病院が停電になると……

脅かされる入院生活

6月上旬のある日、病院に出勤するとエレベーターホールが薄暗い状態でした。近づくと、いつも点いている照明が点いていません。節電かな、と思いながらエレベーターに乗り、休憩室に行くと、そこも真っ暗。なんと停電だったのです。
同僚の話では、停電は前日の午後から始まったとのこと。範囲は、病院に3つある建物のうち、私が所属する病棟のある1つに限られていました。
その後病院から、停電の原因は外部から電気を引き込む太いケーブルの不具合だと説明がありました。工事が大規模になるため、完全復旧には最大10日かかる可能性があると言われました。

非常用電源により、スタッフステーション内の明かりや非常用工レベーターなどは使用できましたが、それだけではあまりに非力。時が経つにつれ、この状態で10日はもちこたえられない。そんな気持ちが強くなりました。
お湯が出ないので入浴ができない、コインランドリーが使えない、センサー機能付きトイレの水が流れない、自販機が使えない……。
1つ不都合が発覚するたび、患者さんには平謝りに謝り、上司に相談しながら対処していきます。対応については病院全体の統一も必要で、すぐに決まらないものもありました。

具体的な対応としては、まず入浴については身体を拭くウェットティッシュを配布。コインランドリーで洗濯ができない代わりに、通常は有料のパジャマを無料で貸すことにしました。
慢性期閉鎖病棟は、刺激を避ける閉鎖環境を必要とする患者さんが療養しています。自由に病棟外に出られない状況のなかで、飲み物を買う自販機は必要不可欠と言えます。
患者さんにとって自販機が使えない不満は私たちの想像以上に強く、希望に合わせて看護師が買い物を代行することになりました。
いまだ病院ではマスク着用や面会・外出の制限など、新型コロナウイルス感染症を防止するための制限を行っています。それだけでも申し訳ない気持ちでいるところに、この停電。何とかしなければと焦りました。

非常用電源の有効利用

私たちの業務も最低限のレベルを維持するために、ものすごく工夫しました。
絶対に稼働させなければならないのは、薬品や食品が入っている冷蔵庫、電子カルテ用のパソコン、医療機器、止まった空調に代わって換気するための扇風機など。これらを非常用コンセントにつなぐため、延長コードを病棟中からかき集めました。
普段ならば絶対NGのたこ足配線もあれば、長い延長コードの取り回しもあります。スタッフステーション内は見慣れぬコード類が足下に張り巡らされ、いかにも非常時の様相を呈していました。

ところが、必要最低限の機械が稼働し始めたところに、新たな問題が発生しました。患者さんが次々とスタッフステーションにやってきて、「スマホを充電させてほしい」と言い始めたのです。
通常は各ベッドにあるコンセントを使い、それぞれ自分で充電していたスマホ。しかし、停電によリコンセントに電気が来ないため、スマホの充電が切れる人が続出したのです。
精神科病院において、「通信の自由」の保証は非常に重要視されています。その意味でも、スマホが使えないのは好ましくありません。
さらに、患者さんのストレスも極限状態で、これ以上不便はかけられない。そんな気持ちもありました。
かくして、スマホと電源コードを預かり、スタッフステーション内で充電することに。そのために非常用電源を1つ空け、10口の電源タップを使い、即席の充電ステーションをつくりました。
60人の患者さんのうち、半数程度はこの日のうちに充電しました。
充電が終わったスマホと電源コードを返却し、次の人のスマホを充電する。落ち着いた状況なら何でもない作業なのでしょうが、かなりの負担になりました。

この日は梅雨の蒸し暑さはあったものの、猛暑ほどではありません。それでもエアコンと換気扇が止まったことで、室内はかなりの暑さになりました。
非常用電源のみでは使える扇風機もわずか。これが真夏だったらどうなっていたかと思います。

停電への備え

幸い、この日の終わりには、翌日の復旧が決定。翌日の夜には停電が解消する見込みが立ち、本当にほっとしました。
今回の体験から、今後必要だと思ったことをまとめてみます。
まずは、マニュアルの作成。今回は病院設備の不具合による停電でしたが、集中豪雨や雷など天災による停電も起こり得ます。火災や地震のような防災訓練とまではいかなくても、いざという時に参照できるマニュアルがあれば、もっと素早く対処できたと思います。
入浴や洗濯ができない、自販機が使えない、といった時に、今回とった対応でよかったのか。もしそれでよいのなら、マニュアルに記載すれば、次に活かせるでしょう。
入浴ができない、洗濯ができない、というのは患者さんにとって、大きなストレスになります。即座に対策を明示し、少しでも負担を減らしたいと思います。

次に、停電になっても対処できる、日常的な備えも大切です。
まず、前述した非常用電源のコンセント。これには、日頃から必要不可欠なものを接続するといいでしょう。すぐに使えるよう、延長コードの準備もしておけば安心です。
ノートパソコンについて言えば、本来は充電式。使えるコンセントが限られている時、充電がなくなってからコンセントにつなぐという使い方ができるはずです。
ころが、病棟のノートパソコンには、充電がほとんどできなくなっているものもありました。恐らく、常に電源コードをつなぎながら使用していたため、充電池が劣化したものと思われます。
いざという時の備えとして、ノートパソコンは充電で使えることが望ましい。可能なら、そのように整備しておきたいものです。

次に、停電時に使えなくなる設備の対応を知っておきましょう。たとえば、センサーで水が流れるトイレなどは、停電するとセンサーが作動しません。そうした時に水を流すボタンがどこにあるか、平常時に調べておくことをお勧めします。

今回、停電の大変さを痛感しました。私自身の体験はたった1日。それでも、通常とはまったく違う業務に時間を割かれ、必要な業務になかなか辿り着けません。このストレスは、かなりのものでした。
地震、台風などに見舞われれば、こうした生活が長期間続くことになります。改めて、被災者の苦労を思いました。
皆さんの職場では、停電の備えはありますか?すぐにできることとして、非常用電源のコンセントから確認してみてはいかがでしょうか。(『ヘルスケア・レストラン』2023年8月号)

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

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