相続税などで申告が必要な財産というと、現金や不動産、株式・投資信託などは多くの人が認識しているでしょう。ただ、税務署は「えっ、こんなモノにまで!?」と驚いてしまうような対象物にも課税します。そこで、具体的な事例をもとに、税務調査で狙われやすい“意外な資産”をみていきましょう。多賀谷会計事務所の宮路幸人税理士が解説します。
ワインを見せていただけますか?→1,500万円の追徴課税
ある日、年金暮らしのAさん(75歳・女性)のもとに、税務署から「税務調査に伺いたい」と連絡がありました。聞くと、2年前に亡くなった元会社役員の夫Bさんの相続税について確認したいとのこと。
当日は緊張していたAさんでしたが、税務調査は拍子抜けするほど和やかな雰囲気で始まりました。Aさんは夫を亡くしてから一人暮らしだったこともあり、柔和な調査官との雑談で話が弾み、Aさんの緊張は徐々にほどけていきました。
少しして、調査官はAさんに次のように尋ねます。
調査官「Bさんは海外勤務が長かったとお聞きしましたが、ご趣味はおありでしたか?」
Aさん「夫はワインが大好きで。収集したワインの保管のために、わざわざ部屋を借りていたんですよ。私はワインにさほど興味がないので、本当は部屋を解約して処分してしまいたいのですが……。あの人が大事にしていたことを思うと、なかなか踏ん切りがつかなくて」
調査官「その部屋を見せていただけますか?」
Aさん「えっ、ええ、もちろん大丈夫ですよ。でも、ワインなんて見てどうするんですか……?」
Bさんは現役時代海外勤務が多く、バブルのころ出張先のフランスで飲んだワインにドハマり。それ以来、ワインを嗜むことがBさんの趣味だったそうです。
戸惑いながらも、Aさんは調査官を夫の“ワイン部屋”に案内しました。部屋を開けると、そこには何台もの大きなワインクーラーがあり、なかには誰しも耳にしたことのあるような有名高級ワインもあります。
調査官「これはすごい……! 私は恥ずかしながらワインに明るくないのですが、私でも知っている有名なものがたくさんありますね」
その後詳しく鑑定した結果、Bさんが所有していたワインには約3,000万円の価値があることが発覚しました。
その結果、加算税や延滞税を含め1,500万円の追徴課税が発生。Aさんは大金を支払うため、夫が大事にしていたヴィンテージワインを泣く泣く売却することとなってしまったのでした。
相続税の課税対象は“経済的価値があるものすべて”
相続税の課税対象となるものは、土地や建物などの不動産のほか、現金、預金、有価証券が代表的です。しかし、このほかにも、経済的価値があるものすべてが相続税の課税対象財産となります。
1つで5万円超の財産は、相続税申告の際に個別に計上していかなければいけません。今回の事例で取り上げた高級ワインのほか、車や絵画、骨とう品など、こうした動産についても相続財産として申告する必要があります。
なお、単体でそれほど高価な家庭用財産がない場合には、「家財一式10万円」などとしてまとめて申告するケースも多いです。
“好き”が災い…ワインの価値が「3,000万円」になったワケ
Bさんは、出張で訪れたフランスでワインに出会ったことをきっかけに、ワイン集めが趣味になりました。
もともと凝り性であったこともあり、休みのたびにワイナリー巡りをするようになり、日本に帰ってからも雑誌やインターネットなどで情報収集を続けていたそうです。また時折、Bさんが主導でワイン好きな仲間を集め、ワイン会を開催していました。
Bさんは帰国時、小さなワインセラーを購入。はじめはそこに収まるよう、収集するワインを厳選していましたが、しだいに大きなワインセラーが必要になりました。その大きなワインセラーもやがてパンパンになり、「ワインが家に入りきらない」と、Bさんは最終的に自宅近くの賃貸物件を契約。“ワイン専用部屋”が誕生することとなったそうです。
Bさんに投資などの目的はなく、あくまでもワイン好きが高じて長年ワイン収集をしていましたが、なかには年代物のヴィンテージワインもありました。
また近年ワインの価格は高騰しており、Bさんが保有していたワインの価値も上がっていたのです。
こうした背景もあり、税務署がバイヤーなどの専門家に依頼し鑑定評価してもらったところ、Bさんが集めたワインは3,000万円の価値があると認められました。
高級ワインは「投資対象」としても有用だが…
日本ではまだポピュラーではありませんが、ヨーロッパにおいて「ワイン投資」は歴史が深く、伝統的な資産運用手法のひとつです。
基本的には有名な高級ワインが投資対象となり、投資家はワインを実物資産として保有し、時間とともに熟成が進み、より価値が高まってから売却します。
前段で「近年ワイン価格が高騰している」と述べましたが、たとえば日本でも、1990年頃はボルドーの5大シャトーが1~2万円で購入できましたが、いまでは10万円を超える値段がついています。
5大シャトーの年代物や、カルトワインと言われる入手困難なもので1本50万円~数百万円するものも珍しくありません。高いワインの売買例としては、2018年にサザビーズで1945年もののロマネ・コンティ2本がそれぞれ6,300万円、5,600万円で売買されました。
一般的に、お酒のような飲料を相続税対象として申告することはありませんが、市場性があり、その価格で売却できると認められるものであれば、相続税の申告の際に含めなければなりません。
したがって、高級なワインを保有している場合は申告に含めるのが無難です。また、投資で利益を出した場合には原則必ず申告を行いましょう。
自覚の有無は関係なく、資産価値があればその財産は漏れなく「課税対象」となります。心当たりがある場合はお気をつけください。
相続人がこうした財産の存在に気づかずに、あとから「申告漏れ」となるケースは決して珍しくありません。こうしたトラブルを防ぐためにも、生前に遺言書や財産目録を作成しておくことをおすすめします。
宮路 幸人
多賀谷会計事務所
税理士/CFP