ミューオン加速器開発 世界初、実証に成功 高エネ研・茨城大など 茨城

ミューオンの停止や加速の技術について説明する三部勉教授=東海村白方

高エネルギー加速器研究機構(KEK)や茨城大などの研究グループが、物質を通り抜けるミュー粒子(ミューオン)を停止、加速させる技術の実証に世界で初めて成功した。技術開発を進め、2026年にもミューオン加速器が実現する。素粒子理論の検証や人体の細部が観察できる顕微鏡、コンテナ貨物の検査など、さまざまな形での応用に期待がかかる。

ミューオンは、宇宙から地球に降り注ぐ「宇宙線」の一種。高い透過性を持つことから建物の内部を透視する際などに使われ、東京電力福島第1原発の炉内調査やピラミッド探索などに用いられた。加速器を使って人工的に作ることはできるが、向きや速さのばらつきが大きく、実験の多くで効率よく活用できていなかった。

ミューオンにはプラスとマイナスの電荷があり、プラスの電荷を持つ正ミューオンは、ほぼ止まるまで減速して向きや速さをそろえる(冷却する)ことができる。その上で加速すれば、向きや速さがそろった指向性の高いミューオンビームが実現する。

研究グループは23年3月~24年4月、J-PARC物質・生命科学実験施設(茨城県東海村白方)で試験を実施。ミューオンをガラスと同じ素材に打ち込み、レーザーを照射することでほぼ停止状態とした正ミューオンを生成。高周波電場をかけ、光速の4%まで加速させることに成功した。実証は世界初という。

今後はミューオンを4段階で加速させる加速器(全長約50メートル)を同施設に設置。26年度に光速30%で運用を開始し、28年度に光速94%達成を目指す。今回の成功を受け、KEK素粒子原子核研究所の三部勉教授は「世界初のミューオン加速器の実現が視野に入った」と成果を強調する。

ミューオンの加速技術は今後、素粒子物理学や物質生命科学、地球科学など多分野の研究促進につながると期待される。その一つが、素粒子標準理論のほころびの検証だ。

米国の研究所が21年に行った実験では、ミューオンの磁力の測定値と標準理論に基づく予測にずれがあり、近年の実験では測定値が標準理論より大きい可能性が示唆された。研究グループは素粒子が持つ磁力の強さを測る「異常磁気能率」を、ミューオン加速器で精密に測ることで、標準理論のずれに決着をつけたい考え。

開発した技術の応用にも取り組む。透過型ミューオン顕微鏡で、生きた細胞やリンパ球を観察することが可能となり、脳科学などの研究に役立つと考えられている。小型化して持ち運びができる加速器が開発されれば、コンテナを開けずに中身を高精度で瞬時に判別することができる。

研究グループは24年を「ミューオン加速元年」と位置付ける。三部教授は「ミューオン加速の第一歩を踏み出せた」、KEKの下村浩一郎教授は「人類はようやく加速技術を手に入れた。それを活用した新しい時代が到来する」とそれぞれ述べ、研究の加速にも期待を寄せる。

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