『9ボーダー』川口春奈が『silent』を思わせる泣きの演技 切なすぎる「大好きだった」に涙

人の心は、時に思うがままに動かない。どれほど強く想っても、その想いは相手の心とわずかにすれ違ってしまうことがある。金曜ドラマ『9ボーダー』(TBS系)第9話は、そんな切ない七苗(川口春奈)とコウタロウ(松下洸平)の気持ちのすれ違いを繊細に描いていた。

家族のいる神戸へと帰るコウタロウを追って空港へ駆けつけるも、間に合わず会うことができなかった七苗。それでも彼女はあきらめきれず、思いのままに夜行バスに飛び乗り神戸へと向かう。「七苗、頑張れ!」とエールを送りたくなる展開に胸が熱くなったが、現実はそう甘くなかった。

七苗が神戸に向かっていることを知らず、家に帰り家族にも再会したコウタロウ。記憶は戻らないながらも百合子(大政絢)の献身的なサポートを受けて、副社長の仕事にも復帰する。豪華な自宅、高級車、大きなビルでの華やかな仕事。全てがハイグレードすぎて、まるで別世界に来てしまったようだ。

一方、コウタロウを追いかけて神戸まで来た七苗は、百合子に声をかけられる。七苗と向かい合った百合子は複雑な表情を浮かべながらも、「どうか今はそっとしておいてください」と頭を下げる。突然の申し出に言葉を失う七苗。2人の間に流れる空気の違いを感じ、胸が締め付けられる思いだった。

一段落したら七苗の元へ帰る予定だったコウタロウは、電話で七苗にそのことを伝える。しかし、七苗はなぜか冷たく突き放してしまう。一緒にいたい。それでも、百合子を前に「コウタロウにとっての本当の幸せ」を考えるとなかなか答えは出せない。電話越しに伝わる七苗の寂しさと苦しさの混じった表情に、こちらの心も痛んだ。遠く離れた2人の間に、深い溝が生まれ始めているようだった。

悲しみを胸に秘めながらも、七苗はコウタロウへの想いを誤魔化すかのように、おおば湯のリニューアル準備に没頭する。そんな七苗の様子を、おおば湯のメンバーは心配そうに見守っていた。「好きになんてならなければよかった」とつぶやく七苗に、六月(木南晴夏)は「意味のない出会いなんてない」と言葉をこぼす。コウタロウはおおば湯のメンバーにさまざまな“きっかけ”を与えてくれた存在でもある。彼を大切に思っていたのは、きっと七苗だけではないはずだ。

ついに、おおば湯のリニューアルオープンの日が訪れた。新しく生まれ変わったおおば湯は、多くの客でにぎわい、大盛況となった。そんな中、七苗は同窓会の会場をおおば湯にしようと陽太(木戸大聖)に提案する。そして同窓会で、七苗はようやく陽太の気持ちに気づくのだった。

一方、神戸に戻ったコウタロウは、記憶がないながらも、妻の百合子や周囲の人々の支えを受けながら、少しずつ元の生活に馴染み始めていた。自分が3年間、百合子と向き合い続けてきたことを知り、コウタロウは複雑な心境に陥る。記憶を失っていても、周りの人々が自分のために尽くしてくれている現実に、コウタロウはある決意をする。

「七苗、俺はこっちの生活に戻ろうと思う」と、重たい口調で告げるコウタロウ。言葉を失う七苗に、コウタロウは自分の気持ちを伝えるのだった。涙ながらに彼に「元気でね」と告げ、電話を切った後の七苗の「どうしよう、大好きだった」という台詞があまりにも切なすぎて、もらい泣きした視聴者もいたのではないだろうか。

川口春奈の泣きの演技といえば、大反響を呼んだ『silent』(フジテレビ系)での演技が記憶に新しい。その繊細かつ真摯な演技力は、多くの視聴者から絶賛され、「リアルすぎる」「胸が締め付けられる」と評判になっていた。そして、その求心力のある泣きの演技は、本作でも見事に発揮されていたように思う。

七苗が見つけた幸せとは、自分の心に正直に生きること。もしかしたら、それはコウタロウにとって「自分を待ってくれている人がいる故郷の地で、自分らしい人生を歩んでいくこと」なのだろうか。いち視聴者としては七苗とのハッピーエンドを望んでしまうが、コウタロウの選択の行く末を最後まで見届けよう。
(文=すなくじら)

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