Vol.3 リベラウェア、屋内狭小空間の点検から「新たな市場創造」への思考

by 藤川理絵

ドローン関連企業の代表に最新の取り組みや業界に対する想い、経営の考え方などについてインタビューを行う当連載。第3回は、2023年6月にインフラ・プラント設備などの屋内狭小空間点検に特化した国産ドローン「IBIS2」をリリースして販売を拡大しているLiberaware(リベラウェア)代表取締役CEOの閔弘圭氏にインタビューした。

同社は、2024年も「SBIRフェーズ3基金事業」に採択されている。この事業のテーマとなるドローンを活用した鉄道点検ソリューションの構築に向けて、新たな機体の開発も含めて取り組む予定だという。今回は、「IBIS2」を核とした事業進捗から、鉄道SBIR、デジタルツインや海外展開まで、新たな市場創造に向けた閔氏の思考を深掘りする。

ドローン点検は「自走」のフェーズへ

──「IBIS2」の発売から約1年経ちました。最近の動向をお聞かせください。

閔氏:最近は、屋内点検のなかでも広い空間は(本連載第1回でインタビューした)ブルーイノベーションが提供しているELIOS(エリオス)で、狭い空間はIBIS(アイビス)でという形で、使い分けるユーザーが出てきました。

これまで当社も、ドローン点検の啓蒙活動の一環として点検サービスを提供してきましたが、顧客のドローンに関する知識全般が向上してきたことを感じます。我々の点検サービスを利用するよりも「自走したい(社内導入)」という企業が確実に増えてきており、我々の事業としても機体レンタルやサービス提供から、機体販売へとシフトしています。

──現在、IBIS2の販売価格や提供プランはどのようになっているのでしょうか?

閔氏:販売プランは機体2台のほか、モニター、バッテリー、充電器、通信機器などの点検で必要となる機材一式がセットになっていて、3年間の機体無償修理、操縦講習も含まれています。我々に点検サービスを外注した際の交通費などの経費を考慮して「自社で購入して運用したほうがお得だ」と、最終判断いただけているようです。

また、レンタルプランから購入に切り替えていく流れができたことで、「ひとまずレンタルしてから購入を検討する」という、新たな選択肢も生まれてきました。

──購入への切り替えには、IBIS2のハード面の進化なども影響しているのでしょうか?

閔氏:圧倒的に操縦しやすくなった点は評価されており、以前は操縦が難しく、操縦訓練の時間もかかるため、購入を控えるお客さんも多くいました。当時の機体を知っている方にIBIS2を体験してもらうと、「操縦のしやすさがだいぶ変わった」という声が多く見受けられました。

──機体の進化の中でも飛ばしやすくなった要因は?

閔氏:1つは、量産機になったことです。以前は試作的な部分もあったため使い勝手を操縦でカバーしていましたが、いまは多様なベンダーにパーツを製造していただき、我々の千葉工場で組み立てるという量産体制が整ったことで、機体のバランスが非常に良くなりました。また、採用しているニデック(旧日本電産)のモーターをバージョンアップしてもらい、よりパワーが出るようになった分、操縦もしやすくなっています。

もう1つは、設計思想です。例えば、重心位置を工夫することで、操縦ミスで機体が構造物にぶつかってひっくり返って着地したとしても、クルッと正常な離陸状態に戻り、再び飛行できるタートルモードを搭載しました。また、気流解析をしっかりと行ってプロペラも自社開発しています。ハードとソフトの両面からしっかりと姿勢制御することで、気流が乱れる中でも安定して飛ばせるようになりました。

このほか、飛行時間も8分から11分に延びましたし、カメラ性能アップ、キャリーケースの販売など、機体及び周辺機材もバージョンアップしました。

余談ではありますが社内で試した所、2024年4月に発売された小型空撮機「DJI Avata 2」もIBIS2と同様、壁付近で機体が吸い付かないように設計されており、工夫してきたなと思いました。この機体であれば、屋内点検でも活用できると思います。ただしセンサーが作動して30cm以下に下降できない、スポーツモードだと機敏すぎるなどを考慮すると、比較的広い屋内が得意なのではないかと感じました。その結果、IBIS2と競合することはありません。

鉄道SBIRで52億円、「ドローン単体では成立しない」

──SBIRフェーズ3採択事業「Project SPARROW」についてお聞かせください。

閔氏:そもそもですが、当社の機体開発のコンセプトは、1機種にいくつもの機能を持たせてあれもこれもできるドローンを目指しているわけではありません。それよりも、目視点検の代替としてその機体は何ができるかのアウトプットを明確にして、市場における価値を担保することで、しっかりと市場を形成していくことに重きを置いてきました。

