元大企業勤めの妻の親は、退職金で毎年海外旅行をしています。私の父は元中小企業勤めで「退職金は老後資金にする」と言います。退職金にそんなに差があるのでしょうか?

大企業、中小企業とは

まず、大企業・中小企業の範囲を捉えておきましょう。中小企業基本法では、中小企業者、小規模企業者の範囲を図表1のように定めています。

図表1

ここで、中小企業者において、資本金と従業員のどちらかの基準を満たせば、中小企業者に該当します。両方を満たす必要はありません。

退職金は企業規模によって違うの?

次に、企業規模による退職金の違いを、モデル退職金額(学校卒業後、直ちにその企業に就職し、標準的な昇進をした場合)で比較してみましょう。

「令和5年賃金事情等総合調査」(「令和5年賃金事情調査」と「令和5年退職金、年金及び定年制事情調査」)は、運輸・交通関係業種以外は 資本金 5億円以上 かつ 労働者 1000 人以上の企業、つまり、大企業に分類される企業を調査したものです。

「令和5年退職金、年金及び定年制事情調査」により、定年退職の場合の退職金額は、以下の調査結果になっています。退職年金制度がある場合、その金額も含んでいます。

※( )内は令和3年度の調査結果

__・調査産業計 大学卒2858万4000(2563万9000)円、高校卒2162万5000(1971万2000)円
・製造業 大学卒2801万9000(2342万1000円)円、高校卒2081万5000(1875万3000)円
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__・調査産業計 高校卒1936万6000円(1839万7000円)
・製造業 高校卒1951万1000円(1824万4000円)
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一方で、中小企業の場合は、東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情(令和4年版)」により、以下のとおりになっています。

__大学卒1091万8000円
高校卒 994万円
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上述の令和3年度の大企業と比較しても、大学卒は1472万1000円、高校卒は830万4000円の差があります。また、退職一時金と企業年金制度がある場合を、大卒事務・技術職(総合職)調査産業計のモデル退職金で見ても、

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大企業:3019万4000円(退職一時金1616万3000円+退職年金原価額1403万1000円)
中小企業:1319万2000円(退職一時金のみの企業は997万4000円)
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退職一時金のみは618万9000円の差に対し、退職年金の導入もある場合は、170万200円も差があります。

給与格差は、公的年金の格差

ところで、公的年金は企業規模により大きく異なるのでしょうか。厚生年金(報酬比例部分)は現役時代の給与・賞与で作られます。

加入期間の、標準報酬月額(給与)と標準賞与額を加入期間で割って、平均標準報酬額を算出します。よって、給与の格差は、そのまま年金の格差につながります。令和5年の賃金の調査産業計の平均は、以下のとおりです。

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・大企業:38万1300円(所定内賃金)+6万5300円(所定外賃金)=44万6000円
・中小企業:37万9800円(所定内賃金)+2万7300円(所定外賃金)=40万7100円
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ただし、あくまでも平均値であり、大学卒モデル所定内賃金(通勤手当除く)の平均値は459万6000円(所定内賃金)あり、中小企業と比較すると、入社時(22歳)大企業23万4000円、中小企業22万2005円で約1万円の差に対し、ピーク時(55歳)大企業61万7000円、中小企業44万605円で約17万円もの差があります。

中小企業の場合は、産業別による格差が大きく、所定内賃金(通勤手当含む)は金融・保険業58万972円が最も高く、最も安い学習支援29万5568円との差が28万5404円もあります。

それでは、大学卒業後に入社して60歳で退職した場合、賃金の平均値から年金がどのくらいになるのか見てみましょう。

○基礎年金部分 令和6年度の国民年金額は満額で81万6000円より、38年間の納付の場合は77万5200円です。……A

○厚生年金(報酬比例分)は、以下の(1)と(2)を合計して算出しますが、おおよその目安のため(2)で計算します。

・平成15年3月以前の加入期間分
平均標準報酬月額×7.125/1000×平成15年3月までの加入月数……(1)

・平成15年4月以降の加入期間分は、
平均標準報酬額×5.481/1000×平成15年4月以降の加入月数……(2)
(出典:日本年金機構「は行 報酬比例部分」)

大企業44万円、中小企業41万円とします。賞与は、年間で大企業5.4ヶ月分、中小企業2.99ヶ月分より、平均標準報酬額を大企業56万円、中小企業47万円とします。この条件で38年間(平成15年4月以降を20年間)とすると、以下のようになります。

・大企業の場合
56万円×5.481/1000×38年×12月=139万9628円
大企業・大卒の所定内賃金を簡易的に見積もると、標準報酬月額47万円として、68万1000円×5.481/000×38年×12月=170万2047円

・中小企業の場合
47万円×5.481/1000×38年×12月=117万4687円

これより、配偶者が専業主婦(夫)の場合を考えると、国民年金も同額とした場合の世帯の年金は以下のとおりになります。

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・大企業:約295万円(月額24万円)、大企業大学卒:約320万円(月額27万円)
・中小企業:約272万円(月額22万円)
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将来を見据えて対策を

総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2023年平均結果の概要」によれば、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の実収入は24万4580円、可処分所得が21万3042円に対し、消費支出は25万959円で、3万7917円の不足です。

これらはあくまでも平均値によるもので、退職金も賃金も、業種・学歴・男女別により異なります。生活費も、持ち家か賃貸か、健康状態、家族構成により支出にも差があります。同じイベントにどれだけお金をかけるかも、家庭により異なります。

60歳定年で無職になると、生活費年間300万円×5年間と、以降年金不足分3万8000円×12ヶ月×30年間で2868万円が必要となります。

しかし、大企業の大学卒の場合、公的年金で老後の生活が賄えるため、退職から年金受給までの5年間の分を退職金の取り崩しをしても、1000万円以上の余裕があります。将来配偶者がおひとりになっても月17万円ほどあるので、奥さまの親御さまは毎年海外旅行を楽しんでいらっしゃるのでしょう。

一方、中小企業の場合、退職金では不足分を賄いきれません。Aさんのお父さまが、まず、退職金を老後資金にされるのはそのためです。それだけでは足りないので、少しでも長く働いて年金を繰下げるか、年金+給与で貯蓄と生活費にする等、将来を見据えた行動が必要になります。

老後の暮らしは、一人ひとり異なります。まず現状を見て、定年後に入ってくるお金・出て行くお金を把握し、不足分の対策(自助努力による資金作り等)をしておくことが大切です。

出典

中小企業庁 中小企業の定義に関するよくある質問
中央労働委員会 令和5年賃金事情等総合調査
中央労働委員会 令和4年賃金事情等総合調査
中央労働委員会 令和3年賃金事情等総合調査
東京都産業労働局 中小企業の賃金事情(令和5年版)
東京都産業労働局 中小企業の賃金・退職金事情(令和4年版)
総務省統計局 家計調査報告(家計収支編)2023年(令和5年)平均結果の概要
日本年金機構 老齢厚生年金の受給要件・支給開始時期・年金額
日本年金機構 は行 報酬比例部分

執筆者:林智慮
CFP(R)認定者

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