インドネシア次期大統領の実弟、スイスで230億円税金滞納

インドネシアの首都ジャカルタで2019年に撮影されたハシム・ジョヨハディクスモ氏。ジュネーブ税務署に1億3100万フランの負債を抱えている (REUTERS/REUTERS)

インドネシアの実業家ハシム・ジョヨハディクスモ氏がジュネーブ近郊に持っていた別荘2軒が今年4月、競売にかけられた。2006年までジュネーブに住んでいた同氏は所得税を滞納し、未納・滞納金は1億3100万フラン(約230億円)に膨らんでいた。実兄であるプラボウォ・スビアント次期大統領の選挙資金を援助したことで自己破産したと抗弁したが、その資金ルートは今も闇に包まれている。

ジョヨハディクスモ氏はパーム油のためのアブラヤシ農園(プランテーション)を中核とするコングロマリット(複合企業)アルサリ・グループの会長を務める。娘のサラ・ジョヨハディクスモ氏や実兄のプラボウォ氏の選挙資金として過去10年間で数億フランを供与したと自供した。現国防相のプラボウォ氏は2014年、19年に続き今年2月の大統領選挙にも出馬。3度目の正直で当選を果たし、今年10月に大統領に就任する。

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プラボウォ氏への資金援助によりジョヨハディクスモ氏は資産を使い果たし、総額1億3100万フラン(約230億円)に上る所得税の未納・滞納金をジュネーブ税務署に支払うことができなくなった――ジョヨハディクスモ氏の代理人弁護士はジュネーブ州行政裁判所や連邦裁判所(最高裁)でこう主張した。

ジョヨハディクスモ氏とその妻は、2006年に石油販売会社を19億ドル(当時レートで約2200億円)で売却する契約を結んだ直後、スイスを出国していた。スイス税務署は夫妻の税務調査を開始。夫妻は法廷闘争に持ち込んだが、2021年2月に連邦裁で敗訴し、資産を差し押さえられた。

ゴッサム・シティが事件を取材すると、夫妻は弁護士や急進民主党(FDP/PLR)のクリスティアン・リュッシャー元下院議員の手を借り妨害した。

実兄が大統領に

今年4月23日、ジュネーブ債務執行局はレマン湖畔アニエールにあるジョヨハディクスモ氏の別荘2軒の競売に踏み切った。評価額は2軒で1700万フランを超えたが売却額は1230万フランだった。夫妻の滞納額の1割にも満たない。

プラボウォ氏は独裁者だったスハルト氏の娘婿で、2018年に「インドネシアを再び偉大にする」をスローガンに選挙運動を立ち上げた。

落選した対立候補は、選挙不正や「縁故主義」を理由にプラボウォ氏の当選に異議を申し立てた。インドネシアの大統領選挙は正副大統領を1組で選ぶ仕組みで、プラボウォ氏はジョコ・ウィドド現大統領の長男を副大統領に指名していた。落選した候補者たちはこの長男の採用を「縁故」だと批判した。だがインドネシア憲法裁判所が4月22日に異議申し立てを棄却し、プラボウォ氏の当選が確定した。

プラボウォ氏の勝利はハシム・ジョヨハディクスモ氏が過去と決別する契機になった。同氏の別荘が競売にかけられた4月23日、同氏は次期大統領となった実兄のシンガポール訪問に同行した。

闇の中の収支報告書

未解決の疑問が1つ残っている。プラボウォ氏はジョヨハディクスモ氏が選挙資金として提供した数億ドルを選挙法に則って申告したのだろうか?プラボウォ氏の収支報告書は公開されているはずだが、入手するのは難しいようだ。

4月11日、ジョヨハディクスモ氏の別荘が競売にかけられることを一部のインドネシア国内メディアが報じた。いずれもスイス・フランス語圏の日刊紙ル・タンの記事を引用したものだった。そしてゴッサム・シティが把握する限り、選挙管理委員会経由で入手できるはずのプラボウォ氏の収支報告書を暴いたメディア報道は1つもない。

インドネシアに投資する外国人の必読書とされている英字ニュースレター「Reformasi」は、ジョヨハディクスモ氏のスイスでの脱税問題を調査した唯一のメディアだ。

4月19日付のReformasiは、大統領選でジョヨハディクスモ氏を援助すれば「選挙運動への資金提供に関する法律に違反する可能性が高い」と指摘した。

「ジョヨハディクスモ氏のスイスでの脱税問題は、将来の政策決定権者の人物像を知る手掛かりになるにもかかわらず、全国紙ではほとんど報道されていない」。ジョヨハディクスモ氏はプラボウォ氏の政治家人生の初期から影響を与えており、今後もそうあり続ける可能性が高いとも解説した。

狭量と驕り

Reformasiはこう続ける。「ジュネーブの脱税問題は一見すると、ずさんな管理体制と、一定の過失といったようなものを明らかにしたに過ぎない。別荘の購入後、数年にわたって納税義務を果たさず、あっという間に別荘自体の価額を上回る多額の負債を抱えることになった。その段階で負債を拒絶し、この問題を深追いせずに別荘を即座に放棄していれば、少なくともある程度一貫性はあったはずだ」

「だがジョヨハディクスモ氏は反対に何年も法廷で税務査定について争い、ある記者とは法廷闘争を繰り広げ、その結果長年弁護士も雇ったようだ。この事件をめぐる最も重要な側面は、こうした狭量さと驕りだ」とReformasiは結論付けた。

スイスで同氏の顧問弁護士を務めるミシェル・カバジ氏(税務訴訟では代理人弁護士を担当)は、ゴッサム・シティの取材に応じなかった。

独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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