素をずらしたりしないと、きれいな影は作れなかったりするんです。

――最近のアニメは、昔と比べて線の多いキャラクターデザインが多いので、それに伴い設定する色も増えているんでしょうか。

石黒:ノーマルで作っておく色が増えているように思います。例えば、片方から赤、片方から緑の光を入れたりして、線を違う色にする作品もあって、そういう場合は色を変える時に困るので最初に決めておかないといけなくて。また、影の中の光を作画で描かれる方も最近は多いので、その色も作らないといけなかったりします。

――動画工房の作品はいつも色がキレイで、なんとなく「動画工房のカラー」があるような気がします。石黒さんが考える“動画工房らしさ”とはなんでしょうか?

石黒:私はキャラクターの色を決める時に影の色を綺麗にしたいと思っています。単純にフォトショップで色を落とすと、グレーを混ぜたような色になるんです。でも、彩度を上げたり、色素を調整したりすることで影をクリアに見せられるので、そういうのが綺麗に見えるってことなのかもしれないですね。他の会社のカラーモデルを見る機会がなかったので、動画工房だけで進化していった結果、何か共通するものが生まれている可能性はあると思います。
(文=杉本穂高)

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