注目度急上昇、アメリカの女子プロバスケ クラーク選手らが人気をけん引

 アメリカの女子プロバスケットボールのWNBAが5月14日に開幕し、28年目の今シーズンは注目度が劇的にアップした。バスケットボールリーグで世界最高峰となっている男子のNBAの陰に隠れがちだったが、大学を卒業してインディアナ・フィーバーに入団したガードのケイトリン・クラーク選手らが人気をけん引している。(共同通信=山崎恵司)

試合中のインディアナ・フィーバーのケイトリン・クラーク選手=2024年6月16日、アメリカ・インディアナポリス(NBAE・ゲッティ=共同)

 ▽注目の的

 注目の的となっているクラーク選手は身長183センチで、飛び抜けたシュート力を備えている。持ち味は、3ポイントラインのさらに後ろから放つ3点シュートだ。 アイオワ大を2年連続で全米大学体育協会(NCAA)女子選手権の決勝に導いたエースは、常に話題の中心にいた。

 NCAAで得点記録を次々と塗り替えた超人気選手のプロ入りは、5月14日のシーズン開幕前からWNBAにビジネス上の大きな変化を与えた。

 インディアナ・フィーバーから全体のトップで指名された4月15日のドラフトは、中継したスポーツ専門局のESPNによるとWNBAのドラフトでは過去最多の245万人が視聴。昨年の57万2000人の4倍超となり、過去最高だった2004年の60万1000人も大きく上回った。

 また、フィーバーの本拠地のインディアナポリスのアリーナで実施されたパブリックビューイングには1万7000人のファンが詰めかけ、クラーク選手が指名される場面を見守った。 昨年、全米中継されたフィーバーの試合はわずか1試合だったが、クラークの入団を受けて今年は36試合に大幅増加。

 フィーバーとの試合会場を、より観客席数が多いアリーナに変更するチームも出てきた。首都ワシントンを本拠とするワシントン・ミスティックスは6月7日の試合会場を、通常の4200席の会場から2万席のアリーナに変更。

 ラスベガス・エーセズは7月2日の会場を1万2000席のアリーナから2万席のところに移した。 こうした動きからも、テレビ局やWNBAのチームがクラークの人気をいかに評価しているかが分かる。

 アトランタ・ドリームとダラス・ウイングスはそれぞれ球団史上初めて、シーズン席が開幕前に完売。クラーク選手の経済効果を浮き彫りにした。

アメリカの首都ワシントンの街並み。奥は連邦議会議事堂=2024年5月13日(共同)

 ▽得点記録を次々に更新

 クラークがアメリカ全体に知られる存在になったのは、大学時代にさかのぼる。3年生だった2022-23年シーズンから得点力で注目を集め、最終学年の2023-24年シーズンは得点記録を次々に塗り替えたことでメディアに取り上げられる機会が大幅に増加。知名度がさらにアップした。

 まず、女子の最多記録だった3649点を今年2月29日のミネソタ大戦で33得点して更新。3月4日のオハイオ州立大戦では35得点し、伝説の名選手ピート・マラビッチ(ルイジアナ州立大)の3667点を54年ぶりに塗り替えた。クラークが最終的にマークした3951点は男女を問わず、NCAAの最多得点記録となった。

 大学4シーズンで通算139試合に出場し、1試合平均得点は28・4点。4年生の今シーズンは1試合平均31・6得点の活躍で過去の記録を上書きしていった。

「ウイルソン」のボールを持つインディアナ・フィーバーのケイトリン・クラーク選手=2024年5月1日、アメリカ・インディアナポリス(AP=共同)

 ▽男子を上回る関心を呼ぶ

 今年4月7日に行われた女子決勝ではクラーク選手を擁するアイオワ大が75-87でサウスカロライナ大に敗れ、2年連続での準優勝に終わった。

 メディア調査会社のニールセンによると、決勝の視聴者数は1890万人で、昨年の決勝の990万人から倍増した。今年のピーク時には2410万人に上った。

 一方、コネティカット大が75-60でパデュー大を破って2年連続6度目の大学王者となった今年4月8日の男子の決勝は視聴者数が1480万人にとどまった。

 NCAA決勝の中継で女子が男子を上回るというのは、これまでの常識ではあり得なかった。クラーク選手が引っ張った女子バスケットボールへの関心の高まりのすごさを物語る数字だ。

 このように女子バスケットボールへの関心を高めたクラーク選手を評価する声は多い。アイオワ大を倒して2年ぶり3度目の頂点に立ったサウスカロライナ大のドーン・ステーリー監督は優勝インタビューで「私たちのスポーツを盛り上げてくれたケイトリン・クラーク選手に個人的に感謝したいと思う。あなたは私たちのスポーツの史上最も偉大な選手の1人だ」とわざわざ名前を出してライバルチームの人気選手を称えた。

 クラーク選手への注目は、記録やNCAA制覇への挑戦だけではなく、同世代のライバルたちとの激しい戦いでも増幅された。

 最大のライバルは、昨年のNCAA選手権決勝で敗れたルイジアナ州立大のフォワード、エンゼル・リース選手だ。闘志をむき出しにしてクラーク選手と対抗する姿がメディアで大きく取り上げられた。

 それがクラーク選手のメディアでの露出増加につながり、それに伴ってリース選手ら同世代のライバルたちの認知度も上がっていくという相互作用が働いた。

アメリカの大リーグ、シカゴ・カブスの始球式で今永昇太投手(中央)と写真に収まるシカゴ・スカイのエンゼル・リース選手(左)、カミラ・カルドーソ選手=2024年5月21日、シカゴ(USAトゥデイスポーツ・ロイター=共同)

