“隠れ日本代表”も加われば「かなり強い日本に」 5度目のW杯への本音、新生ジャパンでLO転向も意欲――リーチマイケル・インタビュー

新生日本代表には前向きなリーチマイケル、9年ぶりのエディージャパンで2027年W杯出場に意欲的だ【写真:(C)JRFU】

エディージャパンのキーマン代表合宿インタビュー前編

新生ラグビー日本代表の始動となる宮崎合宿が6月6日から始まった。9シーズンぶりに復帰したエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)が選んだメンバーは35人(5月30日発表時)。2027年ワールドカップ(W杯)オーストラリア大会へ向けた第1歩となる合宿で、第2次エディージャパンでキーマン、新たな力と期待の3人に話を聞いた。前編では、35歳の今も中心選手として活躍するリーチマイケル(東芝ブレイブルーパス東京)に話を聞く。第1次エディー体制(2012-15年)では主将として指揮官と共に戦い、いまだに戦力としても、精神的にも代表に欠くことが出来ない大黒柱が、新生ジャパンの可能性、そして大会期間中に39歳となる5度目のW杯への思いを語る。(取材・文=吉田 宏)

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“地獄の宮崎”も、今回はすこしだけ穏やかな空気が流れる。朝6時からの4部練習に「キツイ」を連発する若手を横目に、35歳の重鎮は涼しげだ。

「すごく楽しいです。前回の2015年のときとちょっと違ってね」

5部、6部の練習も科せられた2015年までの第1次エディージャパンを知るリーチには、まだ天国のようなものだ。初代表入りから16年。トレードマークの短髪に混じる白髪と目尻の皺は増えたが、桜のジャージーへのパッションは衰えない。9年ぶりにタッグを組む指揮官の復帰がモチベーションを高めるが、“地獄”からの変貌にはチームの進化を感じ取る。

「(2015年までの)エディーさんのワンマンショーじゃないですね。ミーティングではHC以外の人がどんどん前に出て喋るし、選手に対してはどこまでを目指すのか質問してくる。前の時はエディーが全部やらないと勝てないチームだった。僕らも弱かったし、どうやって勝つか分からなかったから。メンタル面もダメだった。あの時のアプローチは間違っていなかったが、今回はそういうことをやる必要はない」

チームの進化、変化の最大の理由にリーチは「自主性」を挙げる。背景には2つの要因があるという。1つは、2015年W杯での南アフリカ戦金星を号砲に、ベスト8まで勝ち上がった2019年大会、そして昨秋の23年大会と戦ってきたチーム、選手の成熟だ。2つ目は、2022年に誕生したリーグワンの存在。大挙加入したワールドクラスの選手と練習を続け、毎週対戦して、国際舞台で戦ってきたコーチが世界基準をチームに落とし込むことで、日本選手にも意識改革が進んでいる。リーチは、代表チームもすでに指揮官の手取り足取りじゃなくても戦えるまでに成長していると感じ取る。

そんな第2次エディージャパンが本格始動する中で、多くの関係者、ファンが注目するのは「超速ラグビー」だ。これまでもスピードを強みにしたラグビーを追求してきたのが日本代表のスタイル。ここから更に速さを上乗せすることが可能なのか、そして世界のトップ8の凌ぎ合いの中で、日本が目指す前回W杯で失った決勝トーナメント進出、過去最高位だったベスト8超えのための武器になるのか。宮崎での始動から、その取り組みは見え始めている。

密集戦からの球出しをより速め、アタックで目立ったのは“ループ”を積極的に使ったプレーだ。パスした選手が、レシーバーの外側に回り込んで再びボールを受けるサインプレーで、相手の防御をずらし、数的優位を作る狙いがある。ループに加えてシザース(ボール保持選手とレシーバーがクロスしてパス、パスダミーするプレー)、アングルを変えてのライン参加などを織り交ぜたプレーを繰り返した。1つ1つのプレーのスピ―ドはもちろんだが、スクラム、ラインアウトのセットアップの速さや、ラインアウトを決められた時間内にスローイングするなど、1つのプレーから次へと移行する速さ、判断のスピードも取り組んでいた。

