次にバトンを繋ぐのは君だ! 『数分間のエールを』に学ぶ“初期衝動”との向き合い方

リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は高校の文化祭で制作した自主映画で“モノづくり”の楽しさを知った佐藤が『数分間のエールを』をプッシュします。

クリエイターにとっての“初期衝動”は、モノづくりの原点だ。しかし、一番最初に感じていたその熱量を保ち続けることの難しさは、モノづくりに向き合ったことのある誰もが知っているだろう。

自分の精一杯が通用しない現実、努力が才能に勝てない事実。だが、もしかすると、今の自分はあの時の“初期衝動”を忘れていただけなのかもしれない……。本作は、そんな心の奥底で眠っていたさまざまな感情を呼び覚ましてくれる、まっすぐな作品だった。

モノづくり青春群像劇をテーマにした本作は、MVの制作に没頭する主人公・朝屋彼方と、彼方の高校に赴任してきた織重夕の2人の出会いを軸に、モノづくりの楽しさや苦しみが描かれていく。ある夜、映像のモチーフを探して街を探索していた彼方が、雨の中でストリートライブをする夕に出会い、その歌に衝撃を受ける。大きな“初期衝動”に動かされ、その曲のMVを作りたいと強く思うが……。

ストーリーを手がけたのは、『宇宙よりも遠い場所』『響け!ユーフォニアム』などで知られる花田十輝。主な登場人物は4人と少ないが、キャラクターたちの弱みも含めた人物像を膨らませ、“誰かに共感できる物語”となっているのが面白い。また、監督・演出からキャラクターデザインなど、映像のほぼすべてがぽぷりか(監督)、おはじき(副監督)、まごつき(アートディレクター)の3人で構成され、メッセージ性の高い作品を手がける映像制作チーム「Hurray!」が担当している。

そんな「Hurray!」にとって初めての劇場アニメーションとなる本作は、これまでにない“セルアニメ表現”を用いた新たな映像美を追求した意欲作ともいえる。公開発表時のコメントにて花田が「Hurray!のお三方が作ったPVに込められた、純粋で瑞々しい作ることへの情熱、その思いを濁すことなく、伝えることを心がけて執筆しました」と話しているように(※)、制作チームのモノづくりへかける情熱が作品からも強く感じられた。

独自のセルアニメ表現が施された作画は、フリー3DCGソフト「Blender」をメインツールとして制作されているとのこと。このセルアニメと3DCGの融合された映像からは、どこか『ガールズバンドクライ』にも通じる演出を感じた。そんな本作が、歴史のあるセルアニメの中でも新しい表現に見えるのは、従来のセルアニメが持つ温かみを損なわずに、3Dならではの奥行きとリアリズムを巧みに融合させているからだろう。

それにしても、本作や『ガールズバンドクライ』をはじめ、『ルックバック』『夜のクラゲは泳げない』といった視覚的な深みを生む新たな映像表現に挑戦している作品が同時期に公開されていることは非常に意義深い。

先述した4人の登場人物たちの魅力についても触れておきたい。主人公・彼方は、「いつか自分が作ったMVで誰かの心を動かしたい!」という熱い思いを持つも、周りが見えず、自分のためだけのモノづくりになってしまう弱点に向き合うことになる。

対して、彼方の中学時代からの友人である大輔は、何事にも冷静で彼方とは正反対な性格をしている。ストーリーが展開していくにつれて、自分の絵の才能を評価されてきた大輔が「この才能は誰が認めたものなのか?」と、努力を“才能”と片付けられてしまうことに葛藤していたことが明らかになる。

彼方の初期衝動のきっかけとなった夕の存在も忘れてはいけない。彼女は、音楽活動に励むも世間的な評価に繋がらず、音楽の道を一度断念……そして、教師として新たな道を歩み始めたという立ち位置。否定される恐怖を知ってもなお、表現者として歌い続ける夕の姿には胸を打たれた。そして、登場シーンは少なめだが、彼方にとって重要な“気付き”を提供するクラスメイトの萠美のセリフも物語の重要な鍵となっているため注目だ。

『数分間のエールを』は、“初期衝動”との上手な付き合い方を教えてくれる。彼方にとってそれは「MV制作」であり、夕にとっては一度挫折した「歌」だった。それぞれが異なる方法で自身の初期衝動と向き合っている。2人が共に作り上げたMVが多くの人々の心を動かしたように、映画を観た私たちにもこの“モノづくりのバトン”が渡されたのだ。

参照
※ https://yell-movie2024.com/
(文=佐藤アーシャマリア)

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