徴兵対象のウクライナ難民 スイスは本国送還すべきか?

スイス国民党(SVP/UDC) のパスカル・シュミッド氏は、徴兵対象のウクライナ人男性たちにスイスが一時保護資格を付与していることを「連帯を示すものではない」と批判する (Keystone / Peter Schneider)

ウクライナ政府が4月、前線に送るため動員する民間人の対象を拡大した。スイスの一部の政治家は、徴兵対象の国内ウクライナ難民の一時保護資格を取り消すべきだと訴える。一方で、ウクライナ男性の本国送還は偽善、あるいは「実行不可能」だとの批判も上がる。

スイスに避難しているタラスさん(仮名)は、故郷キーウでロケット弾の砲撃の中を数週間暮らした。2022年3月に家族とウクライナを脱出。40代の起業家であるタラスさんは、今ウクライナに戻れば徴兵されて十分な訓練もないまま前線に送られ、生きては帰れないと怯える。

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スイスに住むもう1人のウクライナ人、ペトロさんも同じ思いだ。「もし今日ウクライナに戻ったら国境警備隊に止められ、そのまま募兵センターに連れて行かれる」。その先に待っているのは訓練、そして前線だ。

戦争が始まって2年半近くが経過し、ウクライナは装備も人員数も上回るロシア軍を前に、兵力が損耗している。ウクライナのユリイ・ソドル統合軍司令官は議会審議で、同国東部ではロシア軍がウクライナ兵の数を「7倍から10倍」上回っていると語った。

これを解消するため、ウクライナは動員の対象年齢を27歳から25歳に引き下げた。、また国外の18〜60歳のウクライナ人男性には、パスポート更新などの領事サービスを受けるには軍への登録証明の提出を義務付けた。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は欧州各国政府に対し、動員対象の男性難民に帰国を奨励するよう呼びかけている。

欧州諸国の反応は分かれる。ポーランドとリトアニアはウクライナ男性の本国送還に協力するとしているが、具体的な手法には言及していない。一方、ドイツやオーストリア、チェコ、ハンガリー、エストニアなどは、そのような予定はないとしている。

スイスでは、ウクライナから来た約6万5千人(ほとんどが女性と子ども)が一時保護を受けている。本国送還に対する政治家の意見は分かれる。右派・国民党(SVP/UDC)のパスカル・シュミッド氏ら一部議員は、ポーランドやリトアニアのアプローチに賛成する。シュミッド氏は5月末、連邦政府に対し「徴兵対象のウクライナ人に対するS許可証は必要なのか」という質問状を提出した。

「誰かが戦車を運転しなければ」

スイス連邦政府は2022年3月、ウクライナ難民を一時的に保護するため、S特別許可証を初めて発給した。欧州連合(EU)も同様の措置をとっている。

シュミッド氏は、このスキームを見直す時期に来ていると言う。「保護を必要としているのは誰か?それは女性、子ども、高齢者だ。徴兵対象者は難民ではない」。中道右派・急進自由党(FDP/PLR)のクリスティアン・ヴァッサーファレン氏は、徴兵対象者を送還し「ウクライナの人材問題解消を支援」できるように、強制退去させられた自国民の受け入れを義務付ける「再入国協定」をスイス・ウクライナ間で結ぶよう求める。

しかし、他の議員らは本国送還に強く反対する。

左派・社会民主党(SP/PS)のセリーン・ウィドマー氏は「(本国送還は)偽善的で、スイスの人道主義の伝統とは相容れない」と言う。「復興支援など効果的なウクライナ支援を拒否している政党らしい考え方だ」

一方、連邦議会の過半数を占める中道・右派政党は、一時保護制度は高額かつ悪用されやすいと訴える。連邦議会は今月、ウクライナ復興資金の調達を目的とした特別基金創設案を否決した。また、スイスの中立性を守るという理由で他国にあるスイス製武器のウクライナ再輸出を認める法案も否決した

シュミッド氏は、動員対象者にスイスの在留資格を与えることはウクライナ支援にならないと考える。

「(ウクライナへの)兵器提供の方を好む左派は、徴兵対象者もまた守りたいようだ。だが、戦場では誰かが戦車を運転しなければならない」

スイスでは、18~60歳のウクライナ人男性約1万2000人がS特別許可証の発給を受けている。連邦移民事務局(SEM)によると、実際何人が徴兵対象なのかは複数の免除措置があるため推定不可能だという。免除措置は、3人以上の子どもを持つ父親、障害や重い病気を持つ子どもの父親、障害のある男性、兵役不適合と判断された男性などが対象だ。

