仕事で悩む若者は適応障害なのか 【第9回】「適応障害の診断基準は、ある程度明らかな輪郭があります」

第3章  ≪エピソード≫ 職場に行くのがつらい

4 メンタルクリニックを利用する

休職に入っても症状がよくならず治療が長くかかる人もいますが、診断書を出してもらってパッと退職するケースなどは、目的は治療と言うよりも社会関係の穏便な解消であると考えられるので、それが達成されると症状もよくなるのでしょう。言ってしまうと、メンタルクリニック利用型です。ある意味では問題解決的に行動していることになり、リスクは他のタイプよりは高くありません。

また診断書を希望するのは若者だけではありません。中年以降で技術職から事務職に変わるなど今までと違う仕事に異動になり、うまく行かず、抑うつ状態になり、メンタルクリニックを受診し、診断書を希望する人もいます。

病名(障害名)と療養見込み期間だけでなく、異動してから具合が悪くなった、あるいは今の仕事が原因であるという意見を書いてほしいという人もいます(初診でなおかつ現場を見ているわけではないし、わからないことはわからない、書けないことは書けないのですが)。

職場もしくは仕事内容によって、心身ともに具合が悪くなった場合の受け皿が、今やメンタルクリニックであり、救いを求めるあるいは利用するという社会的アイテムになっているのかもしれません。

これらのエピソードが同じ状態、同じ障害群を指しているかどうかはわかりません。若者が職場や仕事に対しストレスを感じ、身体症状を伴う精神症状を呈しているということしか共通点はありません。

ストレスに対する反応や症状も、個人の性格・能力と職場の環境・状況の複合的な帰結と考えられるので、十人いたら十人違います。同じような状況にいても、反応を起こす人も起こさない人もいます。反応を起こさない人から見ると、起こす人はその状況への適応に障害をきたしていると表現されても違和感はありません。

この「適応できていないよねー」と日常会話で表現するのと、精神障害に数えられている適応障害には違いがあります。日常的にうまく行っていなくても、精神障害であるとは言えません。

しかしながら、これら若者の症状は、やはり第2章で見た適応障害の説明とは若干ズレています。これはどういうことでしょう。

精神障害の基準に照らして

適応障害の診断基準は、第2章で見ましたが、ある程度明らかな輪郭があります。

ひとつには、ストレスの原因となっている出来事が「はっきりと確認できるストレス因」(DSM‐5)、「重大な生活の変化、ストレス性の生活上の出来事」とし、重篤な身体疾患、死別、分離体験、移住、亡命などをあげています(ICD‐10)。

避けることのできない、自分の力ではどうすることもできないような出来事です。自分の裁量の余地はありません。

もうひとつは発生の時期です。その出来事が起こってから3カ月以内に発症するとなっています。

ガーン! と自分ではどうすることもできない出来事に見舞われ、その反応として比較的早い時期に症状が出るという感じです。そしてその症状が6カ月以上続く場合は他の疾患を考えるとなっています。

しかし、繰り返しになりますが、若者のエピソードとどうも合っていません。まずこのストレスの原因となっている出来事は就職や仕事で、重篤な身体疾患、死別、分離体験、移住、亡命には当たりません。多くの場合、本人が希望して来たのです。

そしてまた、その職場や仕事を辞める自由もあります。診断基準で想定されているストレスの種類や重大さが異なっているのではないかということは否めません。

そして症状の発生時期ですが、はっきりしません。メンタルクリニックを訪れるまで3カ月以内とは限りませんし、1カ月から1年以上とまちまちです。先に述べた重大なストレスのように、ある日突然見舞われるというよりも、毎日の仕事が進行する中での何か(きっかけ、あるいは継続されたストレスの結果など)になり、発生時期は特定できません。

そして診断基準で言及されていないのが、身体症状です。適応障害の主な症状として、精神的な苦痛と社会生活上の重大な機能の障害と説明されています。それに伴うものとして、抑うつ気分、不安、行為障害があげられています。身体症状については言及されていません。

何となく常識的に「精神的に落ち込めば身体症状も出るさ」と言いたくなりますが、基準としては言及がありません。しかし若者の訴えの前景、始めに訴えるのは、身体症状です。

精神的なことが原因で身体症状が出ることはよく知られています。

昔から自律神経失調症、心身症、精神身体症など言われていますが、これらは現在の精神障害の基準には載っておらず、身体症状症(身体症状をめぐる精神症状)や身体表現性などと表現されていますが、検査をしても身体の病気は見当たらないのにずっとこの病気だと思っているとか、病気なのではないかと不安でたまらないなど、もっと精神的な病気としてはっきりしています。

ではこの身体症状は何でしょう。もちろん基準に載っていないから、そういう病気はありませんということではないと思いますし、ストレスが原因で心理的なつらさがあるのは明らかで、その反応であることも見て取れます。

(こんなことはみんなやっている、通ってきたことだとわかっている。それができないのは自分のせいだ)

(でもやりたくない、行きたくない)

(でも行かなければならない)

(でもイヤだ)

そんな隠れている声が聞こえてきそうです。そうやって自分を抑制しムリに従わせようとすると体が反応してきた、そんな感じです。そうして仕事ができなくなる、行けなくなると、適応できていない、適応に障害があると判断される、そんなところでしょうか。身体症状については、あとでもう少し考えてみたいと思います。


※本記事は、2022年9月刊行の書籍『仕事で悩む若者は適応障害なのか』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。

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