 ▽同世代は好選手ぞろい

 NCAA女子決勝から1週間ほど後にニューヨークで行われたWNBAのドラフト。クラーク選手とその同世代ライバルへの人気がそのまま、WNBAに持ち込まれた形だ。

 クラーク選手以外にも人気と実力を備えた好選手が多い。今年のWNBAドラフトで全体の2番目指名を受けてロサンゼルス・スパークスに入団したキャメロン・ブリンク選手(スタンフォード大)。全体の3番目指名を受けたカミラ・カルドーソ選手(サウスカロライナ大)と7番目指名のエンゼル・リース選手はともにシカゴ・スカイに入団した。

 ブリンク選手は野球の大リーグ、ドジャースの始球式に登場し、大谷翔平選手とのツーショット写真が日本でも報じられた。 カルドーソ、リース両選手も同じ地元シカゴ・カブスの始球式で、今永昇太投手を交えて3人で写真に収まった。

 クラーク選手の契約は4年で総額約33万8000ドル(1ドル=155円換算で約5239万円)。昨年のNBAで全体のトップ指名を受けたスパーズのビクター・ウェンバンヤマ選手の4年、総額約5500万ドル(約85億2500万円)の約0・6%にとどまる。

 格差がのぞくものの、クラーク選手に対するスポーツ用品メーカーの評価は高い。ナイキと8年、2800万ドル(約43億4000万円)の契約を交わした。ウイルソンもクラーク選手のサインが刻まれたバスケットボールを売り出し、バスケットボールで「シグニチャーボール」が発売されたのはマイケル・ジョーダン選手以来だ。

ダラス・ウイングス戦でボールをシュートするロサンゼルス・スパークスのキャメロン・ブリンク選手=2024年6月7日、アメリカ・ロサンゼルス(NBAE・ゲッティ=共同)

 ▽スター世代の加入で勢いづくWNBA

 WNBAは1996年、NBAによって設立され、翌97年に最初のシーズンを実施した。今年は28年目となる。現在のリーグ戦には12チームが参加しているが、キャシー・エンゲルバート・コミッショナーは4月、2028年までに4チーム増やして16チームにする構想を明らかにした。 既に2025年シーズンからゴールデンステート・バルキリーズの加入が決まっている。また、エンゲルバート・コミッショナーは26年、トロントにカナダで初めてとなるWNBA球団を設置すると発表した。

 テレビ視聴者数や観客動員では期待通りの数字をたたき出しているクラーク選手だが、肝心のプレーでは苦闘している。 WNBAはレベルが高い上、厳しいマークを受けており、大学時代のようには得点をたたき出せていない。それでも5月は9試合に先発し、1試合平均17・6得点、6・6アシスト、5・1リバウンドで、月間最優秀新人に選ばれた。

 周囲からの期待の重圧と闘いながら、非凡さを見せるクラーク選手だが、チームの成績がなかなか上がらない。6月16日時点で5勝10敗と、12チーム中の8位と低迷している。 それでも人気は衰えない。5月24日、敵地でのスパークス戦は観衆1万9103人を記録。会場のクリプト・ドットコム・アリーナはNBAレーカーズの本拠地だが、レーカーズの試合開催時の満員となる1万8997人を1試合だけとはいえ上回った。

 フィーバーは昨季、ホームゲーム20試合の観客動員数の合計は8万1336人。今年6月2日には本拠地5試合目となるシカゴ・スカイ戦で合計8万2857人と、早々に昨季の合計を超えた。

試合前にファンへのサインに応じるインディアナ・フィーバーのケイトリン・クラーク選手=2024年6月13日、インディアナポリス(NBAE・ゲッティ=共同)

 

 ▽女性スポーツはエキサイティング

 クラーク選手をはじめとする今季の新人選手たちがWNBAの人気を底上げしている。そのことが、米国の女性スポーツ全体への関心の高まり、見直しにつながり、サッカーやアイスホッケーでも観客増などの現象が見られる。

 長年、女性スポーツの普及振興と地位向上に尽力してきたパイオニアたちは、クラーク選手らがもたらしたWNBAへの関心の高まりを歓迎する。女子テニスの先駆者で女性スポーツの地位向上に長年尽力してきたビリージーン・キングさんも「私はこれまでの人生で、このような瞬間を待ち望んできた。女性スポーツは今や(収入にならない)慈善事業ではなく(ビジネスとして成立する)投資の対象として見られている」と感慨を込めて言う。

 また、テニスの四大大会で23度優勝し、引退後は投資家としても活動するセリーナ・ウイリアムズさんはCNNのインタビューで、WNBAへの出資について問われると「リスク要因はない。女性のスポーツはエキサイティング。女性のスポーツは、そうあるべきだった瞬間を迎えている」と答え、スポーツビジネスとして成立するレベルに達したことを間接的な表現で語った。

 7月のパリ・オリンピックで8連覇を狙うアメリカ女子代表12人が6月11日に発表され、クラーク選手の代表入りはならなかった。3月末時点では強化合宿のメンバー14人の中に含まれていたこともあり、代表の選考を巡ってちょっとした論議を呼んだ。

 男女、競技を問わず、アメリカのプロスポーツで屈指の知名度を誇るクラーク選手。22歳の若い女性が点火した女子バスケットボールの人気が静まることは当分なさそうだ。

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