エディーHCは第2次体制で「超速ラグビー」を落とし込んでいる【写真:(C)JRFU】

超速ラグビーのキーワードは「5歳児のようにプレーしろ」

“弟分”U20日本代表を宮崎に招いて11日に行われたゲーム形式のメニューで、「超速」を初めて“実戦配備”した。スピードをつけたサインプレーでのハンドリングミスも目立ち、指揮官も「アタックで何度もフェーズを重ねながら相手に重圧をかけ、モメンタム(勢い)を作れていたが、攻守の入替でのポジショニングのスピードは課題。実戦が出来たことが大きな収穫」という評価だったが、先発メンバーで出場したリーチは、超速の手応えをこう語っている。

「(スピードの上乗せは)大変ですけれど、出来ますね。このラグビーをするためにシェイプ(攻撃の陣形)もかなり変わってきています。10日に初めてチームとしてちゃんとした練習をして、これをどんどん継続的にやっていけば、超速ラグビーが繋がっていくと思います。そのためにも、選手が考えて動くのではなく、自然にアタック出来ることが大事。それは相手にとっては予測しづらいプレーです。例えばイングランド代表のラグビーは全部予測出来るけれど、日本は試合中に選手全員が動いているようなラグビー。ギリギリのところでプレーするから当然エラーは起こるけれど、ここはもっともっと成熟出来るはず。個人のスキルをどれだけ上げていけるかも重要です」

自分たちのプレーに速さを求めるのは、突き詰めれば相手に判断をする時間を与えないことを意味する。ゲームをカオス状態に持ち込むことで優位に立ちたい日本には、相手に余裕を持たせないことが重要な意味を持つ。同時に、日本が伝統的に目指してきた、相手の体力を消耗させる意図もある。そんな超速ラグビーを選手にイメージさせ、共有させるために、ミーティングでは指揮官からは興味深いアドバイスもあった。

「エディーは『どんどんボールを欲しがれ、どんどんボールをもらうために動け』と話しています。5歳のときを思い出してボールをくれくれというプレーをすれば、自然と超速ラグビーが出来るということです」

世界最高峰の戦いに挑む選手たちに、5歳児のようにプレーしろというのが超速ラグビーなのだ。

「ボールが動いている時に、超速ラグビーではループを多く使っていく。そこでも、どんどんボールをもらいに行けということです。ボールを触れるところに積極的に行って、ボールを自分から欲しがるようなイメージです」

ループの際にも、パッサーとレシーバー以外の周囲にいる選手が、ボールを貰おうと動くことで、相手防御に的を絞らせない効果を見込んでいる。5歳の子供のようなプレーを求めることで、変幻自在な攻撃スタイルをさらにバージョンアップさせようという意図が読み取れる。

メンバーに選ばれれば5度目の挑戦となる次回オーストラリア大会。現在35歳のリーチは「W杯に出たいという欲はない。1年1年を大事にしていきたい」と慎重な言い回しをしながらも、その言葉には自信が滲む。

「まだ元気だし、練習についていけている。(ベテラン向けの)別メニューもまだないから、元気なうちは勝負したい。いまの感覚はすごくいいし、今までで一番調子いいかも知れない。JP(ジョン・プライヤー代表パフォーマンスコーディネーター)も、動きはまだまだシャープに出来ると言ってくれているので、自分でも楽しみです」

宮崎合宿で開催された将来の日本代表選手育成のための「JAPAN TALENT SQUADプログラム」で講義をするリーチ、学生世代の育成にも力を注ぐ【写真:(C)JRFU】

やがて“隠れ日本代表”が加われば「かなり強い日本代表になる」

リーチについて、ジョーンズHC再任時から注目されるのがLO転向問題だ。指揮官は「基本的にはFW第3列の選手。4番で起用する可能性もある」と説明するが、前任のジェイミー・ジョセフHC時代にはLO転向を拒否し、今回も当初は「フロントローを押せるような肩幅じゃない」と消極的だったリーチも、軌道修正しているようだ。

「しっかりスクラムが組めれば、LOもやりたいなと思います。(LOが主に担う)ラインアウトでのボールキャッチは今までも得意だった。自分がLOに入ることで、いろいろなバリエーションが作れると思う。20番(リザーブのLO兼3列)でもいけるし、4番、6、7、8番をカバー出来れば自分のセールスポイントになるんじゃないか」

いまでも代表不動のメンバーという印象のリーチだが、本人の中ではこれからの代表選考の中で、自分が選ばれる新たなセールスポイントが必要だという思いもある。自分自身がLOと3列を兼務するユーティリティー選手になれば、控えメンバーの構成にも融通が利くという考え方だ。その背景には、リーチ自身のプレースタイルの変化がある。