今回の「Project SPARROW」で当社は代表スタートアップとして、プロジェクトをリードする役割を担わせていただきますが、やはり「鉄道のここをやるためのドローンを作りたい、だから機能はこれとこれ」というふうに、目的と機能をかなり明確に捉えています。

具体的には、まずは線路、架線、信号など、鉄道の建築限界内を点検対象と考えています。もちろん、最終的なターゲットは鉄道会社が保有し維持管理するべきアセットすべてだと思っていますし、そこを目指していきたいという強い気持ちはありますが、最初から万能型は絶対にできないと踏んでいます。まずは建築限界内でしっかりと使えるものを作って、提供価値を明らかにした上で、そこに機能追加していくのか、別プロダクトにしていくのか、ステップアップは分離して考えていきたいと思っています。

──プロダクトの背景や目的について教えてください。

閔氏:鉄道業界では、保有アセットの平均年齢が経年50年を超え、全体的な老朽化が進んでいるほか、自然災害の激甚化・頻発化もあり設備の損傷等が増加しています。そのため、常に点検や保守を行うことが欠かせません。また、点検・保守に関わる労働災害も隣り合わせなことに加え、近年では災害時の早期運転再開に向け、被害状況の把握や二次災害防止が求められる状況にあります。

これらを踏まえて、鉄道現場における巡視点検と災害環境における一時確認ができる自動巡回ドローンと、ドローンが収集した情報を閲覧・分析できるデジタルツインプラットフォームを開発し、鉄道インフラ点検における安全性向上と生産性向上を実現するプロダクトになっています。

──52億円のなかで鉄道点検用ドローンのほかに、どんなものを開発予定ですか?

閔氏:大事なのは、ドローン単体の機能性追求ではなく、鉄道点検に特化したプロダクトを開発する、システム全体を設計するという視点です。例えば、電車が通過するかどうかのリアルタイム情報とも連結しないといけないし、鉄道点検におけるルールもいろいろあるので、機体の仕様にうまく落とし込んでいかないといけません。

特に地方の鉄道会社は、点検業務の人手不足や維持費の問題が深刻化しています。まずはそういったところで建築限界内の定期点検と災害時点検の両方を、ドローンに代替していくことを狙いたいので、機体のほかにもドローンを遠隔から運航できるシステム、自動充電ステーション、鉄道に寄り添ったデジタルツインのソフトウェアも開発予定です。

──「いつかはIBISとは違うものを開発したい」という想いもあったのでしょうか?

閔氏:我々は屋内狭小空間のイメージが強いと思いますが、決して屋内狭小空間用ドローン専門の企業というわけではありません。ニッチトップ戦略でIBISが生まれ、実績を作って突き進んできましたが、これからはIBISで培ってきた技術を基に、次なるプロダクト開発、市場形成を目指していきたいと考えています。鉄道点検はその重要なひとつという位置付けです。

デジタルツインソフトウェア「TRANCITY」

──ソフトウェアの開発についてもお聞かせください。

閔氏:当社は機体開発と並行して、ソフトウェア開発にも注力してきました。顧客からは、当初からBIM化や点群化、3Dデータを地図上に重畳したいといった要望が多くありました。そのため、まずはIBISで取得したデータを3次元化するソフトウェア「LAPIS(ラピス)」を開発して提供していました。

そして、ちょうどJR東日本と合弁会社CalTaを設立する時に、IBISで取得したデータだけではなく、例えば他のドローンやスマホで撮影した画像や映像といったデータも扱えるソフトにすれば、建設、鉄道、プラントなど、さまざまな現場で役立てられるという話が持ち上がり、LAPISを応用してデジタルツインソフトウェア「TRANCITY(トランシティ)」を開発しました。

──TRANCITY(トランシティ)の概要を教えてください。

閔氏:TRANCITY(トランシティ)は簡単にいうと、Google Map上にいわゆる3Dデータをアップロードできるプラットフォームです。地図上にある施設や設備のデータに、動画データや3Dデータを紐付けていくことができます。位置情報が非常に重要ですが、撮影データに位置情報を付与する方法はとても簡単です。

印刷したマーカーに位置情報を与えておき、それを現場に持って行って撮影場所に貼ります。地図上に紐づけるデータを撮影する際にマーカーが映るよう動画を撮影すれば、誰がどのデバイスで撮っても同じデータが図面上にアップされます。基本的にズレることもありません。TRANCITYもIBISと同じく、「みんなが容易に使える」ことを目指しています。

私が個人的に、TRANCITYの絶対的な強みだと思っているのは、施主であるJR東日本が活用しているということです。特に、建設工事ではさまざまな業者で分担していますが、施主がルールを決めて、TRANCITYをデータのアップロード先として指定することで、現場の全撮影データが日々、TRANCITYに集約するという構図が出来上がりつつあります。毎日データを蓄積していくことで、些細な異常などの傾向が見えてくる、AI解析もしやすくなると思います。

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