日本で「資産運用の本」が売れているワケ【マクロストラテジストの考察】

(※写真はイメージです/PIXTA)

税金や社会保険料のみならず、電気料金の値上げといった“ステルス増税”から、所得格差は広がるばかりです。こうしたなか、本屋では「資産運用」に関する本が平積みにされるなど、個人投資家の投資意欲が高まっています。その背景にはいったいなにがあるのか、フィデリティ・インスティテュート主席研究員でマクロストラテジストの重見吉徳氏が解説します。

「資産運用に関する本」が売れている

最近、本屋さんに足を運びますと、目立つところに、資産運用に関する本が山積みにされています。当たり前かもしれませんが、「売れるので、目立つ場所に置いている」のでしょう。

そうした資産運用の本には、銘柄選択を指南する本が少なくないと思います。

反対に、「時間と資産の分散が大事」といえば、それ1行で終わってしまうわけですから、本になりません(→ただし、ご存じのとおり、たった1行の主張を書籍として成立させるために、つらつらと書いてあるものがたくさんあります)。

筆者の勝手な想像ですが、銘柄選択を指南する本や雑誌が売れているということは、個人投資家のみなさまのなかには、「(時間と資産の分散投資が基本と熟知されたうえで、それでも)銘柄選択で大きなリターンを得たい」と考える方が少なくないのかなと感じます。

言い換えれば、個人投資家のみなさまのなかには、“分散”と“高いリターン”という「相反する欲求」があるのではないかと想像します。

実際、個人投資家のみなさまは日ごろ、SNSや雑誌などで、「FIRE(≒早期リタイア)達成」なるプロフィールをたくさん見ていらっしゃるでしょうから、そうした人たちの成功が、高いリターンやFIREを目指す心理に火をつけてもまったく不思議ではありません。

「FIREへの強い欲求」の背景にある、所得格差拡大の現実

FIREした人たちをみて、筆者も正直、うらやましいと思います。筆者の場合、命が続くかぎり、どこかに職場を求めて、少なくとも70歳あたりまでは働かないといけないと覚悟しています(→これが筆者の現実です)。

企業は労働者を搾取するものですし、コーポレート・ガバナンス改革や、環境や多様性などのグローバルなアジェンダの取り込みが進めば、搾取や所得格差拡大の傾向は今後、ますます強まるでしょう。

加えて、政府・財務省は財政のひっ迫を強調し続けるでしょうから、それが引き続き、消費への心理的な重石となり、なおかつ、各種の税金や社会保険料のみならず、電気料金の値上げなどの「ステルス増税」で、実質可処分所得の見通しは明るくないでしょう。

そうした感覚がまた、「FIREへの欲求」を強めるかもしれません(→加えていえば、我々がいま失いつつあるものは、「購買力」といった金銭面だけでは決してないでしょう)。

[図表]日本の実質賃金指数

働きながらFIREに近づくための資産運用手法

本業の仕事も続けながら、週末は好きなことをやったり、自己研鑽をしたりしながら、「ある程度、分散をしつつ、高いリターンを得る」にはどうすればよいか。

筆者は、「アクティブ運用の投資信託が、その役割を担うべき」と感じています。

「べき」としたのは、すべてのアクティブ運用の投資信託が、それができるわけではないためです。金融市場は「ゼロ・サム」ですから、負ける人が存在することで、勝てる人は存在できます。

他方で、確率で考えると(=偶然と能力はランダムに分布しているはずですから)、高い運用成績を残すことができる個人投資家が存在するということは、高い運用成績を残すことができる、投資信託のポートフォリオ・マネージャーが存在するということを意味します。

偶然と能力がランダムに分布しているにもかかわらず、個人だと高い運用成績が出せるが、プロである、投資信託のポートフォリオ・マネージャーだとそれができないという事実があるとすれば、その原因として、たとえば、次の点が挙げられるでしょう。

1.実際には運用に向かない。あるいは、運用の能力を引き上げるための、アドバイザーやトレーニングなどのサポートがない

2.自己資金の少なくない部分を自分が運用するファンドに入れておらず、「身を賭していない」

3.(運用ガイドラインの制約で)ポートフォリオの構成をインデックスの構成から大きくかい離させることができない

4.(上場企業であり、その経営陣が『四半期主義』に陥っている場合)比較的安定した運用が求められ、ポートフォリオの構成をインデックスの構成から大きくかい離させることができない

5.(たとえ上場していなくても、あるいは、経営陣が『四半期主義』に陥っていなくとも)ポートフォリオ・マネージャーが、①インデックスに大きく負けてしまうリスクを恐れて、もしくは、②運用当初のアウトパフォーマンスを死守するために、ポートフォリオの構成をインデックスの構成から大きくかい離させることができない

といった点です。

こうした投資信託の場合、保有期間がたとえ長期間だとしても、パフォーマンスがインデックスよりも劣る場合があるでしょう。

FIREに近づく「投資信託」の条件とは

我々がFIREに近づけてくれる可能性があるアクティブ運用の投資信託を選ぶための、ひとつのシンプルな方法は、

1.パフォーマンスがインデックスを大きく上回っていて、なおかつ、

2.パフォーマンスに比較的大きな振れがある

かどうかを確認することでしょう。

強調すれば、これら2つの要素は、決して「今後のパフォーマンスも良好であること」を保証しません。あくまで、ある投資信託が高いパフォーマンスを出すための必要条件を持っているだけです(→繰り返しますが、 十分条件ではありません)。

仮に、そうした投資信託がいくつか見つかった場合、どれに投資をするかは、「その投資信託の運用者や運用会社の運用哲学・スタイルが好きかどうかで判断する」のがひとつの方法だと筆者は思います。

好きでないと、信頼も投資も続きません。アクティブ運用には紆余曲折があるためです。

投資信託のメリットのひとつは、少額で分散投資が可能であるという点です。

投資信託を使って、分散のメリットを生かしつつ、しかも、FIREに近づくことを狙うには、「自分が好きになれる運用者/運用会社のアクティブ型投資信託」を選ぶことが一案でしょう。

翻って運用会社や運用者は、自らの哲学とスタイルをしっかりと示すべきでしょう。もちろん「パフォーマンスがすべて」ですが、スポーツとは違って、お客さまは「プレー」をじっと見てくれるわけではないため、「どうやってプレーしたか」「なぜそうプレーしたか」をわかりやすく見せることが大事です。

重見 吉徳

フィデリティ・インスティテュート

首席研究員/マクロストラテジスト

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