丸紅・リスクマネジメント部 インタビュー ~ 歴史が紡ぐ組織力、必要なのはこれからのストーリーを読む力 ~

企業を取り巻くリスクは多岐にわたる。国内外に事業所やグループ会社を持ち、年間数兆円の売上規模を誇る総合商社であればなおさらだ。
こうした様々なリスクに対しては、取引先の審査という枠組みを超え、多角的視点をもってリスクを分析、可視化し、効率的な管理が求められる。リスクマネジメントは、無機質な数値だけで答えを出せるものではない。客観的なデータをもとに予測し、最終的に判断するのはあくまで人だ。
「商社は人なり」で知られる総合商社が誇る組織力と人材育成とは-。
東京商工リサーチ(TSR)は、丸紅(株)(TSR企業コード:570197708、千代田区)リスクマネジメント部長の朔元昭執行役員、猪野智之副部長、マリックス(株)(TSR企業コード:294201874、千代田区)の葉山真一氏、石井敬一リーダーに話を聞いた。

左から猪野氏、朔氏、葉山氏、石井氏

◇丸紅(株)

1858(安政5)年、初代伊藤忠兵衛により創業、戦後の1949年に法人化。大手総合商社として国内外131拠点、連結子会社317社、関連会社163社を抱える。リスクマネジメント部関連組織は営業本部内のチームを含めて13課、総勢約130名を擁している。2024年3月期連結売上高は7兆2,505億円。

◇マリックス(株)(TSR企業コード:294201874、千代田区)
2000(平成12)年、丸紅100%出資子会社として審査部(当時)から分離独立して設立。企業情報の収集のほか、グループ会社への情報配信、リスク管理に関するコンサルティング等を手掛ける。

◇紅審会
丸紅グループ会社の審査担当者で構成される自主運営の組織。「よく学び、よく遊べ」をモットーに、与信管理に関する定期的な勉強会や懇親会活動を実施している。

―丸紅リスクマネジメント部の歴史は

1949年に丸紅が設立され、その6年後には審査部の前身の管理部を新設。1960年には管理部から審査部に名称変更した。その後、様々な変遷を経たが、2000年に現在のリスクマネジメント部という組織の原型が出来上がった。
当時は丸紅自身がアジア危機の煽りを受け、財務が傷み、株価も低迷する事態に陥った時期だった。リスクマネジメント部は丸紅が持つ全ての資産に対してどのぐらいの資産減耗リスクがあるか、言い換えればどれだけの自己資本があればこの資産を持つに足りるのかという計算を行った。リスクに見合うリターンを産まないとみなされる資産を果断に処分する「“A”PLAN」と言われる大規模なリストラを実施したが、ビジネスラインごとに分かれている営業組織に対して、ある程度納得感のあるリスクとリターンの水準を提示する為にも、与信リスクに限らない幅広いリスクを対象とした計量化が必要であった。
審査部で育ってきた身としては、リスクマネジメント部という名称になった時には随分と広い所へ来たという印象があったが、この20年でリスクマネジメント部の守備範囲は更に広がり、今はむしろリスクマネジメントという言葉を窮屈に感じることも多い。

朔元昭部長

―部の特徴、近年特に注力している点は?

多くのリスクが取り巻くなかで、我々リスクマネジメント部の基本的な定義は、「利益の源泉になっているリスク」を管理し、リスクとリターンのバランスを取りに行くことと考えている。具体的には、商品市況変動リスクと、与信リスク、M&Aに関わるリスク、マクロの経済環境リスク、カントリーリスクなどであり、これらを評価して、そこに見合いのリターンが取れているのか。そうでなければそれをどう変えればいいのかとアドバイスすることはリスクマネジメント部の主要な仕事となっている。

持っているリスクの大きさという意味では、事業投資に関するものが大きくなっており、人員も増やしている。投資の入り口での判断だけでなく、買収後の戦略や人事・報酬制度の設計といった点も含めたPMI(統合効果を最大化するプロセス)をカバーしており、こうしたPMIを専門とするチームもある。
他に特徴的なのは、グループ会社のリスク管理の部隊、海外各支店にも駐在員として多く人を派遣している点だ。そこで経験した上でまた部に戻り、全体の制度設計に取り組むといったことをローテーションとしている。

猪野智之副部長

―機能子会社の「マリックス」、グループ会社の審査部の組織「紅審会」とは?

