肉食スイス人は肉の消費量を減らせるのか?

温室効果ガスの排出削減には国内の家畜数を減らすことも必要だ (Keystone)

スイスは2050年の気候変動目標を達成するため国民の肉の消費量を減らす方針だ。牛や豚の消費量は減るものの、鶏肉はむしろ増えている。目標達成は可能なのだろうか?

動物性食品、特に肉を食べるのを減らすべきだ――誰しもこんな話を一度は耳にしたことがあるだろう。筆者は2年前に食生活を変え、今や肉を食べるのは月1~2回だ(詳しくは過去の連載記事へ)。

だがスイス政府までも食生活から肉を減らすことを推進し始めた時は驚いた。連邦経済省農業局(BLW/OFAG)は昨年9月に発表した「農業と食料のための気候戦略2050」で、食事から排出されるカーボンフットプリント(製造から廃棄までの過程で排出される二酸化炭素CO₂の総量)を2050年までに2020年時点の4分の1に減らす目標を掲げた。2050年までに二酸化炭素(CO₂)排出量を実質ゼロにする国家目標の一環だ。

同戦略は、スイス人の肉の消費量が「まだ多すぎる」と指摘した。政府の推奨する「栄養ピラミッド」に沿った食事に変え、健康だけでなく環境・資源に配慮した生活を送ることを目標に盛り込んだ。ピラミッドでは、肉の摂取量は1日40gを推奨するが、実際にはその3倍が消費されている。

世界比較でも多い。国連食糧農業機関(FAO)によると、スイス人1人が1年間に食べる肉の量は平均約68キログラム。フランス(86キロ)やスペイン(100.3キロ)、ドイツ(76.6キロ)に比べれば少ないが、世界平均(42.9キロ)の約2倍、日本(57キロ)の約1.5倍だ。

政府戦略は、具体的にどのように肉消費量や家畜数を減らすかについては明記せず、強制・禁止事項も盛り込まなかった。

消費行動に詳しいスイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)のミヒャエル・シーグリスト教授は、「消費者が賛同しなければ、政府の戦略はただの机上の空論だ」と話す。

同氏は、消費者が自発的に食習慣を変えるのは非常に難しく「インセンティブ(誘因)がなければ人は動かない」と指摘する。

スイス小売大手コープの調査によると、代替肉はまだニッチな存在だ。代替肉に手が伸びない理由として、消費者は価格の高さや健康上の懸念を挙げた。

一方、農業経済学者のプリシュカ・バウアー氏は、政府の戦略は重要な一歩だとみなす。

「1~2年前なら、肉の消費量削減に言及することさえできなかった」。健康的で自然に優しい食生活を研究する「ノヴ・アニマル(NOVANIMAL)」プロジェクトを主導するバウアー氏は、10代の頃にベジタリアン(菜食主義者)になった。

スイスは伝統的に肉食が食文化の中心にあり、農家を強く保護してきた。ソーセージやフォンデュ・シノワーズ(薄切り肉をスープにくぐらせるスイス風しゃぶしゃぶ)、チューリヒ風ゲシュネッツェルテス(薄切り肉をクリームで煮込んだ郷土料理)の存在が示すように、スイスは伝統的に肉食が食文化の中心にある。スイスの農業生産の大部分も牛・豚・鶏肉が占め、肉牛の飼育に多額の公的補助金を投入され、連邦議会議員にも酪農家出身者が多い。

こうした伝統を反映し、スイスの畜産業は国の温室効果ガス排出量の15%以上を占める。排出量を減らすには家畜の数を減らす必要があるが、政府の戦略には目標値は明記されていない。

日本は伝統的には野菜や豆類、魚介類を主要なたんぱく源としてきたが、食生活の欧米化により肉の消費量が増え続けている。農林水産省の「食料需給表」によると、1日・1人当たりの摂取量は2011年度に肉(牛・豚・鶏など)が魚介類を上回った。

日本政府が2021年に改定した地球温暖化対策基本計画には「脱炭素型ライフスタイルの転換」が盛り込まれているが、食事に関しては食品ロスの削減や地産地消の推進が掲げられ、肉の消費量には言及していない。

目標値が決まっているのも食品ロスを発生源とするフットプリントに限られる。環境省の脱炭素ライフスタイル推進室は「肉食より野菜・果物の方がカーボンフットプリントが少ないことの啓発はしているが、ライフスタイルに関することは強制・規制はしづらい」と話す。

食生活に変化も生じつつある。国連食糧農業機関(FAO)によると、鶏肉の消費量が60年前に比べ3倍に増えた。日本では2012年に鶏肉の消費量が豚肉を逆転している。

鶏肉は健康によく環境負荷が小さいため、他の肉よりは良いと考えられている。鶏は牛と異なりメタンガスを排出しない。牛・豚肉よりも割安な点も消費者にとって魅力だ。

ただ草を食べないため、スイス養鶏家の多くは安値で輸入される大豆に頼る。

伝統農業に還る

とはいえ、スイスと聞いて思い浮かべるのは、美しい山の牧場で悠々と草を食む牛の姿だ。ベルン応用科学大学のマティアス・マイヤー教授(持続可能な食料システム論)は、それこそが環境に優しい農業の理想形だと話す。

スイスの農地面積の60%以上は、作物の栽培には向かない永久牧草地だ。その牧草地を牛や羊の放牧に生かすのが、採算を取るための唯一の方法だという。「反芻動物はなくてはならない存在だ。今の問題は家畜の数が多すぎることと、生産があまりにも集約的なことだ」

マイヤー氏は、将来的にスイスの牛のえさは牧草に限定すべきだと提案する。飼料を輸入する必要がなくなり、飼料用の耕地のほとんどを人間が食べる作物の栽培に充てることができる。ドイツやスウェーデン、イタリア、スイスの一部の農場ではそうした試みが始まっており、スイス政府も農業気候戦略で言及した。こうした飼育法では牛を太らせるための凝縮飼料(主に大豆たんぱく質と穀物を含む)を過剰投与しないため、牛乳や牛肉の生産量は減ることになる。

結果としてスイス人が食べる肉の量は3分の2に減り、持続可能な生産と多様性に富む食事を両立できるとマイヤー氏は見積もる。

「貴重なたんぱく源である肉や牛乳を完全に断つ必要はない」。スイスに限らず耕作可能な土地は限られており、植物ベースの食事で必要な栄養素を摂取するのはもっと難しい。マイヤー氏は自身を「パートタイムビーガン(日和見菜食主義者)」と呼ぶが、ビーガンが最適解ではないという。

筆者はマイヤー氏の言葉に安堵感を覚えた。罪悪感なく「パートタイムビーガン」を続けられる。

望むと望まざるとにかかわらず、私たちは皆、いつかは食習慣を変えざるを得なくなるだろう――マイヤー氏はこう予想する。それは今の食肉・その他動物性食品の生産量を維持するための資源や原材料がいずれ尽きるからだと言う。 「私たちに残された選択肢はそれしかない」

編集:Sabrina Weiss & Veronica DeVore、英語からの翻訳・追加取材:ムートゥ朋子、校正:宇田薫・上原亜紀子

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