アルピーヌ初のピュアEV「A290」、ル・マンで世界初公開 電動ホットハッチが繋ぐアルピーヌのレガシーと新たな境地とは?

by 南陽一浩, Photo:中野英幸

2024年6月13日(現地時間)公開

ル・マン・ウィークのサルト・サーキットで新型「A290」を世界初公開

電動化時代におけるホットハッチの復活

そこはル・マンのサルト・サーキット内にあるバスケットボールのスタジアムで、微かな光で青く照らされたステージ上は、低い響きに包まれていた。予定時刻となり、ダンサーの一群がコンテンポラリーダンスを披露し始めた。そして青い光のヴェールに包まれるようにして、「A290」が姿を現した。「X」の大小フロント4灯による新たなライトシグネチャーと、往年のR5(サンク)・アルピーヌを彷彿させるリアコンビネーションランプが際立つ。

A290はアルピーヌが2021年に発表していた「ドリーム・ガレージ」コンセプト3台のうち、第1弾となるモデルだ。プレゼンテーションに先立ってルノー・グループのルカ・デ・メオ会長のビデオレターが上映され、「アルピーヌはグループ内で私のもっともフェイバリットなブランドの1つであり、A290の発表を心待ちにしていた」と、まるでいちファンのようなメッセージが披露された。会長をして、それほど期するところがあったモデルということだ。

「X」のライトシグネチャーが特徴的なA290

続いてスピーチに立ったフィリップ・クリフCEOは、A290はアルピーヌ初のピュアBEV(バッテリ電気自動車)モデルであり、軽量さ、スポーティさ、パワード・バイ・エクセレンスというアルピーヌの伝統を受け継ぐものであるが、2030年までに7台の電動化モデルのローンチを予定する今、新たな旅への始まりに過ぎないことを強調する。欧州Bセグメントというコンパクトかつ軽量さが求められるセグメントにあってアンチ・コンフォルミスト、つまり予定調和からほど遠い存在として、新しく若い顧客層へアピールする意欲を隠さない。

フィリップ・クリフCEO

デザインの着想は、アルピーヌ初の市販モデルであるA106、1980年代のホットハッチことR5アルピーヌ、そして現代のベルリネットA110から得ている。前2者はルノー4CVやサンクといったその時代を代表するスモールカーであり、電動化の時代におけるホットハッチの復活がA290の存在理由そのものだ。

チーフデザイナーのアントニー・ヴィラン氏の解説によれば、A290をアルピーヌにならしめる具体的な要素は、緩やかな水平ラインで繋がれた4灯のヘッドランプ、彫刻のように削がれたボディサイド、ルーフを浮き上がらせるCピラー、そしてアスリート的な踏ん張り感のあるスタンスに、逆Uシェイプのバンパーなどという。新たなライトシグネイチャーとなる4灯の「X」は、ラリーの競技車両が貼るテープに触発されたもので、アルピーヌの世界観を示すモチーフとして、フロントのアンダーグリルなどにはスノーフレークのモチーフがあしらわれている。

デザインはA106、R5アルピーヌ、A110から着想を得たという

インテリアに目を移せば、A110同様にシフトコンソール上にはRNDボタンが配され、メータークラスター表示は10.25インチ、タッチスクリーンは10.1インチが与えられている。インフォテイメントはグーグル・ネイティブであり、あらゆるアシスタントと音声コマンドが使えるほか、プレイストアからアプリをダウンロードすることもできる。

ハードウェア面についてはこの日、プレゼン後のワークショップの機会を含め、多くの言及がなされた。ルノーR5 E-テックAMPスモール・プラットフォームに基づき、前後のサブフレームやサスペンションアームにはアルミニウムを多用している。フロントはマクファーソンストラット式、リアはマルチリンク式で、ダンパーにはアジリティと快適性を両立させるハイドロ―リック・バンプ・ストップを備える。足下の新機軸はブレーキで、ブレンボ製のモノブロック・キャリパーに320mm径のブレーキディスクを装着し、ブレーキバイワイヤによる制御だ。タイヤはミシュランとの共同開発によるもので19インチの「パイロットスポーツEV」を標準に、計3種類の指定タイヤを揃えている。

