『学園アイドルマスター』有村麻央の格好良さと可愛さに揺れ動く姿に感じた、“現代の菊地真”の姿

アイドルマスターと出会ったのは、765プロダクションのメンバーが活躍するアニメ『アイドルマスター』を視聴したのが初めてだったと思う。当時、アニメを視聴しながら菊地真に惹かれていたのを今でも覚えている。ボーイッシュなビジュアルでありながら、内面に乙女な心を持ち合わせる彼女のことは、女性らしさを持ちながら、格好良さも併せ持つ、筆者にとって憧れの女性像として深く刻まれた。

「アイドルマスター」シリーズに関しては、その後もガッツリハマるわけではなかったものの、「シンデレラガールズ」のアニメを観て二宮飛鳥や木村夏樹といった好みのキャラクターに出会ったり、「シャイニーカラーズ」ではサービス開始当初から白瀬咲耶に惹かれたり、さらにそこから派生してストレイライトの面々にドハマリしたりと、ライトなファンとして楽しんできた。

ゲームの方はといえば、『アイドルマスター シャイニーカラーズ 』をプレイしてはいたものの、少し遠のいていた。そんななかで今回、新ブランドとして『学園アイドルマスター』が登場したことを機に、あらためてゲームをプレイしてみることに。

そして歴代作品同様、今作にも「カッコイイアイドル枠」が存在する。それが有村麻央だ。しかし、最初に彼女のビジュアルを見たとき、筆者は少しばかりの違和感を感じていた。その後のお披露目生配信を視聴して、違和感の正体に気が付いた。有村麻央は、自分が思っていたよりも可愛いキャラクターだったのである。

「自分が想像(期待)していたアイドル像とは異なるかもしれない」と思いつつも、ひとまずプロデュースしてみた。結果、完全に手のひらを返すこととなった。本稿では、そんな有村麻央の魅力を語りつつ、筆者が「アイマス」好きになった原点でもある菊地真との対比を通して、現代における「カッコイイ枠」の在り方について考えていく。

■初邂逅の衝撃 「もしかしてカッコイイ系のキャラじゃないのか?」

まずは、有村麻央が本格的にお披露目された生放送を視聴したときのインプレッションを振り返っていく。PVを見たとき、有村麻央の声がかわいい系で、身長が低いことに気が付く。くわえて目のデザインに関しても、キービジュアルを見る限りでは微笑んでいて気にならなかったが、よく見れば少し垂れ目気味で可愛く描かれている。順当にカッコイイ系のアイドルが出てくるものと思っていたので、正直に言えば面くらった。

同作のプロデューサー・小美野日出文氏は、声優をキャスティングするにあたっての裏話をYouTubeで配信された事前番組『初星学園HR』で語っている。有村麻央のキャスティングにあたっては、「カッコよく演じて欲しいわけではなく、アンニュイさを求めて念入りに選んだ」とのこと。「思っていた方向性とは少し違うみたいだな」と思いつつも、意図があってのキャスティングということなので、信じてプレイしてみることにした。

■カワイイを受け入れることによって、カッコイイ姿に近づく

ゲームの話に移る前に、有村麻央のプロフィールを見ていこう。彼女は「カッコイイ王子様」を目指しているアイドルだ。歌劇のスターを夢見て子役時代から活躍していたが、王子様とかけ離れた身体の成長にギャップを覚えるように。

出身は兵庫県で、これは兵庫県宝塚市に本拠地を置く「宝塚歌劇団」を意識した設定であろう。宝塚をイメージしていることを踏まえて身長を確認すると157cmと、女性としては平均的な身長であることがわかる。女性としては平均的であっても、歌劇で王子役を演じるには足りないと思われたのかもしれない。だからこそ、歌劇の道からアイドルの道に転向したのだろう。

そんな彼女は学生の間で「リトルプリンス」と呼ばれており、過去のプロデューサーがカワイイ系のアイドルとしてやっていこうと提案したのを拒否し続けていた。

そこで新たにプロデューサーに就任する主人公が提案したのは、可愛さを“受け入れること”だった。格好良さとは、外見で左右されるものでなく、ありのままで輝いている姿のことであり、現状から目をそらしているだけなのだと説得する。可愛いアイドルを目指すことで、格好良さが最大限に引き出せるという、いわばギャップを狙う「無敵の王子様系アイドル」としてプロデュースすることになるのだ。

そんなプロデューサーの熱意に押され、次第に有村自身も「可愛い自分」と向き合い、自分らしさを見つめ直すことでコンプレックスから解き放たれていく。

■「現実を受け入れること」で生まれた、アイドルとして羽化する姿

実際にプレイしてみた感想としては、筆者が当初求めていたものとは違ったが、アイドルの成長を繊細に描いた良いストーリーだと感じた。有村の理想である「純粋な格好良さ」ではなく、自身に備わった可愛さを武器として使っていくこと、それを受け入れていく過程には一抹の寂しさを覚える瞬間もあった。しかし、格好良さへの執着から解き放たれることで、有村が自分自身を好きになっていく過程を見ていると、そこにはたしかにアイドルとしての魅力や輝きがあった。

ストーリーを進めていくと、最後には彼女の持ち歌である「Fluorite」が披露される。有村麻央を体現するような、内なる自分を受け入れて輝くさまを描いた楽曲なのだが、それを歌唱する彼女の歌声と表情は必見だ。

作中で語られた通り、可愛さの中に格好良さがチラ見えすることで、それがより際立つのである。

正直なところ、プロデュース方針に関して「妥当ではあるもののギャップ狙いか……」と思ってしまった瞬間もあった。しかし、プロデュースを踏まえたうえで前述のライブシーンを見ると、本当に魅力を引き出せている。プロデューサーに対して「半信半疑でいて申し訳なかった」と謝りたい気持ちだ。

■そもそも何故菊地真に惹かれたのか その頃の気持ちを思い出す

自身と向き合い、可愛さを受け入れることで格好良さと両立させた有村の姿は、そもそも何故自分が菊地真に惹かれたのかを思い出すきっかけにもなってくれた。そもそも筆者が菊地真に惹かれたのは、有村麻央と同様に格好良さと可愛さのあわいを描く、理想と現実で揺れ動く狭間を写し取ったアイドルだからである。

菊地真が初めて登場した初代『アイドルマスター』は来年で20周年を迎える。菊地真で描かれたアイドル像や魅力は、形を変えてもなお輝き続ける普遍的なパワーがあると言える。その証拠に、菊地真は今もなお後継作品で活躍し続けている。

そして、そんな節目に登場した有村麻央は菊地真のコンセプトを再構築したアイドルなのだとも思える。幼少期の憧れが自身にとっての原点となり、成長とともに自身の外見によって悩まされることになる……そんな背景を持つふたり。異なる点としては、菊地真は格好良さを、有村麻央は可愛さを周囲から求められていることだろうか。ある種、鏡合わせのような関係性も見いだせる。

その菊地真を再解釈するように本作で描かれた有村麻央の物語は、自分らしさを優しく受け入れる内容となった。

有村麻央は、自分らしさに悩む人を応援するアイドルであり、「一歩を踏み出せば、きっと輝ける」ということを伝えてくれるアイドルである。筆者にとっては、昔憧れた菊地真をふたたび思わせてくれ、あらためて勇気づけてくれるものであった。これからもぜひ、有村麻央をプロデュースをさせてもらいたい。

(文=東雲りん)

© 株式会社blueprint