病気を持つ自分だからできること「私の姿が誰かの光に」 線維筋痛症と闘う女性 歌声に希望と元気を込めて【福島発】

病気を抱えながら歌声で周りを照らす、福島県石川町に住む中島蒼さん(29)。高校生の時からはじめた音楽活動で、聴く人に元気を届けている。

希望・元気を届ける歌声

福島県の県南地方を中心にコンサート出演し、大好きな音楽を通して思いを伝える蒼さん。その歌声を聞いた人は「声が透き通っていて、とても元気をもらいました」と話す。また演奏仲間も「皆さんに希望を持ってもらいたいという気持ちが伝わってくるようなところが、蒼さんの魅力」と話す。

笑顔の陰には闘病の日々

「線維筋痛症のお薬だと4種類。飲むだけでお腹いっぱいという感じがして」
蒼さんは3年前に全身の筋肉などが痛む「線維筋痛症」という病気を発症。日本では人口の1.7%ほどの患者がいると言われていて、原因も完治する治療法もまだつかめていない。

「本当にひどかった時は、髪の毛が触れるだけで痛いみたいな痛み。ナイフで刺されたような痛みと言う方もいますけど、私も一時期そういう時もあって。辛いな、生きるのを諦めたいな…という感じで追い込まれることもありますね」

辛い闘病生活 夫の支え

幼少期からバセドウ病を患うなど身体が弱かった蒼さんは、岩手県の病院で臨床心理士として働いていたときに突如「線維筋痛症」を発症。起き上がれないほどの痛みは、蒼さんを退職に追い込み、辛く長いリハビリ生活が続いた。

そんな苦しい時期に出会い、蒼さんをそばで支えるのが夫の敬太さん。結婚を機に敬太さんが働く福島県石川町で2人の生活が始まり、料理や洗濯など家事全般は敬太さんがメインとなって支えている。

夫の敬太さんは「正直、病気のことは最初聞いた時は驚いたし、不安な面はあった。蒼さんの努力している姿とか、上昇志向のある部分を見ていると、すごいなと思うし、私に出来ることがあればということで」と話す。

自身の経験を子どもたちに

再発の不安を抱えながらも体調が安定してきた蒼さんは、2023年から県南地方の4つの学校でスクールカウンセラーの仕事をはじめた。自身の病気の経験をもとに中学生たちに「SOSの出し方」「周りの人への頼り方」を伝えている。

蒼さんは「ストレスの状況に陥ることも、その人が何かあったからっていうことじゃなく、いつ誰にでも起こり得ることだよとか。人生の線の中で必要な力だよという所は意識している」と話す。

「周りの誰かに自分の気持ちを素直に伝えること」…病気とともに生きる蒼さんの音楽活動の原点でもある。蒼さんは「自分のメッセージを届ける事で、同じ病気だったり、別の病気だったり、何か苦しんでいる人に届いたら嬉しい」と話した。

歌う姿を見てもらうことに意義

2024年3月には、能登半島の被災地支援チャリティーコンサートを実施。今後も活動の場を広げ、病院などでもコンサートをしたいと考えている。
「こうやって病気を持っている私自身が歌う姿を見てもえる事に意義があると思っていて、誰かにとってある種の光になったら嬉しいです。やっぱり楽しい、楽しいですね。純粋に」

病気と生きる私の歌が誰かを照らす光になるように。蒼さんはこれからも前を向いて歌い続ける。

(福島テレビ)

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