「初夏の風物詩」 小さな海水浴場でダイナミックなフグの集団産卵を見た!【神奈川県三浦半島】

ダイナミックなジャンプも見せるクサフグの群れ。子孫を残すための一途な行動にグッと見入ってしまいます(撮影:相田俊)

釣り人からは「テグスを切る」「エサを取っていく」などと不人気の魚、フグ。しかし、かわいらしい泳ぎ方や姿から水族館では人気の魚となっていて、ペットとして飼育する方もいらっしゃるようです。

そんなフグのなかでも最も身近な種類である「クサフグ」が、5月下旬から7月下旬にかけて、全国各地の海岸で集団産卵をするとのこと。今回、あの「ザ!鉄腕!DASH!!」でも取り上げられた神秘的な自然の営みを観察することができましたのでリポートします。

■日本の水浴場55選にも選ばれている荒井浜海岸

三浦半島の南端にある美しい小さな海水浴場の片隅が、集団産卵の舞台です

神奈川県三浦半島の先端近く、三浦市三崎町。ここはかつてマグロ漁を中心とした遠洋漁業の拠点でした。今でも、マグロが特産物であり、多くの観光客が訪れる地です。

その中にある小さな海水浴場。それが荒井浜海水浴場です。年間を通して海の家が常設されていて、誰もが海浜レジャーを楽しめる場所になっています。単に海遊びをすることができるだけでなく、水質がとてもよいため、当時の環境庁から1998年には日本の水浴場55選に、2001年に日本の水浴場88選にも選ばれています。その水質は今でも健在。透き通った海が多くの人々を魅了してやみません。

一方、その荒井浜は、クサフグが集団産卵するスポットとしても注目を浴びています。毎年、初夏の新月または満月から2~3日経った頃の大潮の日に、クサフグが集まってくるのです。

■静かな海面が突然暴れ出した! 大スペクタクルの始まり

取材日は、新月から2日後。この日の満潮は19時10分です。クサフグの産卵は満潮の約2時間前とのこと。16時を過ぎると、数組のウォッチャーが次々とやって来て、波打ち際から数メートル離れた場所に静かに座り込み始めました。

産卵前のクサフグはとても警戒心が強いため、人が近くで動くと産卵をやめてしまう場合があるとのこと。私も彼らの横にそっと腰を下ろしました。時折、クサフグがやって来ているのかと立ち上がって海面を覗き込みたくなりますが、それは厳禁。じっと我慢をしながら、姿勢を低くしてその時を待ちます。

すると、16時54分。それまで静かだった水面が突然揺れ始めました。そして、次の瞬間!

一気に海面に水しぶきが立ち上がりました。ファインダー越しにクサフグの黄色い胸びれや丸い体が見えます。ついに集団産卵の火ぶたが切って落とされたのです。

他のクサフグを押しのけてお目当てのメスに突進するオスたち

これまで、どこに隠れていたのかと思うほどの多くのクサフグが、一気に海岸に押し寄せ、砂利を水を弾き飛ばします。それもそのはず。産卵にやって来るクサフグは、メスが1に対してオスが10という割合。自分の子孫を残すためにメスに少しでも近づこうと、オスの激しいバトルが繰り広げられるのです。

メスが卵を産み落とすと同時に、オスたちが精子を放出します。そのため、海は白く濁り、まるでミルクを流し込んだように染まっていきます。自分の子孫を残すための必死な営みに時を忘れて見入ってしまいました。

■覚悟の上陸か、はたまた見通しをもった余裕の行動か

気が付くと、波打ち際にはたくさんのクサフグがやって来ていました。クサフグは、波打ち際に産卵をします。それは、海中からなるべく離れた場所に産卵することにより、外敵から卵を食べられないようにしているのだそうです。しかし、自分の身を海の中から陸に投げ出すことは、命を懸けての行動でもあります。実際、砂浜に乗り上げたクサフグたちは、暴れることなく静かに体を横たえていました。それを覚悟していたかのように。

しかし、一方で、彼らはこれから海が満ちてくることを知っていて落ち着いていたのかもしれません。だからこそ、大潮の満潮前に産卵をしていたのでしょう。100匹以上もいたクサフグたちは、いつの間にか徐々に減っていき、最後の1匹がいなくなったのは、産卵開始から40分が経った頃でした。

あれだけたくさん岸に横たわっていたクサフグが全て海に帰ったのを見た時、なにかの魔法にかけられていたかのような感覚を覚えました。あのダイナミックな産卵行動は幻覚だったのでしょうか。それくらい動と静のギャップが大きいひと時でした。しかも、産卵場所は、長い海岸線の中のわずか7、8mというごく限られた場所なのです。そこに必ずやって来るという神秘さ。うっすらとオレンジ色に染まる海面を見つつ、祭りの後のような感動と寂しさと感じながら現地を後にしました。

今シーズンのクサフグの産卵チャンスはあと3回。ネットなどで調べると、お近くの産卵スポットが紹介されているかもしれません。ぜひ多くの方に、この自然の営みを自身の目と心で確かめていただきたいと思います。

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