「心はいつもウクライナに」

タラスさんも3児の父であることを理由に、2022年2月のロシア侵攻直後に発令された総動員令の適用対象外となった。同令は18~60歳の男性の出国を原則禁止するが、タラスさんはウクライナを離れることが認められた。

タラスさんは国を去る前、多くの民間人が軍に入隊を希望し、国を守ろうと意気に燃える姿を見た。しかし戦死者が増え、前線での戦闘が長期化した今、装備、武器、弾薬、十分な訓練がない中で戦場に送られることを考え入隊を思いとどまる人が多くなっている。男性たちは、ウクライナの街頭で動員部隊に声をかけられ、軍の召喚状を手渡されることに怯えながら生活している、とタラスさんは言う。

ゼレンスキー大統領は2月、ウクライナ人兵士の死者は3万1000人に上ったと発表した。一部識者はこの数字は国民の士気を高めるためにわざと低く見積もっており、実際はもっと多いとみる。

ウクライナ国内では兵士の確保が難航しているため、国外に避難する男性たちは新動員法の圧力にさらされている。この春、新法施行の準備のためという名目で、欧州全土でウクライナの領事サービスが4週間停止された。

しかし、ドミトロ・クレバ外相は背景事情を隠さなかった。「徴兵対象年齢の男性が国外に出て、国に対して自国の存続に関心がないことを示し、そして[...]その国家からサービスを受けたいと望んでいる」と、クレバ外相はソーシャルメディアに投稿した。「こんなやり方は通用しない。我が国は戦争状態にあるのだ」

今、ウクライナ国内外では、国を去った男性たちに対して「裏切り者」や「徴兵逃れ」と咎(とが)める声が上がる。

タラスさんは「私たちは『脱走者』ではない。保護を求める移民だ」と反論する。「スイスにいる私の知り合いのウクライナ人は皆、愛国心が強い。心の中ではウクライナを離れたことは一度もない」。家族を守ることが祖国防衛の第一歩だと信じている。

タラスさんはウクライナの軍資金につながる自国の税金を払い続けている。祖国を守るのは軍隊の責任であり「小市民」の責任ではないと主張する。「(この戦争で)私が死んだら、国や私の子どもたちに何のメリットがあるというのか」

ウクライナ人男性の送還は「実行不可能」

スイス政府はシュミッド氏の質問状に対し、S許可証を発行するかどうかは2022年3月の政令で定められた基準に拠ると回答した。「対象者がウクライナで兵役に就かなければならないかどうかは関係ない」

移民事務局によると、兵役義務のある男性を保護対象から除外するには政令改正が必要になる。しかし政府は、変更の可否は欧州連合(EU)と足並みを揃えるとしている。

スイスとEUは、避難民となったウクライナ人の一時的な保護を2025年3月まで延長することを決定した。今後数カ月以内に、両者はその後の措置を決める。EU内では約200万人のウクライナ人が一時保護を受けている。ユーロスタットによると、成人男性はこのうち2割強を占める。

社会民主党のウィドマー氏は、ウクライナ人男性の送還は単に「実行不可能」と話す。移民事務局は現時点で、特定の属性を持つ人全員のS資格を剥奪する立場にはないという。犯罪を犯したなど、基準に違反した個々のケースにおいてのみ取り消しや国外追放が可能になるからだ。難民法では、出身国での兵役を拒否することは保護資格抹消の理由にはならない。

仮にウクライナが現在国外に住む男性を動員したとしても、経済的・軍事的資源で上を行くロシアに対し、ウクライナはやはり数で負けるとペトロさんは言う。ペトロさんとタラスさんは、和平交渉と人命救助が最善の解決策だと考えている。

それまでは、ウクライナ人男性の処遇は全面的に見直されるべきだとタラスさんは言う。「スイスにいる1万1000人の男性がウクライナ軍に徴兵される可能性がある」

「こう考えたらどうか。『我々は1万1千人の男性を(S許可証発給で)確実な死から救い、1万1千人の女性を未亡人になることから救った』と。そう考えるべきだ」

編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子

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