A290のインテリア

52kWh容量のリチウムイオンバッテリは、シャシーの一部として剛性を兼ねており、フロントに搭載され前輪を駆動する電動モーターは160kW(約218PS)/300Nmを発生。車重は1479kg、前後車軸の重量配分は57:43を実現しており、かくして0-100km/h加速は6.4秒、WLTPモードでの最大航続距離は380kmを謳う。充電はACが最大11KW、DCが最大100kWに対応し、両方向のOBCを採用することでV2X、V2Lにも対応予定だ。

前輪を駆動する電動モーターは160kW(約218PS)/300Nmを発生。WLTPモードでの最大航続距離は380kmとした

車内空間でのサウンドを積極コントロールする「アルピーヌ・ドライブ・サウンド」

とはいえアルピーヌの「らしい」ところは、より動的なパフォーマンスにこそ顕著に表れてくる。しかも重さを増やすリスクのあるデバイスではなく、巧みにパフォーマンス体験を増幅するための工夫が多々見られる。

テレメトリー機能はOTA対応しており、走行中にライブデータとしてGセンサーやブレーキの制動力、回生エネルギーといった各種パラメーターが表示できる。ドライビングを評価するコーチングモードや各種チャレンジも搭載されている。

一方でシャシー制御としては、「アルピーヌトルクマネージメント」という、低速域からアジャイルでダイナミックでありながらトリッキーではないハンドリングを実現するため、日常的に使いやすいスポーティさをもたらす独自のアルゴリズムを開発、パテントを取得している。ステアリングの3本スポークの右上には、OV(オーバーテイク)ボタンが設けられ、押し続けると最大10秒間だけ最大トルク&パワーを解き放つ。逆に左下にはRCHダイヤルがあって、ブレーキ回生のレベルを手元で4段階選べる。

もう1つユニークなアプローチは、フランスの音響メーカー「ドゥヴィアレ」と協働して、車内空間でのサウンド・エクスペリエンスを積極コントロールする「アルピーヌ・ドライブ・サウンド」を開発したことだ。これはドライビング時のドライバーや乗員の没入効果を促す機能で、サブウーファー含め計9つのスピーカーを備え、総計615Wを発揮するドゥヴィアレのシステムを通じてBEVにはないはずのモーター音を、似せた音を作るのではなく、本物のモーター音を増幅させるという。

デフォルトの「アルピーヌ・サウンド」の30km/h以下において、AVAS(歩行者接近通知)では静かなくぐもった音だが、アクセルを踏み込んで加速するにつれてモーター音が増幅され、気持ちよく伸びるトーンを発し始める。設定モードを「オルタナティブ」に変えると、よりハイピッチで積極的にリヴァーブが効いて、エンジンの回転数のように頭打ちもなく、モーターの駆動と回転が高まるにつれ甲高いハイトーンを伴ってくる。いわばBEVにありがちな味気ない加速感からほど遠いアナログなフィールを、ペダルやパワートレーンの反応とサウンドシステムと関連付けて作り出しているのだ。

フランスの音響メーカー「ドゥヴィアレ」と「アルピーヌ・ドライブ・サウンド」を開発

ちなみに新生アルピーヌ初の電動モデルにしてFFとなるA290が、ハンドリングの指標、ドライビング・プレジャーの範としたのは、やはりA110だった。日常域での扱いやすさとスポーティさ、アジリティと必要なだけの快適さといったものが、両立している点にアルピーヌらしさは収斂していくのだ。

価格は3万8000ユーロ(約646万円)~で、欧州では2024年末から2025年初頭にかけてデリバリーが始まり、CHAdeMO対応を含む日本仕様の上陸は2026年以降になると予想される。

会場にはアルピーヌF1チームのエステバン・オコン選手、ピエール・ガスリー選手も訪れた

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