受験失敗しても「おめでとう」秘密は母の“超ポジティブ”子育て術 22歳の諸沢莉乃さんが「ココイチFCの新社長」になるまで

大手カレーチェーン「カレーハウスCoCo壱番屋」のフランチャイズを展開する会社「スカイスクレイパー」の新社長に就任した諸沢莉乃さんは、アルバイトから大抜てきされた22歳だ。「僕にとって本当にラッキーです」と前社長も絶賛するほどの、彼女の底抜けに前向きな経営者気質の原点には、母親の“超ポジティブ”な子育て術があった。

“できない店員”から「接客のプロ」、社長へ

「東和銀行」担当者:
若いですね…ウチの新入行員、今年23歳ですか?」
諸沢莉乃社長:
そうです。
西牧大輔会長:
だから新卒の年なんですよ。

「東和銀行」担当者:
うちに新卒で入った子がいるんですけど、社長でしょ?
諸沢莉乃社長:
はいっ!

若すぎる新社長の就任に取引銀行も、思わず溜息をついた。

諸沢莉乃社長:
こういうのは今日が初めてですかね。今日この後もバタバタと銀行さんとかとお会いするんですけど、社長になったっていう感じしますね。
――うれしい?
諸沢莉乃社長:
うんうん。新しいこと、うれしいです。

諸沢莉乃さんは、2001年生まれの22歳。彼女は2024年4月30日までココイチFCのアルバイトだった。そんな彼女が突如、年商約22億円企業の社長に就任したとあって、メディアはこぞってその“珍事”を伝えた。

14日、カメラの前に現れた22歳の新社長は、構えたこちらが拍子抜けしてしまうほど自然体だった。

諸沢社長:
おはようございます!
ディレクター:
おはようございます!よろしくお願いします。今日は、全然雰囲気が違いますね。
諸沢社長:
(現場用の)戦闘着!恥ずかしい。これ、アルバイトして、初めて2万円出して買ったリュックです。7年間愛用中。高校生の時からずっと。

ところが、店の制服に着替え、一歩店内に入ると、その顔には自信がみなぎった。

諸沢社長:
(みんなは)黒とか青のシャツなんですけど、(私は)白なんですよ。

「白シャツ」は、全国に2万人以上いるココイチスタッフの中から“スター”という接客が優秀なスタッフに配られる制服で、31人しか着ていないという。諸沢社長は「接客のプロ」だったのだ。

彼女が社長を務めるのは、「カレーハウスCoCo壱番屋」のフランチャイジーとしてココイチを25店舗経営する、いわゆる加盟店。年商約22億の企業で、社員、アルバイトなど合わせて総勢400人を超える所帯を切り盛りするのが新社長に課せられたミッションだ。

久々に現場に出たという彼女の胸には本部から授かった「スター」の証が光る。その動きは、いかにも“できる店員”といった風情だが、実は、バイトとして始めてフロアに立った頃は今とは全く違ったという。

諸沢社長:
この福神漬け詰めてって言われたら、もうこれしかできないんですよ。一生懸命これ。発声だったら「いらっしゃいませ」これだけ。注文を受けた席からフロアまで、二宮金次郎みたいな。だから、お客さまが入ってきても気づかないんです。

なぜそんな彼女が、社長にまで登り詰めることができたのか? 取材を進めると、どうやらそのルーツは母親の子育て術にあるらしい。

諸沢社長:
母は老人ホームで働いていたんですけど、老人ホームに行って、そこのおじいちゃん、おばあちゃんに遊んでもらってたり…。

そんな時、介護職だった母は必ず、幼い彼女の手を取り「おじいちゃん、おばあちゃんに会ったら、必ず目を合わせてごあいさつするのよ」と教えていた。

諸沢社長:
礼儀にはすごく厳しかったので、「絶対に目を見てあいさつしなさい」と、会う前に言われていましたね。

「みんながハッピーに」母のまねをして“人助け”

ある日、母が何かに気づいたのか走っていったことがあった。見ると、そこでは高齢の女性が両手に重い荷物持っていた。すると母は「大丈夫ですか、階段の上までお持ちしましょう」とすかさず声を掛けて女性を助けたという。

諸沢社長:
かっこいいなと思って。母がやっていたこと。感動したんですね、初めてそういう人見たんで。

その数日後、諸沢社長は、同じ集合住宅の同じ棟に住む高齢の女性が両手に大きな袋を抱えているのを見かけ、早速母のまねをして、荷物を持ち、女性を部屋まで送った。その後、女性は諸沢社長の部屋を訪ね、お礼にと赤飯を持ってきてくれた。そのやりとりを見ていた母は、「よかったね。きっと、すごく嬉しかったんだと思うよ」と、我が事のように喜んでくれたという。

諸沢社長:
私は母がやってることを「かっこいいな」と思って。それを真似してやっただけなのに、お赤飯もらえて、父と母に褒められて、みんなハッピーになるなって。

第一志望に落ちても「おめでとう」

一方、学校の成績は振るわなかったという。

諸沢社長:
勉強はできないですよね。漢字テストを頑張ってました。覚えれば100点取れるので。
――歴史も覚えたらできません?
諸沢社長:
ちょっと長くないですか?覚えるものが。
――漢字は一文字だから?
諸沢社長:
そうです。そうです。バカが言うこと!(笑)