両者の源流となっているのは1979年に部内で新設された審査4課という組織だ。連結経営が強く意識されていなかった当時、丸紅本体では取引を解消したにも関わらず、グループ会社では取引を継続したために貸し倒れが発生する事案が相次いだ。グループ会社の与信管理についても本体でもサポートすべきという考えから、この課が誕生した。
審査4課は丸紅の社員の他にグループ会社の社員も何人か受け入れた。このメンバーが中心になって通常業務の他に、与信管理に関する勉強会をスタート。これが発展的に1983年4月に「紅審会」として正式に発足した。一方、審査4課はその後、事業与信審査室と改名し、その後の変遷を経て2000年にマリックス株式会社として独立。信用情報に関する業務や信用調査会社との対応、国内グループ会社の窓口業務を一元化したという経緯がある。
マリックスは信用情報を収集して、丸紅グループ各社に情報を提供するのだが、受け入れる側のグループ会社でも、信用情報の取り扱いに関する基本的なベースを理解してもらわないと安易に情報提供はできない。このため、マリックスは業務、紅審会はグループ会社側の勉強会として、車の両輪のような形となった。

葉山真一氏

―「紅審会」は発足40周年

紅審会は現在でも国内のグループ会社の審査担当者で組織されるボランタリーな勉強会という形で継続している。「よく学び、よく遊べ」を標語に40年続いてきた。
この組織の良いところは、多岐にわたるグループ会社のなかで、少人数で与信管理に取り組んでいる担当者が孤立せずに勉強できる点だ。違う業種に属しながら、同じリスク管理の言葉を話し、同じグループで、同じ方向を向いて取り組むことができるという、多様性と包摂性を備えている。
紅審会はボランタリーな組織なので、縦の指揮命令系統は一切なく、主役はあくまでグループ会社の審査担当者であり、マリックスはその事務局としてサポートしているのみである。参加される方々が中心で、勉強に限らない人的ネットワークも広がり、困った時にはお互いに相談するような関係性も築ける緩やかな自治組織である点が長く続いた一番の要因であり、丸紅グループにとっての大きな財産だと考えている。
今年2月には発足40周年にあたって記念パーティーを開催した。そこでは各信用調査会社の方を招き、トークセッションというかたちのイベントも開催させて頂いたが、こういうことができたのも紅審会ならではと考えている。

―リスクマネジメント部の運営で気を付けている点、人材育成のポイントは

リスク管理の要点はコミュニケーションだと思っているので、基本的に「何でも言う」という点は気をつけている。
丸紅の企業文化として、思ったことはその場で喋るという文化がある。商社としての成り立ちの過程で他社に追いつけ、追い越せで育まれてきた風土かもしれない。
人材育成には日々悩んでいるが、なるべく早い段階でタフなミッションを与えることが重要と感じている。それが貸し倒れリスクに伴うミッションか、それ以外のものかという違いはあるかもしれないが、企業買収する際のマネジメントインタビューであれ、与信管理での訪問調査であれ、基本的な部分やベースとして必要となる技術は同じ。
なるべくリスクの濃いところでタフな経験をさせ、ライフイベントに先立ったスキルやキャリア形成が早め早めにできるように心掛けている。

―与信の現場ではAI導入など様々な変革期でもある。今後の展望は

当社では審査部時代の早い時期からスコアリング=信用を記号化するという取り組みを進めてきた。70年代から一定の算式で理念的なクレジットの金額リミットを自動算出するモデルなども構築しており、さらに1984年からは信用不安情報のデータベースを構築している。蓄積された信用不安情報も変数として取り込んで、1999年には統計学的な信用モデルを実装している。
例えば統計モデルでデフォルトを当てにいくのは、大半が3期のモデルだ。これより長い期間を使おうとすると、データが足りずに精度が落ちるからで、そういう居心地の良さで3期になっている。ただ実際には景気の波というのは片道5~6年のサイクルがある。
今3期分しかモデルが見ないということは、コロナの時期の決算しか見ないということになる。コロナの時の決算だけを見て、コロナ後の世界を予想しようとしても当たるわけがない。
6年なり10年なりのマーケット環境のなかで、この会社がどういうふうに収益を上げてきたか、今後どうなるのかというストーリーが読めなくてはいけない。この決算書の外にある今の足元の環境下で、この会社はこうなっているはずであると想像する必要がある。
足元で起こっていることを、決算書にないデータも使いながら推測するということが本来の仕事なので、そこを機械で置き換えできるとは思えない。
逆に言うと、ネットサーフィンの検索結果だけで査定をしているようなタイプの人は、淘汰されるのではないだろうか。数値なり足元の環境なりを通して先を読む、ストーリーに置き換えるということができないと、人の仕事ではなくなってくると感じている。

石井敬一氏


丸紅のスローガンは「できないことは、みんなでやろう。」俳優の堺雅人さんを起用したCMでもお馴染みだ。
紅審会事務局長を務める石井氏は、「紅審会という組織への“愛着”を感じることが多くある」という。そして「この“愛着”こそが会を長年途絶えずに継続させてきた秘訣の一つであり、一朝一夕では出来上がらない大切なもの」とも語る。
タフなミッションであっても決して孤立させず、人と人の繋がりを通して課題に取り組む。丸紅グループの与信管理の現場は、まさに「できないことは、みんなでやろう。」のスローガンを体現した理想的なベースの上に立ち、この組織力がグループの力の源泉となっている。

(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2024年6月17日号掲載「審査業務 最前線」を再編集)

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