東海大時代に代表クラスの選手に成長したリーチだが、当初はBKのようなスピードを持つNo8という攻撃的なキャラクターだった。奔放なランニングラグビーで知られるフィジー出身の母親の遺伝子もあるのだろう。だがキャリアを積む中で、アタック以上に危機察知能力をも生かした防御に持ち味が変わってきている。23年W杯での日本選手最多タックル(59回)という数値がその変貌をよく物語っているが、リーチ本人も「タックルのようなLOの仕事は好き」と自負する。LOとして密集戦、タックルで体を張るプレーにも自信を持っているからこそ、ポジションチェンジも厭わないのが2024年版のリーチマイケルだ。

新しい時代を迎えようとしている日本代表に対しても前向きだ。今回発表された代表メンバー35人のうち、昨秋のW杯経験者は15人、キャップ保有者は23人に対してノンキャップ12人と相当な若返りが図られた。FB松島幸太朗(東京SG)のように、今季を実質上のサバティカル(代表休止期間)に充てる主力選手もいるが、リーチは3年後のジャパンを、こう思い描いている。

「今回の平均年齢は25歳くらい(当初発表メンバーで26,1歳)。3年後には28歳になる。ちょうど体もいい状態になり、フィットネスもゲーム理解力も高くなっているはずです。それにプラスして、これから代表資格を得て入ってくる選手も含めると、相当いいメンバーになるんじゃないかと思います。ジェイコブ・ピアース(BL東京、LO)、ハリー・ホッキングス(東京SG、LO)だったり、オペティ・ヘル(S東京ベイ、PR)が入ってくるチームを考えると、かなり強い日本代表になると思う」

もちろん最終決断は個々の選手次第だが、外国人選手の「60か月の国内居住」という代表資格を今後クリアするであろう“隠れ日本代表”の潜在能力を踏まえると、2027年へ向けた選手層はかなり厚みを増していくというのがリーチの読みだ。その中で、こらから迎えるイングランドとのビッグマッチの価値も大きいと考えている。

「原田衛(BL東京、HO)やワーナー・ディアンズ(同、LO)ら若手がすごくいい経験が出来るのが今シーズンだと思う。彼らにとってはすごく大事な1年になるかなと思います」

これまでの主力メンバー数人が怪我や休養で代表参加を回避し、新たな“隠れ代表”が参入するまでの時間に、若手メンバーが実戦で経験値を積み上げることが、日本代表の課題でもある選手層の厚みを増すための最高の温床になるのは間違いない。強力なFWを伝統に、大型BKも揃えるイングランド代表は「世界」を知るためには最高の相手。同時にファンや世界のラグビー関係者に対しては、昨秋のW杯での直接対戦で完敗してプール戦敗退に終わった日本代表が、ジョーンズHCが復帰した新体制で存在感をアピールするためにもまたとないファーストテストになる。

世界トップ4を目指すチームでリーチは役割に変化を感じている【写真:(C)JRFU】

リーチ自身には役割に変化「常にチームのことを考えながら」

直近のイングランド戦に加えて、秋にもニュージーランド、フランス、再びイングランドと、世界トップクラスのビッグネームとの対戦が続く。勝負自体は相当過酷なものになるが、新たに代表ジャージーを掴んだ選手たちにとってはこの上ない経験を積める試合が続くことになる。若手に出場機会を与えながら、これから代表資格を得る見通しの海外勢とのミックスで、世界トップ4に食い込むチームを作り上げる――。こんなシナリオが見えてくる。

期待感が膨らむ新生日本代表で、リーチ自身の役割には変化があるという。

「変わる部分はあると思うんです。今のメンバーを見ると、世界のレベルを知っている選手が少なくなってきている。そこは自分がどんどんアウトプットしていかないといけない。話をしたり、練習でやってみせたり、コーチからのフィードバックを話すことも必要です。コミュニケーションを取ることが重要だし、常にチームのことを考えながらやっていくことが大事になると思う」

HO堀江翔太(埼玉WK)が昨季で現役を退き、長らくSHとして活躍してきた田中史朗(GR東葛)、流大(東京SG)も引退、代表辞退とチームを去る中で、リーチが日本代表としての経験を新たなメンバーたちに伝えていく役割を担う。2015年までの苦節、そして南アフリカから金星を挙げ、ベスト8に勝ち上がった経緯と誇りを第2次エディージャパンに共有させて、前に進んでいく。いち選手として、桜のジャージーの継承者として、まだまだ35歳の挑戦が尽きることはない。

吉田 宏 / Hiroshi Yoshida

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