成績は最悪だったがそんな時も、母は「あら、すごくいいじゃない!頑張ったのね」と褒めてくれた。

諸沢社長:
5段階評価よりも(母は)先生からのコメントを見るんですよ。「莉乃はいつも明るいんだね」とか、そういうプラスなことしか言われたことないです。

いつも母の背中を見ていた彼女の成績表には「友だちに対して温かい気持ちで接し、親切にすることができました」「みんなの立場になって、考えていく力がさらに高まり」などの言葉が並んでいた。家庭からの連絡欄を見ると、母もまた「娘の良さが学校でも出せていることに安心しました」と、根っからのポジティブシンキングだった。

その極めつきが、中学3年の三者面談だった。「お母さんもご存じのように、今回のテストはですね…」と、先生が言いかけたところ、母は「いや、先生。前回は(100点満点で)6点だったけど今回は8点じゃないですか。2点も上がった。莉乃、よく頑張ったね!」と言ったという。

諸沢社長:
先生もポカーンとしちゃって、しかも受験期じゃないですか。もうそろそろやばいのに、母はもう「すごい!」これです。ずっとこのスタンス。

いつだってこんな調子なので、 第一志望の公立高校受験に失敗した時にも「おめでとう」と言われたという。

諸沢社長:
泣いて帰って玄関のドアを開けたら、母が「おめでとう」って抱きしめてくれた。「何で?」って言ったら、「(すべり止めの)私立は合格してるから、おめでとうだよ」って言って抱きしめてくれて。

“出来る先輩”を丸パクリ

全身全霊で自分の全てを肯定してくれた母。こうして、無事高校に進学した彼女が偶然出会ったのが、後の運命を変える「ココイチ」の求人募集だった。 面接には、なんとか受かったものの、何か一つしていると、もう他には何もできない有様だった。その時聞こえてきたのは 「諸沢さんって、声はよく出てるんですけど、周りが見えないんですよね」「笑顔はいいんですけどね」という店長とスタッフの声だった。

諸沢社長:
「あの子、声は出るんだけど、周りが見えないんだよね」って。店長がこっちで言ってるのを私聞いてて。悔しいと思いながら。

けれど、どんなに悔しくても決して落ち込まないのがお母さん譲りのたくましさだ。

諸沢社長:
ひたすら真似してた。こうなりたいって思って、その人のことをよく観察して、まねをしてた。ただ、それだけです。

諸沢社長は、周囲から尊敬される“出来る先輩”を見つけると恥も外聞もなく、その人の視線から、口癖、行動パターンに至るまですべてを“丸パクリ”した。それは、かつて母をまねた時のように…。

諸沢社長:
まねしたらいいことってあるんだとか、まねしたら違う自分になれるんだとか、そういう経験が過去にあるから。

“ポンコツバイト”も褒めて伸ばす

“いいことなら全て吸収してしまう”異様な素直さでメキメキと接客技術を身につけていった諸沢社長は、高校卒業後もフリーターとしてココイチに残った。やがて、バイトを指導する立場になると、その指導で悩めるアルバイトたちを次々と生まれ変わらせていった。

その一人が、自他共に認める“ポンコツバイト”だった19歳の安居美聡さん、通称・みっちゃんだ。

大学生アルバイト 安居美聡さん:
お客さまにお水こぼしてしまったりだとか、サラダ落としてしまったり、5カ月経っても研修バッジが外れないくらい全然ダメダメでした。諸沢さんが初めて(店に)いらしてくださった時に、絶対怒られると思って、裏呼ばれたんですけど、その時に「すごい目力強かったもん。私も目力まねしたいと思った」って。あれ?怒られなかったってなって。

母親譲りのポジティブシンキングはどんな相手にでも発動。その証拠に、諸沢社長は、その日の日報をこう綴っていた。

「ミッちゃん♪ 積極性と明るさがピカイチ〜!! その溢れるキラキラさを 沢山沢山吸収させて頂き 中山店へ持ち帰らせて頂きます♡」

安居さん:
いい人の接客をまねをするっていうふうに言われて、諸沢さんのまねしてみようって。当たり前のことしてるだけなのに「ありがとう、助かる」って言ってくれるから、自信に変わりました。

この、誰にもまねの出来ない能力を目の当たりにした当時の社長だった西牧大輔会長は、当時をこう振り返る。

西牧会長:
その頃から、この子はまっすぐで、素直で、前向きで、やっぱり一生懸命なんだなぁって。

社長打診され「ワクワク」

彼女ならきっと自分より従業員を幸せにしてくれる。西牧会長はそう直感し、まだアルバイトだった彼女に「次期社長になってほしい」と伝えた。

諸沢社長:
最初は笑いました。「ええ!?」みたいな…。

西牧会長は、やってくれたらうれしいけど、正直なところOKをもらえるとは思っていなかった。ところが諸沢社長はこの時も、まっすぐな瞳で「はい、私でよければ」と返事をしたという。

諸沢社長:
まさかね、高校卒業して、高卒の私、勉強もあまり得意ではない私が社長にっていう。これからの自分の人生にわくわくしたのを覚えています。

そこからの顛末は多くのメディアが語っている。しかし、ほとんど語られていなかったのはそんな諸沢社長を、無条件で抱きしめ続けた母の存在と、そのポテンシャルに気付いていた前社長の眼差し。

西牧会長:
嘘つかないとか、約束守るとか、とにかく人間性。あと素直かどうか。だからこのタイミングで彼女がバトンを受け継いでくれたのは、もう僕にとって本当にラッキーです。
おっさんがおっさんにバトンタッチしてどうするんだって。それで何が変わるんだって。それは僕にはできない。

おっさんにバトンタッチしたところで社会は何も変わらない。だからこそ選ばれた、明るく素直な22歳は“今の日本に足りないもの”を教えてくれる気がした。
(「Mr.サンデー」6月16日放送より)

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